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日外会誌. 121(3): 321-327, 2020

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特集

大腸癌に対する内視鏡手術の進歩

8.直腸癌に対する腹腔鏡下側方郭清術

虎の門病院 消化器外科

平松 康輔 , 黒柳 洋弥 , 的場 周一郎 , 西原 悠樹 , 前田 裕介 , 藤井 能嗣 , 花岡 裕 , 佐藤 力弥 , 戸田 重夫 , 上野 雅資

内容要旨
腫瘍下縁が腹膜反転部以下のcT3以深の進行直腸癌に対する標準治療について,わが国ではTME(total mesorectal excision)に加えて側方郭清が推奨されている.一方で欧米では術前化学放射線療法(CRT)を用いた集学的治療が標準治療である.JCOG0212において本邦における側方郭清が安全面や機能温存の面で十分許容されうるものであると示唆され,また予防的側方郭清が局所再発率を低下させると示された.その一方で側方郭清と術前CRTいずれも一定の割合で側方領域の局所再発が報告されている.こうした中でさらなる局所コントロールの向上を図るうえで一つの選択肢が術前CRTと選択的側方郭清の併施である.これは術前(C)RTに加えて画像上転移が疑われるリンパ節を認める場合に腫大した側の側方郭清を施行するものである.2019年に欧米を含めた国際的多施設共同の後ろ向き研究の結果が報告されており術前(C)RTとTMEに加えて側方郭清を行うことの有効性を報告している.このように側方郭清の治療効果については近年欧米でも注目されている.腹腔鏡下側方郭清は近年ではより多くの施設で行われるようになり,映像での教育効果により徐々に手術の習熟度が向上し均てん化してきている.また高精細な3D画像下での手術が可能になった現在,開腹手術と比較しても同等の安全性と長期成績の報告もあり今後もさらなる発展が期待できる.側方郭清を用いた治療成績については今後も本邦から世界に発信していくべきであろう.

キーワード
直腸癌, 側方リンパ節転移, 腹腔鏡下側方郭清, 選択的側方郭清, 術前化学放射線療法

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I.はじめに
進行直腸癌(cStageⅡ/Ⅲ)に対する標準治療について,わが国では「大腸癌治療ガイドライン」においてTME(total mesorectal excision)またはTSME(tumor-specific mesorectal excision)と定められている.特に腫瘍下縁が腹膜反転部より肛門側にあり,壁深達度がcT3以深の直腸癌に関してはTMEに加えて側方郭清が推奨されている.一方で欧米では術前化学放射線療法(CRT)または放射線療法(RT)を用いた集学的治療が標準治療である.大腸癌研究会の1991年から1998年にかけてのデータによればcT3以深の下部直腸癌において側方郭清を施行した症例のうち,16.6%に病理学的に側方リンパ節転移を認めた1).またKimらは術前CRT+TMEを施行した366例において全体の局所再発率は7.9%であり,そのうち82.7%が側方領域の再発であったと報告している2).これらデータは局所再発率の減少という目的における側方領域の局所コントロールの重要性を示唆している.

II.側方郭清の歴史的背景
本邦では久留3),梶谷4)らの側方郭清の臨床研究を基に1970年代より側方郭清が基幹病院で普及した.そして小山5)によって側方郭清により生存率が有意に向上し局所再発率も減少したことが報告され,以降も側方郭清の有効性を支持する報告が相次いだ.しかし当時の拡大郭清は排尿機能や性機能障害を高頻度に引き起こしたため,その反省から自律神経温存側方郭清の開発6)と側方リンパ節転移の臨床病理学的研究が盛んに行われた.これらの結果,本邦では下部進行直腸癌の局所療法において独自の路線を進むこととなり今日までそれが続いている.

III.自律神経温存側方郭清のリンパ節郭清範囲
自律神経温存側方郭清のリンパ節郭清範囲に関して標準治療を決めるうえで明確な根拠となるデータはない.大腸癌取扱い規約においても改訂ごとに側方リンパ節の定義や範囲,そして用語が変遷している.最新のものとして2018年7月に発行された第9版では側方領域のリンパ節を263D(内腸骨末梢リンパ節),263P(内腸骨中枢リンパ節),283(閉鎖リンパ節),273(総腸骨リンパ節),293(外腸骨リンパ節),260(外側仙骨リンパ節),270(正中仙骨リンパ節),280(大動脈分岐部リンパ節)と定義している.しかしそれらがどの範囲に含まれるかを明確に定義されておらず,各施設において細かなばらつきがあるであろう.また第9版では新たに郭清範囲をLD0からLD3に分類している.LD3は上記全てを郭清したことを指し,LD2は263D,263P,283を郭清したことを指す.LD1はLD2に満たない郭清範囲であることを指し,LD0は側方郭清がなされていないことを示す.上記の分類からはLD2を標準の郭清範囲とする意向が推察されるが,実際に側方郭清の標準的な郭清範囲に関する明確な記載はない.
一方でJCOG0212では両側の263D,263P,273,283を郭清範囲としており,未だ郭清範囲に関しては議論の余地が存在する.

IV.現在の側方郭清に関するエビデンス
側方リンパ節郭清に関する有効性が多数報告される一方,それらは後ろ向き試験や単施設からの治療成績が多くを占めていたため,エビデンスレベルが低いという問題点を含んでいた.そうした中で側方郭清の効果を示したのがJCOG0212試験である.これは臨床的に側方リンパ節転移陰性と診断した症例に対するcStageⅡ/Ⅲの下部直腸癌701例をTME単独群とTME+側方郭清群にランダムに振り分けた試験である(TME+側方郭清群351例,TME単独群350例).いわゆる“予防的”側方郭清を研究の対象としている.手術は全て開腹で行われた.短期成績に関して,TME+側方郭清群はTME単独群と比較し優位に手術時間が長く(360分vs254分,p<0.001),出血量も多かった(576mL vs 337mL,p<0.001)7).しかしGrade3/4の術後合併症の発症頻度に有意差は認めず(21.7% vs 16.0%,p=0.07),また術後排尿機能(59% vs 58%,p=0.76)や男性の機能障害(79% vs 68%,p=0.37)に関しても両群で有意差は認めなかった7)9).これらは本邦において,側方郭清が安全面や機能温存の面で十分に許容されうるものであることを示唆している.
また長期成績についてだが,主要評価項目である5年無再発生存率はTME+側方郭清群73.4%,TME単独群73.3%(HR 1.07,90.9%CI:0.84~1.36,p=0.055)であり,TME単独群のTME+側方郭清群に対する非劣性は証明されなかった10).また5年全生存率はTME+側方郭清群92.6%,TME単独群90.2%(HR 1.25 95%CI:0.85~1.84)と両群とも90%を超える良好な成績であり,両群間で有意差は認めなかった.局所再発はTME+側方郭清群で7.4%,TME単独群で12.6%と局所再発率に有意差を認めた(p=0.024).側方リンパ節領域の術後再発はTME+側方郭清群4例に対してTME単独群は23例と多くみられた.
以上より主要評価項目である5年無再発生存率に関してTME単独群の非劣性は証明されなかった.そして副次的評価ではあるが,側方郭清は全生存率に影響は与えないものの局所再発率を低下させる可能性があることが示唆された.
この結果は予防的側方郭清が局所のコントロールに関して一定の効果を持つことを示している.一方で現在までの術前RTや術前CRTのエビデンスと同様に予防的側方郭清は生存率に寄与しないと考えられる.
また局所コントロールを目的とした側方郭清と術前(C)RTの比較についてであるが,これらを前向き試験で直接比較検討したものは存在しない.Watanabeらは側方リンパ節郭清の有無と術前RTの有無とを基に115例のcStageⅡ/Ⅲの下部直腸癌を4群に分けて後ろ向きに比較・検討している11).その中で側方郭清(+)&RT(-)群と側方郭清(-)&RT(+)群を比較しこれら2群間で5年局所再発率や5年無再発生存率に有意差を認めなかったと報告している.
これらを直接比較するためにはTME+術前(C)RTとTME+側方郭清の2群を設定したランダム化比較試験の実施が期待されるが,これらは治療方針として大きな隔たりがあるため今後実施できる可能性は低いと思われる.

V.術前(C)RTと選択的側方郭清
局所コントロールとしての側方郭清と術前(C)RTの優劣をつけるのは困難である.いずれの治療も局所再発の抑制には一定の効果を持つことが証明されているが,全生存率に対する効果は証明されていない.またいずれの治療についても治療後の局所再発,特に側方領域の再発が一定の割合で報告されている.
まず側方郭清についてだが,JCOG0212ではTME+側方郭清群の351例中4例(1.1%)の側方領域の再発を報告している.これは臨床的に転移を疑っていない,腫大したリンパ節のない症例に対する予防的な側方郭清であっても,側方領域の再発があることを示しており,術前に腫大したリンパ節を認める症例に対する治療的郭清に関してはそれ以上の側方領域の再発があることが想定される.Kustersらはオランダと日本の下部直腸癌の治療成績を比較し報告している12).その中で拡大手術単独療法での全体の局所再発率は324例のうち23例(6.9%)とRT+TMEと比較しても同等と報告しており,側方領域の再発を8例(2.2%)と報告している.実際にはStageⅠの症例を125例含んでいるため,StageⅡ/Ⅲに限ればおおよそ4%程度の側方領域の局所再発が側方郭清後に生じることが想定される.
一方でKimらは腫瘍下縁が肛門縁から8cm以内の直腸癌366例に対して術前CRT(50.4Gy)後にTMEのみを施行し側方郭清は行わなかった成績を報告している2).その中で29例(7.9%)に骨盤内再発を認め,そのうち24例(5.8%)に側方領域の再発を認めた.また治療前に側方リンパ節が短径で5mm以上に腫大した症例の局所再発率は27%と高率であった.この結果から,術前CRT後のみで側方領域のコントロールは不十分であることが示唆されている.
以上の結果から,側方リンパ節転移に対してTME+側方郭清や術前(C)RT+TMEという治療は未だ改善の余地を残していると思われる.そもそも現在の消化器外科領域のリンパ節郭清において,郭清という用語は単純にリンパ節を摘出するのみではなく,臓器から出たリンパ経路を含む領域の脂肪組織を一括切除するのが基本である.これは当然大腸癌におけるTMEやCME(complete mesocolic excision)の考え方にも当てはまる.しかし現在の側方郭清においては機能温存のために自律神経を温存しており,骨盤神経叢を貫き原発巣から側方領域に流れるリンパ流はわずかであろうが残存することとなる.これは先ほどのリンパ節郭清の考え方とは異なる.もちろん過去の拡大手術の反省から自律神経温存術式が発明され,それが現在の側方郭清の中心となっていることに異論はない.しかし自律神経温存により,その中のリンパ経路に微小な癌細胞が残存するリスクに目をつむる,もしくはその制御を術後補助化学療法に頼ることとなる.
また現在の大腸癌治療の考え方では肝転移や肺転移を始めとする遠隔転移に関しても手術治療の良好な成績が多数報告されている.そこで,側方リンパ節への転移を疑うにも関わらず術前(C)RTのみで側方領域の局所コントロールを図ることが適切であろうか.
これらの矛盾を解決する一つの選択肢が術前(C)RTと選択的側方郭清という考え方である.これは術前(C)RTに加えて画像上転移が疑われるリンパ節を認める場合に腫大した側の側方郭清を施行するものである.
Akiyoshiらは本邦の2施設において,cT3/4もしくはcN+で遠隔転移のない下部直腸癌613例に対し,術前(C)RT+TMEに加えて治療前に長径7mm以上の側方リンパ節腫大を認めた症例に選択的側方郭清を行った成績を報告している13).側方郭清は212例(34.6%)に行われ57例(9.3%)に病理学的に側方リンパ節転移を認めた.26例(4.2%)に局所再発を認め,20例(77%)が側方領域の再発であった.そしてこれらをリンパ節転移の状況に応じて分類し比較している(図1).3年無病生存率に関して側方リンパ節(+)群はypN0と比較し有意に低いものの(70% vs 88%,p<0.001),ypN2/側方リンパ節(-)群と比較して有意に良好であった(70% vs 48%,p=0.014).また3年局所再発率は側方リンパ節(+)群で3.6%であり,ypN0群の1.7%やypN1/側方リンパ節(-)群の8.0%と有意差を認めなかった(p=0.941,p=0.224).またypN2/側方リンパ節(-)と比較し良好な成績であった(3.6% vs 17%,p=0.006).この結果から側方リンパ節転移陽性例に対して術前(C)RTとTMEに加えて選択的側方郭清を施行した場合に領域リンパ節転移陽性例と同等かそれ以上の治療成績を得られる可能性があることが示唆された.
またOguraらは2019年に下部進行直腸癌に対して術前(C)RTを施行した1,216例を対象とした,欧米を含めた国際的多施設共同の後ろ向き研究の結果を報告している14).その中で,術前MRIで短径7mm以上の側方リンパ節腫大を認めた症例に対して術前(C)RTとTMEを施行した場合の側方領域の局所再発率を19.5%としている.それに対して術前(C)RTとTMEに加えて側方郭清を行うことで側方領域の局所再発率を5.7%に低下させたとしている(p=0.45).
このように側方郭清の治療効果については近年欧米でも注目されており今後も世界的にその治療効果の検証が進められていくと思われる.

図01

VI.腹腔鏡下側方郭清
狭くそして深い領域である骨盤の側方領域において腹腔鏡は大きな威力を発揮すると思われる.腹腔鏡下の側方郭清術は2001年にUyamaらによって最初の報告がなされ15),近年ではより多くの施設で行われるようになった.Konishiらは2011年に腹腔鏡下自律神経温存側方郭清術の手技を映像で報告しており16),腹腔鏡手術の特徴である映像での教育効果により徐々に手術の習熟度が向上し均てん化してきている.また高精細な3D画像下での手術が可能になった現在,複雑かつ個体差の大きな側方領域の血管解剖や郭清範囲の理解も進んできている.
このような利点がある腹腔鏡手術だが,直腸癌に対する側方郭清において開腹手術とランダム化比較試験で直接検討した報告はない.Ouyangらは892例を対象としたメタ解析で腹腔鏡と開腹の側方郭清を検討している17).この中には6の後ろ向き試験と2の前向き非ランダム化比較試験が含まれている.ここで腹腔鏡は開腹手術と比較し有意に手術時間が延長し(p=0.08),出血量は少なく(p<0.00001),術後在院日数は少なく(p=0.0006),R0切除率が高い(p=0.02)と報告されている.また合併症率,郭清リンパ節数,転移リンパ節数,局所再発率,3年全生存率,3年無再発生存率に有意差は認めなかった.これにより腹腔鏡下側方郭清は開腹手術と同等の安全性と長期成績を持つことが示唆された.

VII.おわりに
当然本邦における側方郭清は世界に誇るべき素晴らしい技術であり,今後も3D腹腔鏡やロボット手術により更なる発展も期待できる.しかしながら下部進行直腸癌に対する局所療法に関して,拡大手術のみや術前CRTのみでは対処できない症例があることは明らかである.そのためにはどちらが優れているかではなく,両者に加えて化学療法を含めた集学的治療により,さらなる治療成績の向上を目指すという一歩進んだ議論がなされることが必要である.その治療選択においては再発リスク予測の正確性が必須であると思われる.その基準がMRIやCTといった画像診断なのか,組織診断なのか,または遺伝子診断なのか,今後さらなるデータの集積と検討がなされることが期待される.また特に側方郭清を用いた治療成績については今後も本邦から世界に発信していくべきであろう.

 
利益相反:なし

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文献
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