日外会誌. 122(6): 606-612, 2021
特集
コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて
4.日本外科学会の取り組み
1) 日本外科学会コロナウイルス対策委員会 武冨 紹信1)2) , 池田 徳彦1)3) , 日比 泰造1)4) , 永野 浩昭1)5) , 小野 稔1)6) , 北川 雄光1)7) , 森 正樹1)8)9) |
キーワード
新型コロナウイルス感染症, 外科, 手術トリアージ, 個人用防護具(PPE)
I.はじめに
本邦で第1例目の新型コロナウイルス感染症が確認されてから既に1年以上が経過した.2021年6月8日現在で,新規陽性患者数は763,891人,死亡者数は13,645人を数え,3回目の緊急事態宣言が発出されるなど,いまだ収束のめどはたっていない.日本外科学会では会員に対し新型コロナウイルス感染症についての知識の啓蒙と対策について発信するため,森正樹理事長の号令のもと,2020年3月にコロナウイルス対策委員会(池田徳彦委員長)を組織し活動を開始した.これまでの1年3カ月におよぶ活動について概説する.
II.日本外科学会における新型コロナウイルスに対する対応
2020年3月厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部から「新型コロナウイルス感染症の患者数が大幅に増えた時に備えた入院提供体制などの整備について」という事務連絡が発出された.その内容としては,「限られた医療資源を新型コロナウイルス感染症に重点化・集約化する必要があり,新型コロナウイルス感染症患者を受け入れる重点医療機関はもとより,一般医療機関でも医師が延期可能と判断した予定入院・予定手術については延期を要請する」というものである.すなわち,新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴い日常診療に制限が加わるということであり,われわれ外科医が外科診療にどう向き合うべきなのか指針が必要となった.
(1)日本外科学会コロナウイルス対策委員会活動の概要
2020年上半期の本邦の新型コロナウイルス新規感染患者数推移と日本外科学会コロナウイルス対策委員会の主な活動内容を図1にまとめた.4月1日に「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」を発出したのを皮切りに,4月9日に「全身麻酔管理下外科手術における新型コロナウイルス核酸検出の保険収載に関する要望書」,4月29日に日本医学会連合を中心として「緊急提言:進行する医療崩壊をくい止めるために」を発出した.さらに,パンデミック第1波の収束をうけ5月22日に「新型コロナウイルス感染症パンデミックの収束に向けた外科医療の提供に関する提言」をまとめた.また,サージカルスモークの医療従事者健康被害リスクや医療者のメンタルサポートについてなど,COVID-19パンデミックにおいて外科医療に有用と考えられる情報を適宜発信してきた.これらの情報は日本外科学会ホームページの新型コロナウイルス特設ページにまとめてあるので,こちらを参照していただきたい1).さらに,待機手術に対する手術トリアージや周術期の注意点,外科手術領域別の注意点などについて総論および各論からなる論文をまとめSurgery Today誌に公表した2).
(2)「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」
委員会発足当初は新型コロナウイルスについての情報は少なく,外科診療に関するエビデンスは限られていたが,中国やアメリカ,欧州など既に感染が拡大している地域からの外科領域に関する論文やホームページ(HP)などから情報を収集した.先に述べた厚生労働省から発出された「新型コロナウイルス感染症の患者数が大幅に増えた時に備えた入院提供体制などの整備について」に対応できるよう,「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言」について日本医学会連合および外科系12学会の意見をとりまとめ,2020年4月1日づけで発出した3).本提言の主な内容としては,①患者および術式選択について,②個人用防護具(PPE:Personal Protective Equipment)について,③気管挿管・抜管時のリスク回避について,④その他の手術リスクについて,⑤手術後の対応について,⑥緊急手術についてなどである.
外科手術トリアージは,①医療資源の適正使用,②院内感染防止,③患者アウトカム悪化の防止の三つの観点から必要と考えられる.新型コロナ感染パンデミック時には,PPEや薬剤などの医療資源,医師・看護師などの人的資源が不足する.これらの物的および人的医療資源をコロナ診療と非コロナ診療にバランスよく配置しなければならない.また,手術はエアロゾルが発生しやすい医療行為(aerosol generating procedures;AGPs)の一つであるため,新型コロナウイルス感染を伝搬しやすい(図2).また,COVID-19陽性患者に対する外科手術後のアウトカム悪化が報告されている.Bhanguらは,周術期に新型コロナウイルス陽性が確定した患者1,128例(24か国235病院)の術後成績を検討したところ,肺合併症発生率51.2%,30日死亡率23.8%ときわめて不良であったことを報告している4).このような術後アウトカムの悪化防止のためにも,手術以外の治療法と比較検討したうえで適切な手術トリアージを行う必要がある.手術トリアージを考えるにあたり,日本外科学会では「新型コロナウイルス感染症蔓延期における外科手術トリアージの目安(改訂版)」を公表している(図3).この中では医療供給体制を安定時とひっ迫時に分け,さらに患者個々の疾病レベルを「致命的でない,または急を要しない疾患」「致命的でないが潜在的には生命を脅かす,または重症化する危険性がある疾患」「数日から数カ月以内に手術しないと致命的となり得る疾患」の3段階に分けた.疾病レベルの判断については,個々の症例で重症度,緊急度,必要性,患者容態が異なるため,これらの要因を総合的に考慮して疾病レベルを判断することが重要である.
(3)「緊急提言:進行する医療崩壊をくい止めるために」
2020年4月には新型コロナウイルス感染症の国内での急速な増加に伴い,多くの医療機関で院内クラスターが発生し,当該病院のみならず地域医療がひっ迫する事例が多数報告された.また,この時期,PPEの不足が顕著となり,不十分な装備で診療・ケアすることに伴い医療従事者の感染リスクが高まっていた.日々迫りくる新型コロナウイルス感染症のリスクに向き合うために,政府内閣に医療界の声を届けるべく日本医学会連合に属する138学会の意見を集約することとなった.日本外科学会は意見のとりまとめに中心的な活動を行い「緊急提言:進行する医療崩壊をくい止めるために」(2020年4月29日発出)を内閣総理大臣および厚生労働大臣あてに発出した
5).本提言の内容としては,①PCR検査体制の拡充と抗体・抗原検出検査体制の早急な確立のための支援,②PPEの充足,③医療従事者への支援体制の確立,④研修中の医療従事者に対する施策,⑤今回のパンデミック収束後の施策の6項目からなり,本提言を受け,5月15日には無症状の患者に対するSARS-CoV-2核酸検査(PCR)が公的保険適用と認められた.さらに,PPEの充足や医療従事者への支援対策においても,本提言がその後の政府対応に活かされたものと考えられる.
(4)「新型コロナウイルス感染症パンデミックの収束に向けた外科医療の提供に関する提言」
新型コロナウイルス感染症によるパンデミックにより,待機手術の多くが延期された.1回目の緊急事態宣言の収束を受け,各施設において第二波の発生を予防しつつ中止・延期された手術および新規の予定手術が施行できる体制を速やかに構築していくため,外科医が取り組むべき点について日本外科学会をはじめとした外科系10医学会の連名で2020年5月20日に「新型コロナウイルス感染症パンデミックの収束に向けた外科医療の提供に関する提言」を発出した6).本提言は待機手術の本格的な再開に向け注意すべき事項を,①予定手術再開のタイミング,②COVID-19感染の有無の確認,③感染拡大の予防,④手術スケジュールの再構築,⑤患者とのコミュニケーションの5項目に分け,医療従事者を感染と過大な肉体的・精神的ストレスから守ることを最優先しつつ,安全・確実な予定手術の再開と十分な外科医療を継続的に提供するためにまとめられたものとなっている.外科手術再開のタイミングとしては,地域におけるパンデミック収束や医療資源の充足を確認すること,地域内での連携を強化し,院内においてはCOVID-19診断手順を整備し,さらに手術再開に向けた院内ガバナンスを確立することとしている(図4).重要なことは,施設内で足並みをそろえ外科系各科・麻酔科・看護部から構成される手術のあり方を検討する委員会やワーキンググループなどを設立し,施設内での基準を統一し,全病院を挙げての取り組みの一環として入院・外来を含めた手術全般のあり方について協議・対応することが望まれる.
(5)日本外科学会定期学術集会における緊急企画
2020年8月13~15日に開催された第120回日本外科学会定期学術集会では,COVID-19関連企画として二つのセッションが行われた(図5).緊急企画1では最新の新型コロナウイルス感染症のエビデンスを国立国際医療センター国際感染症センターの忽那賢志先生にご講演いただいた.また緊急企画2では,感染症,外科,救急の立場からのご講演に加え,米国から4名の先生にご講演いただいた.専門家からの新しいエビデンスの講演に加え,COVID-19が爆発的に増大していたアメリカ各地の現職外科医からの臨場感に満ちた発表ということもあり会員の関心も高く,外科医療への対応策の観点から時機を得た緊急企画であったと考えられる.
また,2021年4月8~10日に開催された第121回日本外科学会定期学術集会では,特別企画として「パンデミック状況下における外科診療と教育」が行われた.パンデミック下においても多くの外科医が創意工夫しながら外科診療や外科教育を成し遂げている現状に意を強くさせられる特別企画であった.
この場をお借りして,このような素晴らしいセッションをご用意していただいた第120回北川雄光会頭および第121回松原久裕会頭にあらためて感謝申し上げたい.
(6)日本医学会連合との共同提言
2021年に入り,日本医学会連合を中心とする各医学会との共同活動が多くなった.日本外科学会単独もしくは外科系学会のみならず,総合的な見地からの活動が本邦の医療施策への影響が大きいためである.2021年1月4日には「COVID-19 expert opinion」がまとめられた7).これは各学会がそれぞれ発出しているCOVID-19に対する指針やガイドラインを一元化したものであり,エビデンスが乏しい新型コロナウイルスへの対策をreal timeに届けるためexpert opinionの形式としているところに特徴がある.同1月7日には「健康危機管理と疾病予防を目指した政策提言のための情報分析と活用並びに人材支援組織の創設」に関する提言がなされた8).これは,迅速かつ効率的に緊急事態に対応可能な国家的体制作りをアカデミアの立場から提言するものであり,より中長期的視野に立ち,科学的エビデンスに基づく政策提言,情報分析および人材育成・活用の支援を行う常設組織の創設を強く要望したものである.また,医療従事者や高齢者へのワクチン優先接種がはじまった3月22日にはワクチンの正しい知識と安全な普及を目的として「COVID-19ワクチンの普及と開発に関する提言」が発出された9).
(7)COVID-19による外科医への影響に関するアンケート調査
COVID-19の流行により外科医を取り巻く環境にどのような変化をもたらしたかを把握し,今後の政府への提言や日本外科学会の活動の指標,さらに外科医の労働環境改善に資するため,外科医労働環境改善委員会(馬場秀夫委員長)およびコロナウイルス対策委員会により令和3年2~3月に日本外科学会会員へのアンケート調査が施行された.回答があった会員中46%が重症患者の治療経験あり,22%がCOVID-19患者の手術経験あり,82%が診療でCOVID-19感染の脅威を感じていると回答している10).また,36%が手術時のPPE不足を経験し,サージカルスモーク吸引などの手術時のCOVID-19対策を行っているのは48%と半数以下であった.術前患者に対するPCR検査についてのアンケートでは,全症例にPCR検査を行っている施設は全体の41.7%であり,行っていない施設は15.6%であった11).術前PCR施行率を月別に集計すると2020年4月23.8%であったのが同12月54.4%と徐々に増加していた.なお,術前スクリーニングPCR陽性率は0.038%であり,さらに術後退院までにPCR陽性が確認された症例が19例報告された.今後これらの結果をふまえ,パンデミック発生時でも安全安心な外科医療を行うための学会活動を展開していきたい.
III.おわりに
新型コロナウイルス感染症流行下における,日本外科学会の取り組みについて概説した.エビデンスの乏しい新型コロナウイルスではあったが,最大限の情報収集と臨床経験を積み上げることで,「新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術にする提言」をはじめとした外科医療の基本的対応指針を発信することができた.今後,未知なる感染症の流行期においても慌てることなく外科医療を遂行することができるよう,さらに多くの経験とエビデンスを積み上げ,揺るぎのない外科医療体制を構築できるよう益々尽力していきたい.
利益相反:なし
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