日外会誌. 124(5): 392-397, 2023
特集
外科医によるこれからの癌薬物療法―最新知識と安全で効果的な遂行のコツ―
2.食道癌における薬物療法
関西医科大学 外科学講座 山﨑 誠 , 山本 宣之 , 張野 誉史 , 堀 創史 , 橋本 祐希 , 小塚 雅彦 , 井上 健太郎 , 関本 貢嗣 |
キーワード
食道癌, 化学療法, 免疫チェックポイント阻害薬
I.はじめに
食道癌に対する化学療法といえば,シスプラチン(CDDP)とフルオロウラシル(5-FU)を併用したCF療法が,長い間標準治療として施行されてきた.乳癌や肺癌,大腸癌などが様々な新たな薬物の承認を得られてきたのに比べて,食道癌ではこの20年で2004年のドセタキセル(DTX),2012年のパクリタキセル(PTX)が認められたのみであり,さらなる治療成績の向上に向けた開発の必要性が叫ばれてきた.そのような状況の中,近年食道癌の化学療法に対するブレイクスルーが起きた.その最も大きな変革は免疫チェックポイント阻害薬(Immuno-Checkpoint Inhibitor:ICI)の台頭である.進行再発に対する二次治療で2020年に保険適応となって以降,2021年には進行再発食道癌に対する一次治療として化学療法(CF療法)との併用療法として,2022年にICIの併用療法として保険収載された.そして,もう一つの変革は周術期補助療法である.これまで本邦ではCF療法による化学療法が周術期補助療法として行われてきたが,2022年術前DCF療法が標準治療となり,更には術後補助療法としてICIの使用が可能になった.本稿では,近年激変した食道癌に対する化学療法について概説する.
II.切除不能進行食道癌に対する化学療法
一次治療としての薬物療法
切除不能進行食道癌は局所を超えて癌が進行した状態であり,全身療法が必要である.しかしながら,無治療との比較において生存期間を延長させることを示した化学療法はなく,単アームの第Ⅱ相試験として,シスプラチン+5FU(CF)療法にて奏効率がおよそ30%,生存期間が6.6~9.5カ月との報告1)2)があり,1990年代以降これらの症例に対する一次治療のみなし標準として実臨床で広く使用されてきた.2000年代半ばになり,胃癌や頭頸部癌においてCF療法にドセタキセル(DTX)を加えたDCF療法の第Ⅲ相試験の結果が報告され,いずれも生存期間においてCF療法を有意に上回る治療成績が報告された3)4).その後食道癌においても,進行再発食道癌に対するDCF療法の第Ⅱ相試験が行われ,奏効率が60~70%,生存期間中央値10カ月以上と高い有効性を示している5)
~
7).現在,CF療法とDCF療法のランダム化比較試験JCOG1314が行われ,症例登録はすでに終了しているが,現時点では治療成績はまだ報告されておらず,その結果が待たれる8).
一方,悪性黒色腫をはじめ様々な癌腫で有用性が示されたICIの有用性が食道癌においても示された.まず二次治療として,ICI単剤での有用性が示され,一次治療における有用性を検討するランダム化比較試験が行われた.切除不能進行・再発食道癌初回治療例749例を対象としたKEYNOTE-590試験では,標準治療であるCF療法にペムブロリズマブを併用する群(373例)とプラセボを併用する群(376例)の2群が比較され,全体集団における全生存期間中央値は,CF療法+ペムブロリズマブ群12.4カ月(95%CI:10.5~14.0カ月)に対して,CF療法+プラセボ群9.8カ月(95%CI:8.8~10.8カ月)と,ペムブロリズマブ併用群の優越性が示された(HR:0.73,95%CI:0.62~0.86,p<0.0001)9).この試験では扁平上皮癌and/or CPS>10の患者集団においても,ペムブロリズマブ併用群の全生存期間は有意に上回っていた.また,有害事象ではペムブロリズマブ併用群において,甲状腺機能低下症(11%),肺臓炎(6%),甲状腺機能亢進症(6%)などの免疫関連の有害事象を認めたものの,おおむね制御可能であり,許容範囲であると考えられた.以上の結果より,2021年11月に切除不能進行・再発食道癌に対する一次治療としてペムブロリズマブ+CF療法が保険収載された.
時を同じくして,ICI併用療法の一次治療における有用性を検討するランダム化比較試験,CheckMate648試験が行われた.本試験は未治療の切除不能進行・再発食道扁平上皮癌(腺扁平上皮癌)症例970例を対象として,標準治療であるCF療法群(324例)に対して,ニボルマブ+CF療法群(321例)とニボルマブ+イピリムマブ群(325例)のそれぞれを比較した.主要評価項目であるPD-L1(TPS)≧1集団における全生存期間中央値は,ニボルマブ+CF療法群15.4カ月(95%CI:11.9~19.5カ月),ニボルマブ+イピリムマブ群 13.7 カ月(95%CI:11.2~17.0カ月)と,それぞれCF療法単独群9.1カ月(95%CI:7.7~10.0カ月)に対しいずれも有意に上回った10).また,全体集団において,全生存期間中央値はそれぞれ13.2カ月(95%CI:11.1~15.7カ月),12.7カ月(95%:11.3~15.5カ月),10.7カ月(95%CI:9.4~11.9カ月)と,試験治療群がいずれもCF療法単独群を有意に上回った.しかしながら,PD-L1発現の低い(TPS<1)症例では,ニボルマブ+CF療法およびニボルマブ+イピリムマブ療法のいずれの治療においてもCF療法単独に対して生存期間の延長を認めなかった.
また,有害事象では内分泌障害,胃腸障害,肝障害,肺障害,腎障害,皮膚障害など,免疫関連有害事象の頻度が増加,特にニボルマブ+イピリムマブ療法での発症の増加を認めており,注意が必要である.以上の結果より,2022年6月に切除不能進行・再発食道癌に対する一次治療としてニボルマブ+シスプラチン+5-FU療法もしくはニボルマブ+イピリムマブ療法が保険収載された.
2023年4月現在,食道癌診療ガイドラインでは,切除不能進行・再発食道癌に対する一次治療はペムブロリズマブ+CF療法,ニボルマブ+CF療法,ニボルマブ+イピリムマブ療法の3レジメンが,強く推奨する治療法として記載されている.これらICIの到来によって,これまでCF療法のほぼ一択であった進行再発食道癌治療に大きな変革をもたらした.
一方で,これら三つのレジメンがほぼ同時に使用可能となったことで,臨床現場ではこれらレジメンの使い方で混乱が生じているのも事実である.
これまでの臨床試験の結果から,奏効割合はICI+CF療法は50%程度とCF療法やICI併用療法に比べて高い傾向があり,腫瘍縮小効果は高いとされている.また,ICI併用療法は,奏効割合は30%弱とCF療法と同程度と低いものの,奏効例での奏効期間の中央値は約11カ月とICI+CF療法やCF療法に比べて長く,奏効例での長期生存例が多く認められている(Tail Plateau).いずれの治療を選択するにおいても決定的な因子は報告されていない.これまでの報告ではCheckMate648試験における後付け解析として,ニボルマブ+イピリムマブ療法による早期死亡(治療開始後4カ月以内の死亡)例に関連する解析結果が2022年のESMOで,若年者(65歳未満),初発の切除不能進行症例,NLR(neutrophil/lymphocyte ratio)が4未満症例,腫瘍量が多い(標的の直径総和>75mm)症例,非飲酒例はニボルマブ+CF療法に対して有意に予後不良であると報告された.しかしながら,あくまでも一臨床試験の後付け解析の結果であり,注意が必要である.現時点では,これら三つのレジメンの使い分けについてコンセンサスはなく,主治医の判断に任せられており,今後レジメン選択の基準となるエビデンスの創出が急務である.
二次治療以降の薬物療法
一次治療の新規レジメンの登場によって,二次治療以降も変化することとなった.食道癌診療ガイドラインで示されている通り,選択された一次治療に従って二次治療が選択されることとなる.一次治療でニボルマブ+イピリムマブ療法を施行した場合にはCF療法を,ICI+CF療法を施行した場合にはタキサン系薬剤が基本となる.一次治療でICIを使用していない場合にはニボルマブやペムブロリズマブ(CPS>10かつ扁平上皮癌,またはMSI-H症例)のICI単剤療法が推奨されている.三次治療以降については,これまで使用されていない薬剤を用いるのが基本となる.一次治療でICIを用いたあと,三次治療でICIを用いるリチャレンジが一定の効果があるとの報告もあり,全身状態が許される場合において十分なICのもと再度投与することも選択肢として考慮される.
III.切除可能進行食道癌に対する化学療法
術前補助化学療法
本邦において術前化学療法が標準治療となったのは2012年に報告されたJCOG9907の結果からであり,以来切除可能進行食道癌に対する補助療法は術前CF療法が長い間推奨されてきた.しかしながら,この試験のサブ解析ではStageⅢにおける予後改善効果が認められないなど,さらに強度を高めたレジメンの開発が待たれていた.2017年にはCF療法にアドリアマイシンを追加したACF療法とCF療法にドセタキセルを追加したDCF療法の3剤併用の術前化学療法の第Ⅱ相比較試験の結果が報告された.この試験では,DCF療法が有意に予後が良好であると同時に,より進行度の高い症例でその傾向は強く,高進行度例での有用性が示唆された11).また,術前補助療法としては欧米では術前化学放射線療法が標準治療として認識されており,世界標準の術前補助療法を開発することが重要となってきた.そこで,JCOGではCF療法に対して,ドセタキセルを加えたDCF療法と放射線照射を加えたCF-RT療法を比較した第Ⅲ相ランダム化比較試験(JCOG1109)が行われた.その結果が2022年1月に公表され,DCF療法がCF療法に対して有意に全生存期間を延長する効果が認められ,周術期合併症も増やすことなく安全に手術療法を行うことができた.一方,CF-RT療法はCF療法に対して全生存期間で優越性を示すことはできなかった.以上の結果より,食道癌診療ガイドラインでは,切除可能な進行食道癌に対する手術療法を中心とした治療を行う場合,DCFによる3剤併用術前化学療法を強く推奨するとなった.このようにDCF療法が切除可能な進行食道癌に対する標準治療として推奨されることとなったが,日本食道学会のガイドライン委員会から以下のようなコメントが同時に出された.
「DCF併用療法の有害反応を熟知し,その予防や対応を十分に経験している施設での治療が推奨されるが,高齢者や併存症などで3剤併用化学療法のリスクが高いと想定される症例や,3剤併用化学療法の管理に懸念のある場合には,従来のシスプラチン+5-FUの2剤による術前化学療法も選択肢となりえる.」というコメントである.
このようなコメントが掲示されたのは,DCF療法の有害事象の頻度が非常に高度あることが原因である.JCOG1109では,DCF療法におけるGrade3以上の好中球減少が85.2%, 発熱性好中球減少が16.3%,下痢が8.5%など,CF療法やCF-RT療法に比べて高頻度に発生することが示された.DCF療法による有害事象については,後方視解析の報告12)においても高い有害事象の発生率を認めており,術前補助療法としての安全性を留意したコメントとなっている.したがって,臨床現場ではDCF療法をより安全に施行することが重要である.これまでの報告では,経口摂取(Dysphagia Score)が不良な症例では,発熱性好中球減少や下痢の発生率が高いことが示された.この報告12)では,EDなどの経管栄養を行うことにより下痢の発生率が有意に低下することも示されており,経管栄養を行うことが重要である可能性が示唆された.さらに,DCF療法中にシンバイオティクスを行うことで,好中球減少,下痢の発症率が有意に低下するとのランダム化比較試験の報告13)もある.
術前補助化学療法の新規レジメンの開発として,ICI併用化学療法の医師主導試験(JCOG1804E)が行われている.この試験では術前化学療法(CF療法・DCF療法・FLOT療法)にニボルマブを上乗せする試験であり,この新たな治療レジメンの安全性・有効性の結果が待たれる.
術後補助化学療法
JOC9907で術前補助化学療法が標準治療となって以来,術前補助化学療法後手術を行った場合,術後補助化学療法は行わないことを弱く推奨するとされていた.この術後補助療法についてもICIによる術後補助療法のエビデンス(CheckMate577)が報告された14).
本試験は,切除可能な進行食道癌および食道胃接合部が癌に対して,術前化学放射線療法の後にR0切除が得られた症例に対して,術後にニボルマブまたはプラセボを投与するランダム化比較試験として行われた.主要評価項目である無病生存期間は,ニボルマブ群が22.4カ月(95%CI:16.6~34.0カ月),プラセボ群が11.0カ月(95%CI:8.3~14.3カ月)であり,術後ニボルマブ療法の優越性が証明された(HR:0.69,96.4%CI:0.56~0.86,p<0.001).
この結果から,術後補助療法として保険収載されることになったが,術前治療の内容には規定はなく,術前化学療法を行った症例についても使用可能となった.本邦では術前化学療法が標準治療であり,日本食道学会ガイドライン委員会から以下のようなコメントが出された.
「術前化学療法および手術を行い病理学的完全奏効が得られなかった場合の術後ニボルマブ療法は,現時点で推奨を決定することができない(エビデンスの強さD)」
術前化学療法後の術後ニボルマブ療法においては,有効性,安全性について明確なエビデンスは存在しておらず,投与に際しては十分に注意しておくことが重要である.現在,National Clinical Databaseによる食道癌全国登録を利用した補助療法としてのニボルマブの安全性と有効性に関する観察研究」(UMIN000050925)が開始されており,これらの結果が待たれる.
IV.おわりに
近年明らかになったエビデンスを中心に食道癌の化学療法について概説した.特に,免疫チェックポイント阻害薬の到来は,食道癌の治療戦略を大きく変えることとなった.一方で,切除不能進行・再発食道癌に対する治療レジメンが複数出現し,それぞれの使い分けのエビデンスはまだ存在しておらず,今後これら治療レジメンの適切な使用に向けたエビデンスの構築が望まれる.
利益相反
講演料など:小野薬品工業株式会社,ブリストル・マイヤースクイブ株式会社,MSD株式会社
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