日外会誌. 124(1): 78-82, 2023
会員からの寄稿
「治療と仕事の両立支援」における外科医の役割
1) 独立行政法人労働者健康安全機構東京労災病院外科 神山 博彦1)2) , 杉山 政則3)4)5) |
キーワード
治療と仕事の両立支援
I.はじめに
平成29年の働き方改革実行計画に「病気の治療と仕事の両立」が掲げられ1),患者・主治医・職場の三者が円滑に連絡・相談できるように,両立支援コーディネーターという職種がサポートするトライアングル型支援が提唱された2).外科治療は患者の生命予後の改善に大きく貢献している一方で,仕事を持つ患者は術後の様々なハンディキャップを抱えながら仕事を続けることになるため,外科医も患者の治療と仕事の両立支援に取り組んでいく必要がある.本稿では全国の労災病院での両立支援の取り組みを報告し,両立支援における外科医の役割を提示する.
II.両立支援の実際
両立支援は,患者が業務内容などを主治医に伝え,そこから主治医が治療内容や就労上の注意点などを鑑みた意見書を作成し,それをもとに職場が就労者にとって実現可能な就労プランを作るという流れになっている.厚生労働省が,事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドラインや連携マニュアルを公開している.また,このプロセスを手助けする両立支援コーディネーター(以下,Co.とする)という職種が創成された.全国の労災病院が所属する労働者健康安全機構では,養成プログラムやコーディネーターマニュアルを提供しており,2021年末までに11,000人超が認定されている.両立支援コーディネーターは患者と面談して,就労内容の調整や休暇の取得,診断書等の必要書類などについて提案したり,疾病手当・高額療養費制度・障害手帳などの利用可能な社会的資源について案内したりする.必要に応じて医師や職場の担当者とも面談をする.病院では主に入院中あるいは外来の受診日に合わせて患者と面談し,必要に応じて随時支援を行う.治療の経過や状況の変化に応じた提案をして,復職が定着するまで継続的に支援を行う.2018年からは医療機関で療養・就労両立支援指導料を算定できる仕組みもある.
III.一般の癌患者の就労状況
外科医にとって最も重要な両立支援対象は癌患者である.両立支援を受けていない患者体験報告書3)によれば,癌と診断されて退職したのは有職者の19.8%であり,退職時期は56.8%が初回治療前であった.退職者のうち再就職・復業できたのは僅か19.7%であった.癌の罹患後に離職した主な理由として,仕事を続ける自信の喪失,職場に迷惑をかけることへの抵抗感,身近な相談先の不足,治療と仕事の両立に必要な休暇制度・勤務制度の整備不足が指摘されている1).罹患後の再就職はとりわけ困難であり,罹患後早期の離職を防止するためには両立支援の早期介入が望ましい.
IV.全国の労災病院での両立支援
全国の労災病院では労働者健康安全機構のモデル事業として2014年から両立支援が開始された.初めは脳卒中・がん・糖尿病・メンタルヘルス疾患を対象としていたが,現在ではすべての疾患を対象としている.院内に両立支援センターあるいは両立支援部が設置され,医療ソーシャルワーカー・看護師・管理栄養士・作業療法士がCo.の役割を担っている.Co.は院内の多職種カンファレンスにも参加する.医師は外来・入院を問わず両立支援を必要とする患者に声をかけ,診察時に状況を聞いて適時Co.と情報交換をしたり,就労内容の見直しのための意見書を作成したりする.両立支援チームでカンファレンスを行い,多面的な意見を取り入れるようにしている.
2014年4月から2020年12月までに,全国の労災病院で治療と仕事の両立支援を受けた患者の集計を示す.
全1,466例のうち,脳卒中527例(36%)が最も多く,次いで癌385例(26%),糖尿病190例(13%),整形外科疾患158例(11%),メンタルヘルス疾患92例(6%)であった(図1).
癌のうち,消化器癌145例(38%)が最も多く,ついで乳癌122例(32%),肺癌45例(12%),婦人科癌21例(5%),泌尿器癌18例(5%)であった.
復職率(両立支援の介入を行った症例に対する,仕事に復帰した或いは仕事を辞めずに続けた症例の割合)は,脳卒中69%,癌71%,糖尿病98%,整形外科疾患54%,メンタル疾患83%であり,全体では72%であった(図2).
復職に要した日数(中央値)は脳卒中41日,癌42.5日,糖尿病23日,メンタル疾患86日,整形外科疾患49日,循環器疾患25.5日であった(図3).
癌で支援介入の後に退職となったのは38例(9.8%)と,先述の一般癌患者の19.8%よりも大幅に少なく,また退職の時期についても支援介入後30日以内の退職者はおらず,癌罹患を理由とした退職の減少と早期離職の回避は,両立支援の早期介入の成果であることが示唆される(表1).
V.事例提示
50歳代,男性.食品会社で配送業務を行っている.大腸癌の診断で初診時に主治医が両立支援介入の意思を確認し同意を得た.主治医は治療計画をCo.に伝え,Co.は患者と面談して職務内容や社会的背景を聴取した.手術が行われ一旦退院となった.Co.は入院中にも訪床して信頼関係を徐々に築いた.退院後の初回外来時に病理検査結果が説明され,術後補助化学療法を行うことになった.主治医がCo.に化学療法の副作用や半年間の予定であることを説明した.患者はCo.と面談し,化学療法の初回導入後の体調をみてから復職する方針になった.Co.は化学療法中の業務軽減を会社に依頼することを提案した.Co.から連絡を受けて,主治医は治療期間や予想される副作用のため労務内容の変更が望ましいことを記載した意見書を作成した.会社と本人の面談時にはCo.が同席し,会社からは人事担当者と産業医が出席した.主治医意見書をもとに荷物の積み下ろしの負担が少ない業務へ変更することが決まった.Co.の勧めで患者は同僚にも病状を話し,協力的な理解を得ることができた.化学療法初回導入の後,患者は自信を得て2回目の化学療法が始まった後に復職した.その後も3週間毎の化学療法の通院時にCo.との面談も行われ,就労の状況が安定していくかどうか見守っている.
VI.医療機関での多職種アプローチ
外科医の癌患者に対するかかわり方には,患者が抱える様々な問題を多職種で協働して解決していくことが求められている.治療におけるmultidisciplinary approachや,病棟での薬剤師やNSTの介入,退院支援などのように患者を多職種でサポートしていくことが一般的になった今,そこにCo.が介入することが望ましい.患者が相談できる多職種のスタッフがいることで,治療にも良い影響が出ることをしばしば経験する.
両立支援の窓口は医療機関だけではなく,全国にある労働者健康安全機構の産業保健センターや一般企業内にもあり,そこでも相談は可能である.しかし,医療機関では診断の早期から介入ができるうえ,主治医とCo.の連携も取りやすい.診断後の早期に支援を開始できれば不要な退職を防ぐことができる.支援の目標は復職であるが,実際には支援介入の後に納得した上で退職をした事例や円滑な廃業ができた事例もあり,支援が無駄になることはない.
VII.両立支援における外科医の役割
両立支援における外科医の役割は第一に,「すぐに仕事を辞めないでも大丈夫ですよ」と患者に伝えることである.そして第二に,院内のCo.と連携することである.院内に両立支援の窓口がない場合は,企業や産業保健センターに相談窓口があって支援が受けられることを患者に伝えることである.患者を多職種で多面的にサポートすることで治療も円滑に進めることができる.一人でも多くの患者が両立支援を受けられることが望まれる.
VIII.両立支援の体制の構築
令和元年度労災疾病臨床研究事業「医療機関における両立支援の取り組みに関する研究」では,関係者がチームとして連携・協働する体制を構築することが重要であると結論付けている4).また,がん診療連携拠点病院に設置されているがん相談センターでも多岐にわたる相談内容のなかに「就労に関する相談」が含まれているように,どこが主たる窓口になるか分かりづらいという問題もある.医療機関により稼働可能な体制は異なると推察されるが,労災病院の経験からは,Co.が専従であるか或いは複数名いる両立支援窓口をつくることが理想的であると思われる.
IX.おわりに
労災病院で支援終了者を対象としたアンケートでは両立支援は有用との評価を得ている.しかし,両立支援に時間と労力を費やしてそれに見合う効果が得られるのか,真に必要とされる支援は何か,今後も模索する必要がある.両立支援とはセーフティネットに近いものであり,弱者に手を差し伸べる社会をつくるために必要だと考える.
謝 辞
東京労災病院両立支援センターのスタッフに感謝します.加藤 宏一,柴岡 三智,園田 武宏,新明 綾乃,佐藤さとみ,平澤 芳恵,齊藤 詩友.
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