[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (579KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(3): 377-378, 2020

項目選択

生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(近畿地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 4.膵癌―2019年版のポイント―

大阪大学大学院 医学系研究科外科学講座・消化器外科学

江口 英利

(2019年9月28日受付)



キーワード
膵癌, ガイドライン, ランダム化比較試験

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
膵癌診療ガイドラインは,日本膵臓学会により2006年3月に初版が出版され,以降は2009年9月に第2版,2013年10月に第3版,2016年10月に第4版と改訂され,この度2019年7月に第5版(2019年版)が出版された1)5).ここでは,日本外科学会の生涯教育セミナーであることをふまえ,2019年版の改訂ポイントのうち診断,治療に関する項目を中心に概説する.

II.診断法に関するクリニカル・クエスチョン
2019年版では,膵癌の診断において,(A)存在・確定診断と(B)病期・切除可能性診断という二つの診断ステップを分けて考える必要があることが明記され,それぞれのステップにおける画像診断法の位置づけが明確にされた.PET-CTについては,膵癌の存在・確定診断をするためには行わないことを提案する(行わないことを弱く推奨する)ことが明記され,一方で,膵癌の診断が確定しており遠隔転移(肝転移など)が疑われる場合には行うことを提案する(行うことを弱く推奨する)ことが明記された.一方,膵癌の存在・確定診断においても,病期・切除可能性診断においても,造影CT(MDCTが望ましい)が強く推奨されることが明記された.
2019年版では,膵癌患者の術前に血液生化学的所見を組み合わせた栄養評価や体組成(筋肉量や脂肪量など)の評価を行うことが推奨されるかどうかについても記載されたが,これらの評価は膵癌手術患者の長期予後,術後合併症発症の予測に寄与する可能性があるものの,それらを示唆するエビデンスは全て後ろ向き研究であり,そのような評価を得てから具体的にどのような行動をすべきかが不明であること,個々の文献の患者背景やカットオフ値にばらつきがあり,このような評価法に否定的な結果も報告されていることから,行うことを提案する(弱く推奨する)との記載にとどまった.

III.治療に関するクリニカル・クエスチョン
2019年版では,(1)切除可能膵癌の治療法,(2)切除可能境界膵癌の治療法,(3)局所進行切除不能膵癌の治療法,(4)遠隔転移を有する膵癌の治療法に分けてクリニカル・クエスチョンが設定され,それらに加えて(5)支持・緩和療法のクリニカル・クエスチョンも設定された.
切除可能膵癌に対する腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術については,前版と同様,行わないことを提案する(行わないことを弱く推奨する)との記載がなされた一方で,腹腔鏡下膵体尾部切除術は行うことを提案する(弱く推奨する)ことが新たに記載された.ただし,多臓器浸潤がなく血管合併切除がない場合に限定し,熟練した施設で行われるべきであると注意喚起が記載されていることに注意したい.また,膵癌切除後の周術期における栄養療法(経腸栄養療法)は前版とは異なり,行わないことを提案する(行わないことを弱く推奨する)に変更された.これは近年の手術成績の向上により,ほとんどの患者で術後早期に経口摂取が可能となっていることや,経腸栄養療法でむしろ合併症が増加したとのランダム化比較試験が報告されていることなどをふまえてのことである.
切除可能膵癌に対する術前補助療法については,次々に新たなエビデンスが発信されていることを受け,その都度ガイドライン改訂委員会で慎重な検討がなされたが,2019年版では「切除可能膵癌に対する術前補助療法を行うべきか否かは明らかではない」との記載で発刊されることとなった.これは2019年2月のASCO-GIで公表されたPrep-02/JSAP-05試験の結果をふまえてのものである.ただし,その後(同年6月)に同臨床試験のさらに詳細な結果がASCOで公表され,ガイドライン改訂委員会で再度慎重な検討がなされた結果,近日中に「切除可能膵癌に対する術前補助療法としてゲムシタビン塩酸塩+S-1併用療法を行うことを提案する」と改訂されることが確定している.
2019年版の特徴として,切除可能境界膵癌に関するクリニカル・クエスチョンが新設されたことがあげられる.切除可能境界膵癌に関しては,手術先行治療ではなく,術前補助療法後に治療効果を再評価し,治癒切除可能か否かの検討を行った後に外科的治療を行うことを提案することが記載された.また腹腔動脈合併切除を伴う膵体尾部切除術(DP-CAR)および肝動脈合併切除を伴う膵癌切除術は提案(弱く推奨)されるものの,上腸間膜動脈合併切除を伴う膵切除術は行わないことを提案する(行わないことを弱く推奨する)と記載された.
切除不能(局所進行,遠隔転移陽性)膵癌に対する治療としては,前版と同様の一次治療の記載に加えて,二次治療も強く推奨されることが明記された.ただし二次治療に使用される個々の薬剤については,本邦での保険適用やエビデンスレベルの観点から,弱く推奨されるにとどまっている.一方,切除不能膵癌に対して非手術治療を行った後の切除については,治療が奏効し切除可能となった局所進行症例や,残膵のみの再発,肺転移のみの再発の場合には,極めて慎重な検討が必要なものの,外科的切除を行うことを提案する(弱く推奨する)との記載がなされた.

IV.おわりに
ガイドラインはあくまでも作成時点での最も標準的な指針であり,実際の診療行為を強制するものではない.最終的には施設の状況(人員,経験,機器など)や個々の患者の個別性を加味して,対処法を患者,家族と診療にあたる医師やその他の医療者などと話し合いで決定することが重要である.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン作成小委員会編:科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン2006年版.金原出版,東京,2006.
2) 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会編:科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン2009年版.金原出版,東京,2009.
3) 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会編:科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン2013年版.金原出版,東京,2013.
4) 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会編:膵癌診療ガイドライン2016年版.金原出版,東京,2016.
5) 日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改訂委員会編:膵癌診療ガイドライン2019年版.金原出版,東京,2019.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。