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日外会誌. 124(1): 140-142, 2023

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定期学術集会特別企画記録

第122回日本外科学会定期学術集会

特別企画(9)「過去から未来に繋げる災害医療と外科医の役割」
5.南海トラフ地震,津波被害が想定される大学病院での肝胆膵・移植外科医の役割

1) 三重大学 肝胆膵・移植外科
2) 三重大学医学部附属病院 災害対策推進・教育センター

岸和田 昌之1)2) , 新貝 達1) , 藤井 武宏1) , 弓削 拓也1) , 前田 光貴1) , 伊藤 貴洋1) , 尭天 一亨1) , 早崎 碧泉1) , 飯澤 祐介1) , 種村 彰洋1) , 村田 泰洋1) , 栗山 直久1) , 水野 修吾1)

(2022年4月16日受付)



キーワード
南海トラフ地震, 津波, 肝胆膵・移植外科, 籠城, 病院避難

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I.はじめに
政府の地震調査委員会は2022年1月,マグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震が40年以内に発生する確率を“90%程度”に引き上げた.南海トラフ巨大地震発生時には,関東地方から九州地方にかけての太平洋沿岸の広い地域に10mを超える大津波の襲来が想定されている.
三重大学医学部附属病院(三重県津市)は海抜2m,伊勢湾から700mに位置しており,南海トラフ巨大地震時の被災想定は,震度6強,60分で津波が到達して1~2mの浸水被害を受ける.直後は地震・津波対策,その後は周囲浸水と液状化により病院は孤立するため,限られた医療資源による籠城体制での診療継続,および病院避難も考慮する必要がある.当院では,前三重大学伊佐地秀司病院長(肝胆膵・移植外科名誉教授)により災害対策の強化が院内最優先項目として挙げられ,2020年1月に前身の災害対策推進室が,2022年4月に外科医(肝胆膵・移植外科),救急医,看護師,災害対策コーディネーター,事務員による多職種構成での災害対策推進・教育センターが設立された.
今回,大学病院の肝胆膵・移植外科医からみた南海トラフ巨大地震による津波被害後の超急性期(初動期)から急性期(籠城時,病院避難)に対する取り組みを紹介する.

II.超急性期(初動期:発災~60分)
超急性期(初動期)では,手術時(肝胆膵・移植外科として特に肝切除,膵頭十二指腸切除)の対応が課題となり,当院では津波が到達する60分までの安定化が必要となる.肝切離中なら血管や胆管の状況にて切離を遂行させるか中止して閉腹するかの判断,膵頭十二指腸切除術なら腸管非再建や胆道・膵管チューブドレナージのみにするなど外傷damage control手術に準じた対応も必要とされる.当科では,日常より救命救急センターの外傷協力のみならず,外傷診療の知識や処置に対する講習参加,救急関係の専門医・DMATなどの資格取得を推進している.
また,肝胆膵・移植外科医のみならず外科系診療科,他職種との共通認識と連携が重要であるため,中央手術部運営委員会の外科系医師,麻酔科医,看護師,臨床工学技士および手術室看護師と協働して「手術室における初期対応訓練」として地震発災直後を想定した机上訓練を行い,フローチャートやアクションカードの確認を行った(図1).

図01

III.急性期(籠城体制,病院避難:60分~2週間)
籠城体制において,術後集中治療を要する患者では限られた医療資源での診療継続が課題となる.ライフラインや病院機能の復旧見通しが立たない場合には,早急に病院避難を考慮する必要がある.肝胆膵・移植疾患については専門的な治療内容から,平時からの施設間の関係構築が重要であるが,糖尿病学会,呼吸器外科学会,日本形成外科学会などが災害時協定や災害時マニュアルを作成しており,肝胆膵・移植疾患についても学会レベルでの取り組みが必要と思われる.
当院の肝胆膵病棟における災害時BCPでの重要事項として迅速な情報収集があげられた.当院の電子カルテは地震・津波災害時においても機能保持の可能性が高いことに注目し,医療情報管理部の協力を得てEMISを網羅した発災時報告(15分以内),定時報告(60分以降の定期)を電子カルテシステム(MINT2)端末内のFileMakerを使用した院内災害時報告システムにて行うように発展させた(図2).また,電子カルテシステムは通常は外部ネットワーク接続が認められていないが,セキュリティーを担保した上で外部環境安否確認システム(ANPIC)をアクセス可能とした.
活動方針の決定のために優先事項の整理が必要であるが,DMAT技能維持訓練では「現状分析と課題」シートに,「翌日までに対応」として指揮系統の確立(C),安全管理(S),通信と情報伝達(C),被害状況の確認,診療活動,人的資源,物資および生活支援を,「数日以内に対応」をメンタルケアとリスクコミュニケーションを項目としてあげている.当院では,項目を追加した「三重大病院活動方針決定シート」を作成し,災害対策本部マニュアルに取り入れた.防災会議(災害時には災害対策本部)と防災ワーキング・グループ(具体的事項について検討,企画)の構成委員(医師,看護師,薬剤師,栄養士,中央放射線技師,中央検査技師,事務)にてシートを用いた籠城,病院避難の机上訓練も行った.さらに,病院全避難を想定した院内患者の二次トリアージ机上訓練も行い,肝胆膵・移植外科症例においては,航空搬送する際は気圧変化が起きるため術直後患者へのNGチューブ減圧処置などの協議項目をいれ,他診療科からも新たな気づきがあったとの反応があった.今後は,院内防災訓練において医師,看護師,医学部生への病院避難二次トリアージ机上訓練の導入を予定している.

図02

IV.おわりに
防災や危機管理は,日常診療において成果が目に見えないため優先度が低くなりがちであるが,無駄に終わればそれはそれで良い“価値のある無駄”である.肝胆膵・移植外科医が個人で出来る事を日常からイメージすることが,所属部署での必要事項となり,病院としての対策に繋がる.災害時の被害を最小化するために“正しく恐れて,正しく備える”が重要であり,マニュアル整備やBCPの策定を行う「事前想定での準備」と,机上訓練,シミュレーション訓練,実働訓練などの「訓練」を繰り返し行って検証することが必要である.

 
利益相反:なし

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