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日外会誌. 124(1): 137-139, 2023

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(9)「過去から未来に繋げる災害医療と外科医の役割」
4.大規模災害支援における外科医の役割と展望

岡山済生会病院 救急科
ピースウィンズ・ジャパン 

稲葉 基高

(2022年4月16日受付)



キーワード
災害, 外科医, フィールドホスピタル, ロジスティクス

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I.はじめに
著者は2016年4月の熊本地震において,DMATチームのリーダーとして派遣され外科医として被災地病院支援ミッションを経験した.また,その後災害支援を生業とするNGOで多くの災害対応にあたってきた.外科医としての視点から災害支援における役割とその展望について報告する.

II.活動内容
熊本地震の本震後,2016年4月16日8時30分に岡山済生会総合病院DMATとして陸路出動した.10時間後に熊本入りし,DMAT活動拠点本部の指示で,ライフラインが途絶して病院避難を余儀なくされた病院の患者搬送を担当した.同16日20時ごろより搬送先の総合病院の診療ニーズに応える形で,そのまま18日朝まで病院診療支援を行った.われわれが支援に入った災害拠点病院では,急激に上昇した救急受診のニーズに応じるため,救急センターはすべて重症患者対応とし,病院内の通路スペースに仮設の診療場所を設けて準緊急患者や軽症患者の診療が行われていた.到着した時点で発災から約20時間が経過しており,依然として救急受診のニーズは平時の2~3倍であったものの,地震に起因するCPA3例と重症外傷3例の搬送はいずれも発災から12時間以内に終了していた.われわれが診療した外科的疾患としては四肢骨折が数例あったが,診療患者のほとんどは小児の発熱や呼吸器疾患,高齢者の内科的疾患であり,外科医という専門性にこだわらない柔軟な支援活動を必要とされた.
その後災害支援NGO団体に所属する外科医として平成30年7月豪雨(西日本豪雨)や,令和元年台風15号(千葉),19号(長野),令和2年7月豪雨(熊本)などの災害に際し現場派遣された.西日本豪雨の際には完全に電源喪失した水没病院から50名を越える患者の避難ミッションを行い,8名の寝たきり患者の病院避難にヘリコプターを活用した(図11).また熊本県内で大きな被害を出した令和2年7月豪雨では,球磨川流域の球磨村地域で,その地理的特徴から多くの孤立集落が発生し,孤立した住民の救助と医療の提供が課題となった.高度貧血で救急搬送依頼のあった高齢者の搬送と,DMATと熊本県薬剤師会所属薬剤師の合同チームの投入などにNGOのヘリコプターを活用して対応した.

図01

III.考察と展望
災害医療支援における外科医の役割と展望について,これまでの経験や文献的考察から以下の三つの必要性について述べたい.
ⅰ)外科医を迅速に被災地に送るロジスティクス
上述の熊本地震を含め,外科医のニーズが高いと考えられる地震災害においても体幹部手術などの外科的ニーズの上昇は発災から12時間以内に集中する.しかし,災害時には交通機関の麻痺や道路状況の悪化によって外部支援が到達するのに時間を要す.急激に上昇してピークアウトする手術ニーズを外部支援するには,災害拠点病院に対してヘリコプター等でAcute Care Surgeryに精通した外科医を迅速に投入する仕組みとロジスティクスが必要である.当然,搬送に余裕がある手術適応患者については被災地から広域搬送も含めての移送を検討すべきであるが,その判断や搬送のための安定化処置においても被災地内へ経験のある外科医を早期投入することの意義が大きいと考えられる.
ⅱ)病院以外でも外科的処置が可能なフィールドホスピタル
発災二日目以降に継続する外科的ニーズとして,四肢外傷への対応や創傷処置がある.多くの病院が被災してその機能が低下すると予測される南海トラフ地震などの大規模災害時には,自衛隊が所有する野外手術システム2)や日本赤十字社のdERU3)などのようなフィールドホスピタル(野外病院)が整備されることで外科医の能力を発揮する場を作ることができると考える.病院外での外科的処置にはもちろん制限が伴うが,電源や水源の整備,エコー下でのブロック麻酔などの併用で,かなりの処置が可能となる.現在筆者の所属するNGOでも多機関が連携して運用するフィールドホスピタルシステムを整備中であり,将来的には外科的処置が可能な設備を搭載予定である.
ⅲ)専門診療にこだわらない柔軟な診療姿勢
災害時には需要と供給のアンバランスから絶対的な医師数の不足が起こる.平時には四肢外傷や頭部外傷の診療を行っていない外科医も専門分野にこだわることなく柔軟に診療を行う姿勢が重要で,状況によっては内科的疾患にも対応する必要がある.診療の質とのバランスは常に判断を迫られるが,自らの専門にこだわる外部支援者が現場を混乱させることは避けなければならない.柔軟かつ謙虚な姿勢が重要で,支援者として派遣される際には専門外の傷病にも対応できるよう,インターネットのない環境でも参照できる診療指針なども持参することが推奨される.

IV.おわりに
熊本地震の経験からは災害時の病院支援において,重症外傷に対する体幹部手術等の外科的ニーズは発災から概ね12時間以内に集中すると予測される.このフェーズに対応するためには航空機を含むロジスティクスの整備が重要であることを述べた.南海トラフ地震や首都直下型地震クラスの大災害に際しては,四肢外傷の治療や創傷処置を中心とした外科的ニーズが遷延継続し,病院機能の補完としてフィールドホスピタルも外科医の活動の場となることが想定される.繰り返しになるが,どのフェーズにあっても被災地における外部支援者としての柔軟な対応が重要である.

 
利益相反:なし

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文献
1) Inaba M, Naito H, Muramatsu T, et al.: Hospital Evacuation Assistance from Public and Private Resources: Lessons Learned from the 2018 Western Japan Floods. Acta Med Okayama, 74(4): 359-364, 2020.
2) 齋藤 大蔵: 自衛隊災害医療.最新医学,67(3): 839-846, 2012.
3) JRCS Emergency Hospitalホームページ.2022年5月31日. https://jrc-eh.net/

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