日外会誌. 124(1): 134-136, 2023
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(9)「過去から未来に繋げる災害医療と外科医の役割」
3.大規模災害時における外科医の役割と今後の課題について―熊本地震,令和2年7月豪雨を経験して―
1) 熊本労災病院 外科 飯坂 正義1) , 中原 修2) , 辻 顕1) , 猪股 裕紀洋1) (2022年4月16日受付) |
キーワード
熊本地震, 令和2年7月豪雨, DMAT, チーム医療
I.はじめに
災害医療は救急医が担うものと考えられがちである.しかし救急科専門医の不足や偏在が問題であるなか,災害時のマネージメントを,救急科以外の医師が担うことも多く,とりわけ外科医の果たす役割は大きい.われわれは,熊本県南部の基幹的な災害拠点病院に属し,熊本地震と令和2年7月豪雨を経験した.病院としての活動報告とともに,DMAT(Disaster Medical Assistance Team)としてもその責任者として活動した経験を踏まえ,災害時における外科医の役割,今後の課題などについて,第122回日本外科学会定期学術集会特別企画で報告した内容を概説する.
II.自然災害史からの学び
わが国は,歴史的にも数多くの大規模自然災害にみまわれてきた.近年では,阪神・淡路大震災,東日本大震災のほか,当地熊本では,2016年4月に熊本地震が発生し,甚大な被害を受けた.また,2020年7月の熊本県球磨川流域における豪雨災害は記憶に新しい.“熊本は地震が少ない”という根拠のない認識が,熊本県民の間には浸透していたように思われるが,古くからの記録をたどると,そうした認識が誤りであったことに気づかされる.熊本県内での大規模地震の記録は,西暦679年まで遡るが,江戸時代以降の記録だけをみても,少なくとも83件の記録が残されており,しかも,さきの熊本地震のように布田川断層と日奈久断層が活動したことを想起させるような,熊本地域と八代地域での記録が数多く残されている1).地震予知はなお困難であるが,各地域の災害史を紐解くことは,未来の災害への備えに役立つものと考える.
III.熊本地震
平成28年4月14日 21時26分,マグニチュード6.5,最大震度7の地震を前震として,4月16日 1時25分に,本震となるマグニチュード7.3,最大震度7の地震が発生し,熊本地方を中心に甚大な被害をもたらした.幸い,当院のある熊本県八代地域での被害は最小限にとどまり,当院は,被災地支援の立場で,DMATを中心に医療支援チームを編成し,活動拠点であった熊本赤十字病院へ参集,被害の甚大であった益城町において住民安否確認のほか,要透析患者の域外への転院搬送,熊本医療センターでの医療支援などに携わった.また八代市内では,八代市立病院の倒壊リスクによる病院避難のため,全入院患者を受け入れた.
IV.令和2年7月豪雨
令和2年7月4日 未明から朝にかけて,熊本県南部付近に発生した大規模線状降水帯により,局地的な豪雨がもたらされ,球磨川流域で大規模水害が発生した.流域の市房ダムにおける計画放水の可能性を受け,院内を災害モードへ切り替え,DMATの主導で災害対策本部を立ち上げた.その頃,球磨川下流域の坂本地区においては,地域医療を支える二つの医療機関が浸水し,病院避難を余儀なくされ,八代郡医師会と協調して転院調整を行った.同日夕方には,熊本県DMAT調整本部より,DMAT活動拠点本部の立上げを要請され,翌5日早朝より九州ブロックのDMATを受入れ,受援活動を開始した.その後,県南保健医療調整本部として,九州内外からのべ60隊に及ぶDMATを受入れ,医療機関,介護施設,避難所などの安否確認のほか,坂本地域の2医院に加え,葦北地域の1病院,1医院の病院避難,孤立避難所からの救援・救助などに携わった.その後,地域の被災状況を踏まえ,人吉・球磨ならびに葦水地域保健医療調整本部へ活動拠点が異動し,当院での県南保健医療調整本部としての活動は,1週間で終了した.一方,個人的には,八代地域災害医療コーディネーターの立場から,八代保健所などと協働で,八代災害保健医療復興連絡会議(YaDRO; Yatsushiro Disaster Recovery Organization)の運営に携わり,多職種による中期的な救援復興活動の一翼を担った.
V.わが国の災害医療体制
わが国の災害医療体制は,阪神・淡路大震災を契機に進められた経緯がある.災害拠点病院やDMATが整備され,広域搬送の導入に加え,EMIS(Emergency Medical Information System)が整備・運用されることとなった.わが国は,阪神・淡路大震災ののちも,甚大なる災害にたびたび見舞われてきたが,その度に,これらの災害医療供給体制が威力を発揮し,一定の効果をあげているといえる.
VI.災害時における外科医の役割
災害発生時に,まず現場で活動するのは誰か?それは,まさに現場に対峙したものであり,先の豪雨災害では,自身に危険が及ぶなか活動された,現地被災医療機関の諸先生をはじめ,スタッフの方々には,深く敬意を表したい.その次には,DMATなど災害医療について一定の訓練や活動経験を有する医療チームが挙げられる.DMAT事務局の調べでは,令和3年4月1日時点で,4,565名の医師DMATが登録されているが,その専門領域をみると,救急科専門医の1,081名に次いで,外科専門医が536名と二番目に多く,災害医療の担い手として外科医の重要性を裏付ける結果となっている.その背景には,一般論として外科医は,①救急志向が強く,②体力,胆力があり,③専門医取得の際に,外傷の修練が必要で,JATEC,SSTTなどの外傷系コースの受講もクレジットとなることなど,DMAT隊員養成にも通じるこれらの要素が関係しているものと考える.さらに重要なこととして,チーム医療の実践ができることを強調したい.外科医は,日頃,数多くの入院患者を受け持ち,手術や化学療法をはじめ,やるべきことが多い.しかし,多くの場合,カンファレンスや回診を通じて,患者の病状や治療方針が周知,共有されており,チーム医療を実践できることは,災害時の外科医の役割として非常に大きいと考える.救急・災害医療の実践に加え,仲間が実働している時には,その活動を理解し,後方支援ができること,すなわち影に日向に,災害時における外科医の役割は大きいのである.加えて,災害時に耐え得るようなチームビルディングが,平時から大切であることは,言うまでもない.
VII.今後の課題
二つの大規模災害を経験してみえてきた課題としては,①先人の記録から地域の災害史を知る.②経験した災害記録を後世に残す.③災害訓練を通じて練度を上げ,多職種連携で災害対応への理解・意識の醸成とその維持を図る.④山間部集落の安否確認や医療ニーズの把握困難への対応策として,IoTの整備・推進.⑤災害による診療情報の喪失に備えた診療情報のデジタル化と管理(くまもとメディカルネットワークの活用)2).などが挙げられる.
VIII.おわりに
二つの大規模災害をとおして外科医として経験した,支援と受援の双方の活動について報告した.災害医療への関わり方には,DMAT活動などを実践する場合と,その活動を裏で支える場合とがあるが,いずれの場合においても外科医の担う役割は大きいと考えられる.
利益相反:なし
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