日外会誌. 122(6): 600-605, 2021
特集
コロナとの対峙 外科診療の変容とポストコロナへ向けて
3.COVID-19治療 Up-To-Date
大阪大学 医学系研究科・医学部感染制御学講座 忽那 賢志 |
キーワード
COVID-19, SARS-CoV-2, Remdesivir, Baricitinib, Dexamethasone
I.はじめに
新型コロナウイルス感染症は名前の通り新しい感染症であることから,新型コロナウイルスのために開発された治療薬というものは現時点ではなく,これまで他の感染症や膠原病などの疾患に使われてきた薬剤を新型コロナウイルスにも使用して効果を検証している段階である.これまでにいくつかの薬剤の効果が証明され,また多くの薬剤の治療効果が示されなかった.本稿では現時点での治療薬のエビデンスについて解説する.
II.治療の考え方
新型コロナの経過は,発症から1週間程度は風邪様症状や嗅覚・味覚異常などの症状が続く.この時期はウイルス増殖期と考えられるため,抗ウイルス薬によって増殖を抑えることが理にかなっていると考えられる.また,感染者の2割は肺炎が増悪し,炎症反応が過剰に起こることによって重症化する.この時期は過剰に起こった炎症を抑えるためにステロイドなどの抗炎症作用を持つ薬剤を使用するのが合理的と考えられる(図1)1).つまり,現時点では新型コロナウイルス感染症の病期に合わせて「抗ウイルス薬」と「抗炎症薬」を組み合わせて行うという考え方になってきている.発症早期では抗ウイルス薬の効果が期待されるが,重症化してからは効果は期待されない.一方,抗炎症薬も発症早期では効果は期待できず,重症化してからの使用が推奨される.
後述するように抗ウイルス薬であるレムデシビルは,肺炎のある中等症1,酸素投与が必要な中等症2で特に有効性が確認されており,理論的には可能な限り早期に投与することで効果が期待される(図2).
さらに,これに加えて凝固異常に対してヘパリンなどの抗凝固薬を使用することも一般的になってきている2).
III.レムデシビル(商品名:ベクルリー点滴静注液100mg等)
レムデシビルはRNAウイルスに対し広く活性を示すRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害薬で,もともとはエボラウイルス感染症の治療薬として開発されたが,in vitroで新型コロナウイルスに対し良好な活性を示す3)ことから,新型コロナウイルス感染症患者への投与が行われてきた(表1)4)
~
7).
これまでの知見から,レムデシビルはすでに挿管や高流量の酸素投与に至った重症例では効果が期待できない可能性が高いが,サブグループ解析の結果からは,そこまでに至らない酸素需要のある症例では有効性が見込まれる.
投与期間に関しては,挿管例を除く低酸素血症のあるCOVID-19肺炎患者では5日間治療群と10日間治療群とでは有効性・副作用に差がなかった8)こと,および前述の軽症肺炎を対象として3群でのRCT6)では10日間投与群と標準治療群は有意差がみられなかったことから,原則として5日間の投与が推奨されるが,個別の患者の背景に応じた判断を行う.
副作用としては,肝機能障害,下痢,皮疹,腎機能障害などの頻度が高く,重篤な副作用として多臓器不全,敗血症性ショック,急性腎障害,低血圧が報告されている9).
IV.デキサメタゾン
重症COVID-19患者は,肺障害および多臓器不全をもたらす全身性炎症反応を発現する.コルチコステロイドの抗炎症作用によって,これらの有害な炎症反応を予防または抑制する可能性が示唆されている.
英国で行われた入院患者を対象とした大規模多施設無作為化オープンラベル試験では,デキサメタゾンの投与を受けた患者は,標準治療を受けた患者と比較して死亡率が減少したことが示された10).
この研究は6,425人の参加者を対象に行われ,デキサメタゾン群2,104人,対照群4,321人が参加した.デキサメタゾン群の参加者の21.6%,対照群の24.6%が,試験登録後28日以内に死亡した(RR0.83;95%CI,0.74~0.92,P<0.001).予後改善効果は,無作為化時に侵襲的人工呼吸管理を必要とした患者で最大であり,また登録時に酸素投与を必要とした症例でも予後改善効果がみられた.しかし,登録時に酸素投与を要しなかった集団では予後改善効果はみられなかった.本邦ではデキサメタゾンが使用された報告はないものの,プレドニゾロンなど他の種類のステロイド薬が使用された症例報告は散見される11).なお,デキサメタゾンは現在の承認の範囲内で新型コロナウイルス感染症に対しても使用可能である.
なお,ステロイドであるデキサメタゾンをウイルス増殖期に投与すれば理論的にはむしろ予後を悪化することも懸念されることから,現時点では酸素投与が必要な中等症2の時点で投与を開始することが一般的である.
V.バリシチニブ(JAK阻害薬)
COVID-19と診断された入院患者1,033人を対象にレムデシビル(10日以内)に加えて,バリシチニブ(14日以内)またはプラセボ(対照)を投与したRCT12)では,バリシチニブを投与された患者の回復までの期間中央値は7日,対照群では8日であり(回復率比,1.16;95%CI,1.01~1.32;P=0.03),15日目の臨床状態の改善オッズは30%高かった(オッズ比,1.3;95%CI,1.0~1.6).また登録時に高流量酸素または非侵襲的人工呼吸を受けた患者の回復までの期間は,併用療法で10日,対照群で18日であった(回復率比,1.51;95%CI,1.10~2.08).デキサメタゾンとバリシチニブの優位性の検証は現在行われているところである13).
すでにデキサメタゾンなどのステロイドを投与されている患者に追加でバリシチニブを投与することで予後を改善する効果もあると考えられている.侵襲的人工呼吸を行っていないCOVID-19の入院患者1,525名を対象とした多国籍プラセボ対照無作為化試験のプレプリントの報告では,標準治療にバリシチニブを追加することで28日後の死亡率が低下した(プラセボ群13.1%に対して8.1%,HR0.57,95%CI0.41~0.78)14).
なお後述のトシリズマブとの併用については効果・安全性は不明のため推奨されない.
VI.トシリズマブ(IL-6阻害薬)
これまで各国で複数のRCTが行われてきたが,いずれも予後を改善するという結果は得られなかった.
しかし,2021年以降に発表された二つのRCTでは,予後を改善する効果が示されている.
REMAP-CAP試験(国際共同臨床試験)では,ICUに入室し心肺支持療法の使用(昇圧剤もしくは酸素療法・人工呼吸管理)の開始された24時間以内のCOVID-19患者をトシリズマブ群(353名),サリルマブ群(48名),標準療法(402名)の3群にランダム化して有効性を比較した.21日目までの心肺支持療法が不要となった期間の中央値はコントロールに比しトシリズマブ群・サリルズマブ群で有意に長かった15).なお,標準療法のうち大半(>80%)の患者にはステロイドが投与されていた.
イギリスから大規模なランダム化比較試験の結果も報告されている.4,116人(14%が侵襲的人工呼吸管理,41%が非侵襲的人工呼吸管理,45%が酸素投与を受けており,82%が全身性ステロイド投与を受けていた)が参加したこの研究では,トシリズマブを投与された2,022人のうち596人(29%),非投与群2,094人のうち694人(33%)が28日以内に死亡し,トシリズマブ群で有意に死亡率が低かった16).
トシリズマブによる予後改善効果を示したこれら二つのRCTの特徴は,患者の大半が標準治療としてデキサメタゾンなどのステロイドを投与されていたことであり,重症例においてステロイド投与に加えてトシリズマブを投与することで予後改善が期待できると考えられる.
VII.ファビピラビル
ファビピラビルは効能・効果を「新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症(但し,他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分なものに限る)」に限定して,2014年3月に厚生労働省の承認を受けている.その作用機序は,生体内で変換された三リン酸化体(T-705RTP)が,ウイルスのRNAポリメラーゼを選択的に阻害するものであることから,インフルエンザウイルス以外のRNAウイルスへも効果を示す可能性がある.in vitroでの新型コロナウイルスのEC50は61.88μMでありエボラウイルスに対する数値に類似している3).藤田医科大学が中心となって無症状・軽症患者89名に実施された多施設無作為化オープンラベル試験17)では,試験参加1日日から内服を開始した群(通常投与群)と6日目から内服を開始した群(遅延投与群)で,参加6日目までのPCR陰性化率が通常投与群で66.7%,遅延投与群で56.1%(aHR1.42;95%CI,0.76~2.6,P=0.27),また発熱患者の試験参加1日日から解熱までの時間が通常投与群で2.13日,遅延投与群で3.15日(aHR1.88;95%CI,0.81~4.35,P=0.14)と報告されており,有意差には達しなかったものの早期のPCR陰性化,解熱傾向がみられた.また,ロシアで行われたランダム化比較試験18)では,投与4日目のウイルス消失率が,プラセボ群と比較して高く,また発熱消失時間も短かったと報告されており,ファビピラビルの有効性についてはまだ結論が出ていないが,現時点では新型コロナウイルス感染症患者にルーチンで投与が推奨されるものではないと考える.
VIII.おそらく効果が期待できない薬剤
ロピナビル/リトナビル19),ヒドロキシクロロキン20)ランダム化比較試験を含む複数の臨床研究で有効性が示されなかったことから,現時点では使用は推奨されない.またカモスタットについても第3相試験で有効性が示されなかったことが企業より発表された.シクレソニドについても国立国際医療研究センターで行われたランダム化比較試験において対症療法群と比べてシクレソニド吸入剤投与群の方が有意に肺炎増悪が多いという結果となり,使用は推奨されない.
IX.おわりに
当初未知であったCOVID-19の治療は,流行開始から1年半を経ていくつかの有効な薬剤が使用できるようになった.一方で,すでに効果がないと判明した薬剤もあり,これらの情報をアップデートし診療に活用されたい.
利益相反
原稿料など:ヤフー株式会社
研究費:株式会社キアゲン,武田薬品工業株式会社,栄研化学株式会社,アボットジャパン合同会社
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