日外会誌. 123(1): 98-100, 2022
定期学術集会特別企画記録
第121回日本外科学会定期学術集会
特別企画(8)「待ったなしの働き方改革への対応・対策」
1.スウェーデン外科医の生き方を見て描く,これからの日本の外科医の未来像
1) 公益財団法人がん研究会有明病院 消化器外科 熊谷 厚志1) , 入野 誠之2) , 神谷 諭3) , 速水 克1) , 井田 智1) , 幕内 梨恵1) , 大橋 学1) , 布部 創也1) , 佐野 武1) (2021年4月10日受付) |
キーワード
働き方改革, スウェーデン, 医療制度, 育児休業制度
I.はじめに
北欧スウェーデンで2年間外科医として働く機会を得た.日本とは大きく異なる価値観のもと,外科医として生きる同僚たちと生活を共にする中で,日本の外科医が抱える働き方改革に関する諸問題を考えた.
II.スウェーデン外科医の生活
「スウェーデン外科医」といっても,あくまでもカロリンスカ大学病院という首都ストックホルムにある高度に分業が進んだ病院での経験に基づくものであり,必ずしもスウェーデン全土の実情を反映したものではないことをはじめにお断りしておく.カロリンスカ大学外科の1日は朝7:45,当直医からの報告で始まる.カロリンスカでは週毎に各医師の勤務内容が決められており,若手外科医は当直の週は2晩当直するのみがdutyであり,その他の時間はフリーである.当直開始までに興味がある手術に参加することもできるが,基本的には当直というより「夜勤」であり,特に若い外科医にとっては経験を積む絶好の機会でもあるため,処置や緊急手術を積極的にこなす.日本では今も昔も「あの人がまだいるから帰れない」という職場が少なくないが,カロリンスカでは「あの人(当直医)が来たから,任せて帰れる」という意識で仕事をしている印象を受けた.また,その週病棟の術後患者を診る当番が3人程決まっており,彼らはその週手術に入ることも,外来に出ることもない.食道・胃外科の手術日は週3日であるが,手術日にはまず全身麻酔下でのステント交換注1などに続いて,食道切除・胃切除などの手術が行われる.術当日の患者は麻酔科当直医が管理する.また,病棟番が術後患者のケアをしてくれているため,手術が終わればすぐにでも帰宅することができる.夕方5時を過ぎて医局にいるのは当直医のみであり,コンビニ弁当で夕食を済ませる人はいない.金曜日は午前半日の業務で,午後2時頃のFika(いわゆるcoffee break)でコーヒーとお菓子を楽しんだ後,三々五々に解散してゆく.土曜,日曜はもちろん休診である.なお,スウェーデンではどの職種でも年間最低5週間の休暇を取る.6~8月は夏季休暇期間であり,役所の仕事も滞る.病院のアクティビティも例外ではなく,手術は通常の6割程度に減る.
III.スウェーデン外科医の生活を支える医療現場での仕組み
このような働き方を可能にしているのは,「チーム医療」,「タスクシフト」,「タスクシェア」といった,日本において医師の働き方改革を進める上で必要と言われているものに他ならない.
そもそも患者側には「私の主治医は誰々先生」という意識はなく,医師の方にも「誰々さんは私の患者」という意識がない.週毎の勤務シフトによって,外来も特定の人ではなく週替わりでチームの誰かが担当する.外来で術前検査を組む医師と,手術する医師と,術後に病理結果を説明する医師が違うことも珍しくない.
「タスクシフト」も進んでおり,手術予定を組むナースや,内視鏡検査の資格を持つナースや術中の麻酔管理の資格を持つナースもいる.「タスクシェア」の1例として,術当日夜の管理を麻酔科当直が受け持つことは前項で述べたが,あくまでも「治療の中の手術という部分を担当する」のが外科医であり,日本のように「主治医」として術後管理や最期のお看取りまでするのが「外科の矜持」という意識はないように感じた.
IV.医療制度および社会背景の違い
日本とスウェーデンの外科医の働き方の違いの根本には,医療現場でのシステムの違いだけでなく,医療制度および社会背景の違いがあると思われる.医療サービスが税金で賄われているスウェーデンでは,ホームドクターに必要と判断されて初めて病院を受診することができる.患者が医師を指名して受診することはない.病院はほぼすべて公営であるため,医師は利益を追求する必要がない(税金の無駄遣いを避けなければならないという意識はあるようだが).一方,社会保険料を医療費の財源とする日本では,患者が様々な情報をもとに,自ら医師や病院を指名,選択して自由に受診できる.多くの病院が私営であるため,利益を念頭において診療する必要がある.これらの違いの結果,1人当たりの年間外来受診回数はスウェーデンで3回,日本で13回と大きく異なる.その一方で,病床100当たりの医師数はスウェーデン149人,日本17人であり,日本ではそもそも臨床医が少ない1)注2.これがタスクシェアを妨げている.スウェーデンでは,医療はあくまでも公的サービスであり,受けられるだけありがたいと思っているのか,医療訴訟は非常に稀であるし,夏季休暇期間に手術を待たされることに対する不平が表出することはない.
日本人の病院受診回数が多い背景には,便利すぎる世の中に慣れてしまった国民性も寄与していると思われる.最近では働き方改革やCOVID-19による営業時間短縮が進んでいるが,2014年のデータでは日本のコンビニエンスストアの86.2%は24時間営業であった2).一方のスウェーデンでは,首都ストックホルムでさえも24時間営業の店は見当たらない.海外では,宗教上の理由や中小企業保護の観点から24時間営業が規制されている.日本人の多くは,コンビニエンスストアが24時間開いていないとconvenientではないと感じるだろうが,便利すぎる世の中に慣れてしまった日本人の国民性が,過剰な医療機関受診に寄与している可能性がある.
男女が平等に働くことが求められるスウェーデンでは,成人女性の就業率は70%超と男性とほぼ同等であり,外科医も例外でなく子育てを平等に分担している3).そのため,執刀医が幼稚園へ子供を迎えに行くために夕方4時頃に手術を下りることも珍しくない.つまり,スウェーデンの外科医が早く家に帰るのは家庭での役割を果たすために必要だからであるが,結果としてそれが家族との時間を与え,人生を豊かにしている.日本では最近,育児休業制度の改正が話題となっているが,父親の育児休業取得率はスウェーデンで88%(2004年),日本2%(2013年)と大きな隔たりがある(2019年度は7.48%4)).この差を反映してか,3歳未満の子がいる母親の就業率はスウェーデンで72%であるのに対し,日本では33%に過ぎない5).日本の男性の働き方を変えるためには,女性の就業率を上げることが最も確実な方法である.女性の就業率が上がれば,男性は家事や育児のために必然的に休暇を取り,早く帰宅しなければならない.自然に働き方改革が進むとともに,優秀な女性が活躍の機会を持つことは,社会全体にとってプラスである.男性社会の色合いが濃い外科の世界から,率先してこの改革を進め,社会にアピールしていくべきと考える.
V.おわりに
日本の外科医の働き方改革を進めるために,「チーム医療」,「タスクシフト」,「タスクシェア」などが進められてはいるが,日本において外科医が魅力ある職業であり続けるためには,病院の中だけでなく,医療制度や社会そのものを変えていく必要がある.
注1 スウェーデンでは食道胃管吻合や食道空腸吻合の縫合不全に対してステントを留置することがあり,6週で交換して治癒を待つ.
注2 そもそも人口千人あたりの総病床数がスウェーデンで2.2,日本で13.1と大きく異なるが,日本の総病床数には精神科病棟を含むのに対し,欧米諸国では精神科病棟は別掲であるなど,数え方の違いがある1).
利益相反:なし
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