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日外会誌. 124(5): 398-403, 2023
特集
外科医によるこれからの癌薬物療法―最新知識と安全で効果的な遂行のコツ―
3.胃癌における薬物療法
内容要旨進行胃癌は集学的治療の開発により,その治療成績は向上しているものの,依然として予後不良である.切除可能進行胃癌は外科的治療が中心ではあるが,拡大手術による予後の延長には限界があることが臨床試験で明らかとなった.したがって,さらなる予後の向上には,周術期補助療法の開発が期待される.切除不能・再発胃癌においては,分子標的治療薬,免疫チェックポイント阻害剤の開発がすすめられ,生存期間の延長に寄与している.また,非治癒因子が消失することで,根治切除へ向かい長期生存が得られる症例も増えてきている.新たな薬剤の開発に伴い,治療レジメンの選択肢が増えるなか,適切なレジメンの選択,有害事象の管理,後治療への適切なタイミングでの切り替えが重要な課題となってくる.これらの課題を解決するには,バイオマーカーの探索を行うことで適切な患者選択が進み,今後,胃癌の領域においてもプレシジョンメディスンの実践が加速することが期待される.胃癌治療のパラダイムシフトが起きているなか,外科医が癌薬物療法の最新の知見を修得し,胃癌の分子生物学的な知識を修得することは重要と思われる.
キーワード
胃癌, 周術期補助化学療法, 分子標的薬, 免疫チェックポイント阻害剤, conversion surgery
I.はじめに
胃癌治療ガイドライン第6版が2021年7月に改訂された1).わが国では,局所進行胃癌に対し,D2リンパ節郭清を伴う胃切除術と術後補助化学療法を行うことが標準的治療である.一方,切除不能・再発胃癌においては,全身化学療法が主軸となる.新規薬剤の開発により,治療成績の向上とともに,胃癌治療のパラダイムシフトも迎えている.本章では,わが国の胃癌に対する薬物療法について,胃癌治療ガイドラインを中心に述べ,胃癌薬物療法の現況と今後の展望を概説する.
II.周術期補助化学療法
胃癌はリンパ節転移を伴いやすく,予後不良である.わが国では徹底したリンパ節郭清による予後の向上を目指し,様々な試みが先達により行われてきた.しかし,大規模臨床試験による検証により,必ずしもリンパ節郭清のさらなる拡大が予後の向上につながらないことも明らかになった.D2郭清を伴う胃切除術が標準治療であるわが国では,微小遺残病変による再発予防を目的として術後補助化学療法の開発が古くから行われてきた.
StageⅡ/Ⅲの進行胃癌に対してはACTS-GC試験により,術後にS-1による1年間の補助化学療法を行われてきた2).その後,pStage Ⅱ胃癌に対して,S-1の投与期間に関して,6カ月投与が1年投与に対する非劣勢を示すことが出来ず,pStageⅡに対してはS-1の1年間投与が標準治療であることが再確認された.一方でpStage Ⅲに対するS-1単剤は決して満足のいく効果が得られておらず,さらなる治療強度の高いレジメンの開発が望まれていた.pStageⅢ胃癌に対して,S-1+docetaxel (DTX)療法のS-1単剤の優越性を検証するSTART-2試験が行われ,主要評価項目である3年DFSがS-1+DTX群で有意に良好であり,本試験は有効中止となった3).韓国を中心に実施されたD2郭清が行われたpStage Ⅱ/Ⅲ胃癌に対して,CLASSIC試験でcapecitabine (Cape)+oxaliplatin (L-OHP)の有用性が示された4).しかし,S-1+DTX,Cape+L-OHP療法の直接的な比較はなされていないため,これらのレジメンの使い分けを明確にするエビデンスはない.個々の症例において,リスク・ベネフィットと患者の希望も考慮した選択がなされるべきである.
一方,術前補助化学療法(NAC)については,欧米ではさまざまな大規模臨床試験から標準治療として行われている.NACの課題として,診断精度を含めた適切な対象症例の選択,治療効果が高く,手術の安全性も担保されたレジメンや治療期間などが挙げられる.わが国では,大型3, 4型胃癌,bulky Nや傍大動脈周囲リンパ節転移症例などの難治性の症例を対象としてきた.JCOG0405試験では,bulky Nや傍大動脈周囲リンパ節転移症例を対象とし,S-1+CDDPの術前補助療法の有効性が評価された.根治切除割合は88%,3年生存率は58.5%,5年生存率は52.7%であった.JCOG1002試験では,同様の対象にDCS療法 (DTX+CDDP+S-1)の有効性が検討された.奏効率は57.7%で5年生存率が54.9%であった.奏効率は想定した閾値の65%を超えることが出来ず,主要評価項目は証明されなかった.また,大型3,4型胃癌を対象としたJCOG0501試験はS-1+CDDPによるNACの優越性を証明する第Ⅲ相試験であるが,手術単独群と比較して3年生存率の延長を示すことができなかった5).様々なNACに関する臨床試験が進行中ではあるが,わが国では現時点ではNACの明確なエビデンスは存在せず,ガイドラインでは,NACは条件付き(高度リンパ節転移症例)で推奨されている.
III.切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法
stage Ⅳ症例に対する外科的治療は,緩和手術と減量手術が行われてきたが,REGATTA試験により,stage Ⅳ胃癌に対する減量手術の延命効果は認められなかった6).したがって,全身状態が良好,主要臓器機能が保たれている場合は化学療法の適応である.国内外の臨床試験の結果では,切除不能進行・再発胃癌の生存期間中央値はおおよそ15カ月程度である.化学療法だけでは完全治癒は期待できず,癌に伴う症状緩和や生存期間の延長が目標である.
一次治療
SPIRITS試験によるS-1+CDDPが標準治療であった7).ToGA試験により,Cape+CDDP+traszumab (T-mab)による併用療法がHER2陽性胃癌の一次治療として,有効性が示された8).近年,免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1/PD-L1抗体が開発され,胃癌の一次治療としての有用性が検証された.HER2陰性の切除不能進行・再発胃癌に対して,CheckMate 649試験9),ATTRACTION-4試験10)が行われ,Nivolumab+化学療法により,PFSの延長および腫瘍縮小効果の向上が認められ,両試験ともに日本人が含まれており,2021年12月に胃癌治療ガイドライン速報として掲載された.
二次治療
国内外の二次治療化学療法群とbest supportive care (BSC)群との比較試験により,延命効果が認められるため,全身状態が良好な症例では二次治療を行うことが推奨される.推奨されるレジメンはRAINBOW試験の結果から,抗VEGFR-2に対するモノクローナル抗体であるramcirumabとpaclitaxel (PTX)との併用療法である11).MSI-high胃癌では,KEYNOTE-158試験やKEYNOTE-061試験の結果により,pembrolizumabが推奨される12)13).しかし,上述のように一次治療に免疫チェックポイント阻害剤が導入され,前治療で免疫チェックポイント阻害剤が使用されていない場合に推奨される.
三次治療以降
三次治療としてのNivolumabがATTRACTION-2試験により,全生存期間の延長を示したことから,推奨されるレジメンである14).しかし,二次治療と同様,前治療で免疫チェックポイント阻害剤が使用されていない場合に推奨されるため,今後は使用頻度が減少すると思われる.また,TAGS試験にてtrifluridine/tipiracil (FTD/TPI)が二つ以上の化学療法が行われた対象に,プラセボと比較して生存期間の延長が示された15).
HER2陽性胃癌に対しては,上述のようにT-mabの化学療法との併用が推奨されたが,二次治療での有効性は示されなかった.新規薬剤としてT-mabにトポイソメラーゼI阻害剤であるderuxtecanを結合させたtrastuzumab+ deruxtecan(T-DXd)が開発された.HER2陽性胃癌のT-mab既使用例で2レジメン以上の治療歴がある対象で,T-DXdと医師選択レジメン(irinotecan [IRI]またはPTX)を比較したところ,T-DXdで有意に客観的奏効率の上昇が認められ,生存期間も良好な結果であった16).Nivolumab,FTD/TPI,IRIは三次治療として,HER2の発現に関わらず推奨されるレジメンではあるが,HER2陽性胃癌にはT-DXdがその治療効果から最優先に推奨される.三次治療で使用可能な薬剤が増え,治療選択肢が広がったものの,それぞれの薬剤の直接比較はないため,全身状態,適応や禁忌,有害事象の特徴などを考慮して,個々の症例で検討する必要がある.
四次治療以降
胃癌治療ガイドラインでは,四次治療以降の具体的な推奨されるレジメンの記載はなく,三次化学療法までの候補薬のうち,使用しなかった薬剤を適切なタイミングで切り替えて使用することが推奨されている.
IV.conversion surgery
遠隔転移を伴うstage Ⅳ胃癌は,非治癒因子の種類や程度により様々な病態が存在し,病態によりその治療戦略は異なる.Yoshidaらはstage Ⅳ胃癌の病態について,系統的なカテゴリー分類を新たに提唱し,治療方針を決定する際の方向性を示すモデルを作成した17).一方,2000年代以降,殺細胞性抗癌剤のみならず,分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤の新規開発により,切除不能進行・再発胃癌の治療成績は向上しつつある.当初は切除不能と判断された症例でも,化学療法により非治癒因子は消失し,R0切除が可能と判断され,根治手術(conversion surgery)により長期生存を得られる症例も増加した.
後方視的検討ではあるが,stage Ⅳ胃癌のconversion surgeryの意義に関する国際多施設共同研究 (CONVO-GC-01)の結果が報告された18).日本,韓国,中国の55施設からcStgae Ⅳ胃癌1,902例が集積された.1,206例が化学療法後に根治的胃切除が施行され,全体の生存期間中央値は36.7カ月,R0切除例では56.6カ月であった.Stage Ⅳ胃癌であっても化学療法が奏効することで,根治切除を積極的に行うことで飛躍的に予後の改善が見込まれる症例が存在することは確かではあるが,R0切除と判断する基準,適切な化学療法レジメンや投与期間,切除に向かうタイミング,術後補助療法の適応など,検討すべき課題は山積している.Stage Ⅳ胃癌に対して全身化学療法を行い,R0切除が可能と判断された時点で化学療法を継続するか,conversion surgeryを行うかで割付を行い,生存期間を比較したランダム化比較試験は欧州で進行中であり (AIO-FLOT5試験),その結果が待たれるところである.
V.今後の展望
周術期補助化学療法
ミスマッチ修復機構欠損(dMMR)または高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)の局所進行性胃癌に対する術前補助化学療法としてのnivolumab+ipilimumab併用療法,術後補助療法としてのnivolumab単剤療法の有効性,安全性を検証した第Ⅱ相試験では,術前療法を受けた32例のうち29例が手術を受け,全てがR0切除を達成し,病理学的完全奏効率は58.6%であった19).さらなる検証が必要ではあるが,将来的に適切な患者選択により,胃癌の領域でも“watch and wait”という選択肢が挙げられるかもしれない.
切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法
Claudin18.2陽性(免疫組織染色により75%以上の中等度から強度発現)HER2陰性の進行胃腺癌,食道胃接合部腺癌を対象に,抗Claudin18.2モノクローナル抗体zolbetuximabとmFOLFOX6の併用療法が,プラセボとmFOLFOX6を投与する群よりも有意に生存延長できることが明らかとなった(SPOTLIGHT試験)(ASCO GI 2023で発表).
FGFR2は胃癌の15%に増幅がみられ,予後不良とされている.FGFR2b抗体であるbemarituzumabの有効性,安全性を確認する第Ⅱ相試験 (FIGHT試験)が行われた.FGFR2b陽性例を対象に,FOLFOXのbemarituzumabの併用効果が示された20).現在,化学療法と併用の第Ⅲ相比較試験や,免疫チェックポイント阻害剤の併用効果の確認が臨床試験にて進行中である.
VI.おわりに
胃癌に対する薬物療法について概説した.切除可能進行胃癌に対しては,さらなる予後の向上を目指し,周術期補助療法,とくに術前補助療法のさらなるエビデンスの確立されることが期待される.切除不能進行・再発胃癌においては,さらに分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害剤を含めた治療開発が進むことが予想される.化学療法の進歩により,胃癌治療にも“conversion surgery”や“watch and wait”などパラダイムシフトを迎えつつある.同時に,バイオマーカーの探索や,リキッドバイオプシーなどによる適切な患者選択が進むことにより,胃癌の領域もプレシジョンメディスンの実践がさらに加速することが期待される.
利益相反:なし
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