日外会誌. 121(3): 288-293, 2020
特集
大腸癌に対する内視鏡手術の進歩
2.RPS(Reduced port surgery)―単孔式腹腔鏡下大腸切除術―
埼玉医科大学国際医療センター 下部消化管外科 平能 康充 |
キーワード
大腸癌, 単孔式腹腔鏡下大腸手術, 腹腔鏡下手術, Reduced port surgery
I.はじめに
腹腔鏡下結腸切除術が1991年に最初に報告されてから,腹腔鏡下結腸切除術の安全性と腫瘍学的同等性あるいは優位性に関して多くの報告がなされてきた.腹腔鏡下手術の開腹手術に対する優越性は術中出血量の減少,腸管運動の早期回復や術後在院日数の減少,疼痛の軽減ならびに整容性の向上とされるが,単孔式腹腔鏡下大腸手術(以下,TANKO)は,整容性,術後疼痛の軽減や創関連合併症に関しては更なる優位性をもたらすと考えられている.
TANKOは,基本的には臍部に約3㎝の小開腹創を置きMulti-channel deviseを装着.この同一創より腹腔鏡や内視鏡手術用器具を挿入して手術操作を行い,切除した腸管も同一層から摘出する手術手技である.本術式は術創が臍部に一つのみで手技を施行するという特性から,従来法と比較して極めて優れた整容性をもつ手技とされる.
本術式は2008年にBucherら2)とRemziら3)がほぼ同時期に世界で最初の報告を行い,Takemasaら4)が2010年に本邦初の報告をしている.日本内視鏡外科学会の行ったアンケート調査の結果では,大腸癌に対するTANKOの施行症例数は本邦への導入後2011年までは急速な増加を認めたが,その後は緩徐な増加となり2015年以降は減少傾向にある(図1)5).この理由としては手技の煩雑さや腫瘍学的安全性の確認がなされていないことがあげられており,今後本術式の普及のためには手技の定型化や臨床試験による安全性の確認が必要と考える.
本稿では,特に大腸癌に対するTANKOの現状,利点・欠点,将来に関して言及する.
II.結腸癌に対するTANKOの現状
これまでに結腸癌に対するTANKOと従来の腹腔鏡下手術を比較したランダム化比較試験(以下,RCT)が表1(1~4)に示したように四つ報告されている1)
6)
~
8).その中ではWatanabeらのグループによる200例の結腸癌患者で行ったRCT1)が最大規模であり,その他のものは癌患者の症例が32例,36例,42例と比較的少ない試験である.右側の症例と左側の症例が表1のごとくそれぞれに含まれており,T3以浅,腫瘍径が5㎝未満,BMI35未満,腹部手術既往のない症例が適格症例とされ,腹膜炎の既往,ASAスコア4,緊急手術症例は除外症例とされた.
それぞれの試験では表1に示した通りで多くの項目に関しての検討が行われたが,概して周術期の成績や短期成績に差異は認めなかった.TANKOと従来法の両群間で平均リンパ節摘出個数に差はなく,術死や合併症率にも差はなかったが,一つの試験ではTANKOで術後疼痛の軽減と術後在院日数の短縮を認めている.また,Maggioriら6)の試験では術後6カ月後のアンケート調査でTANKO群患者における整容性に関する満足度の向上が認められた.
これらのRCTには,癌の手術としての安全性に関しての長期成績の検討はなく,摘出リンパ節個数や摘出標本での腫瘍から切除断端までの距離の検討が行われており,これらに関してはTANKOと従来法の同等性が示されている.TANKOの腫瘍学的長期成績に関する報告としては,後方視的ではあるが本邦のMiyoら9)の研究がある.この研究はPropensity score matchingを使用しTANKOと従来法の長期予後の比較検討したものであるが,TANKOの周術期成績のみならず長期成績の従来法に対する非劣性が示されている.今後本術式が腫瘍学的に安全な手技として普及していくためにも,前述のWatanabeらによる200例でのRCTの長期成績の結果が期待される.
III.直腸癌に対するTANKO(+1)の現状
近年,腹腔鏡下直腸癌手術の開腹手術との同等性を示したRCTが報告されてきている.しかしながら,TANKOでの直腸癌手術手技の複雑性と手技習得の困難性などから直腸手術にTANKOを適応している外科医は少ないのが現状である.
直腸癌に対するTANKOと従来法を比較したRCTは表1の5に示したBulutらの報告があるに過ぎない10).このRCTはTANKO 20例と従来法20例を比較した症例数40例の比較的小さな研究であるが,TANKO群で総切開創長が有意に短く,術後4日間の術後疼痛が有意に軽度であったと報告している.その他手術時間,出血量,合併症,術死等の周術期成績および腫瘍学的な短期成績に関しては,TANKOと従来法の間には有意な差異は認めなかった.その他には後方視的な検討を行った比較研究がいくつか報告されている.これらの研究での周術期成績および短期的な腫瘍学的成績は前述のRCTとほぼ同様であったが,その中にはTANKOの方が従来法と比較して,手術時間が短く,術後の回復が早く早期退院可能との報告もみられた.
直腸癌に対するTANKOでは,直腸の切離に際して臍部からのアプローチでは直腸を垂直に切離するのが困難であるため,直腸S状部を除く直腸癌に対してのTANKOの報告はかなり少ない.本邦においては直腸癌に対する根治手術終了時にインフォメーションドレーンを留置する施設が多いが,当科でも直腸癌に対する腹腔鏡下手術時にはドレーンを挿入しており,そのためのドレーン挿入予定部の右下腹部に手術開始時より1ポートを追加するReduced port surgeryとしてTANKO+1で直腸癌手術を行っている.TANKO+1では右下腹部のポートより自動縫合器が挿入できるため,直腸の切離が従来法と同様に容易に行える点からも有用な術式と考えている.比較研究の報告のうち約半数の研究では自験例同様1ポート追加したTANKO+1で手技が施行されている.直腸では腸管切除部位が肛門側に近づくにつれてTANKOでは手技が煩雑で施行困難となるため,現状ではドレーン孔や一時的人工肛門などの予定部位に1ポートを追加するTANKO+1を選択するのが妥当と思われる.
IV.大腸癌に対するTANKOの利点・欠点
TANKOの利点としては,第1に整容性に優れていることがあげられる.前述のMaggiori ら6)の行った従来法とのRCTの結果では,術後6カ月経過した時点で傷の満足度が有意に高いという結果であった.また,臍部の小切開創以外にポートを挿入しないため,切開創に関連した合併症(創感染,ヘルニアなど)の減少や創部痛の軽減が期待できると考えている.
利点としての二つ目は,助手を必要としない術式であることがあげられる.TANKOは一般的に術者とカメラ助手の二人で手技を完遂するため,不慣れな助手による不用意な組織損傷や助手の能力の差による手術精度のばらつきが減り,手術時間の短縮や手術の安定化が期待できる.また助手の手助けのない術者が一人で完遂する手技として定型化を行うことで,安全かつ普遍的な手技が可能となると考えている.
厚生労働省の平成26年(2014年)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況をみると,診療科別医療施設従事医師数の年次推移で一般外科医は,1996~2014年の期間で38.4%減少していることが示された(図2).これは日本の多くの病院では今まで三人いた一般外科医が二人になることを示している.従来法では三人で行っていた手技がTANKOであれば二人で施行できるということは,この一般外科医の減少という社会問題に対しては,極めて大きなメリットがあると考える.
また,本術式の手技は特性上,術者の左手の鉗子のみで術野展開を行うため,本術式に慣れることにより術者としての左手の動きが向上することが期待される.現在急速に普及しつつあるTrans -anal total mesorectal excision(以下,TaTME)では,肛門にTANKOと同様にMulti-channel deviceを挿入し,デバイスからカメラ,鉗子2本を挿入して手技を行うことから,鉗子操作等がTANKOと似ている点が多い.そのためTaTMEの習得に際してTANKOは有用なトレーニングとなる可能性があることも本術式を行う利点の一つと考えている.
教育に関しては否定的な意見をよく耳にするが,実際には教育に関する利点も多いと考えている.本術式ではカメラを操作している指導医と指導を受ける術者が基本的に横並びで手術を行うため,術者とカメラ助手(指導医)が同一のモニターを見ながら手術を行う.そのため術野を維持したまま役割を交代して指導することも容易に可能であり,牽引の力や角度まで詳細に指導することができる.現在,若手医師の教育に多く使用されている従来法は,指導医により術野の展開が実際に行われるため,手術時の安全性は担保されると思われるが,指導医は術者の反対側に立つことが多く,ミラーイメージの状況で指導を行う必要があることから,術野を維持しつつ役割を変えて指導をすることはかなり困難であると思われる.
TANKOの欠点としては,指導医が直接術者のアシストができないことや大きな展開を維持するなどの従来法の手技が使用できず,TANKOに特有の展開法を習得する必要があげられる.また,通常術者とカメラ助手の二人で手技を完遂するという特性上,出血時にポートを追加挿入して対応することが困難であることも欠点であると考えている.
V.大腸癌に対するTANKOの将来
TANKOの普及の妨げとなっていることの一つには手技の煩雑さや困難性があげられているが,手術用ロボットがこの問題点を解決する有用な手段となり得ると思われる.実際に2013年Morelliら11)が世界で1例目の単孔式ロボット右結腸切除術の報告を行っており,その後少数の報告例も散見されるようになってきている.しかしながら,単孔式ロボット大腸切除術が依然広範には普及してきていないことから,現状のロボットシステムでTANKOを行うにはまだハードルが高いものと思われる.今後ロボットの性能がさらに向上すれば,多くの外科医のTANKOに対する懸念が解消される可能性もあり,単孔式ロボット大腸切除術が日常的に施行される可能性もあると思われる.
また,スコープホルダーの使用によるスコープ助手も含めた助手を全く要しない完全なSolo surgeryとして,TANKOは将来的には医師不足の解消策の一つとして普及していく可能性もあると考えている.
VI.おわりに
大腸癌に対するTANKOの現状,利点・欠点,現状と今後の展望について記述した.これまでに報告されてきた研究では,TANKOは短期的には癌の手術としての安全性を担保した整容性の高い手術であることが示されてきている.
今後,更なる手技の定型化による煩雑性の解消,質の高いRCTによる癌手術としての長期安全性の確認,そしてロボットの性能向上により,再度脚光を浴びる可能性があると思われる.
利益相反:なし
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