日外会誌. 121(3): 285-286, 2020
若手外科医の声
米国にて夫婦で医師として働くこと
ニューヨーク大学医学部 心臓胸部外科 久本 和弘 [平成17(2005)年卒] |
キーワード
夫婦共働き
I.はじめに
九州大学循環器外科の塩瀬明教授よりご指名を頂き,このような場で自分の経験を発信できることとなりました.近年,日本では「働き方改革」によって長時間労働などの問題は徐々に改善傾向にあると思いますが,夫婦共働きで子供を育てながら生活していくことは古今東西を問わず非常に難しいことです.特に医師であると,過酷を極めます.私共がどのように悪戦苦闘しているかを知っていただくことで医師夫婦共働きの現実をお伝えできればと思います.
II.米国で夫婦で研修医として働く
私は2005年に慶應義塾大学医学部を卒業し,亀田総合病院での2年間の初期研修後に,そのまま継続して4年間一般外科および心臓血管外科を研修させていただきました.研修医2年目に結婚し,妻は同じ研修病院の1年目研修医でした.2011年9月に渡米し,妻はミシガン小児病院の小児神経科フェロー,私は心臓外科のVisitingフェローという立場でミシガン州デトロイトのBeaumont病院にて研修を開始しました.渡米翌年の6月に双子の子供を授かりました.最初に双子と産婦人科医から聞かされたときは,喜びと同時に今後のトレーニングをどうするかと二人で悩んだのを記憶しております.お互いの両親を日本から米国へ呼んだり,近くの保育所を使用してどうにか最初の数カ月を切り抜けました.米国では特に都市部で保育所のような施設が充実しており,非常に助かりました.近所にたまたま住んでいた日本人リサーチャーの方々にもかなり助けてもらいました.私が引き続き臨床トレーニングを行うため地理的に近いミシガン大学へ面接に行ったものの上手くいかず,フィラデルフィアのテンプル大学にてフェローシップを翌年から開始することとなりました.妻もフィラデルフィアの病院へレジデンシーの応募をしたもののマッチせず,ニューヨークの病院にマッチしました.その時は日本に帰国するか米国で頑張るか,夜遅くまで議論したのを思い出します.ニューヨークからフィラデルフィアは車で高速道路を使って約1時間半から2時間の距離であり,住み込みの家政婦をニューヨークの自宅に雇うということで米国で続けて研修する道を選びました.その時期はお互い本当に忙しく,週末の限られた時間でニューヨークとフィラデルフィアを行き来するという生活でした.週末に会う子供たちが非常に可愛いので,日曜の夜にフィラデルフィアに帰るときは後ろ髪を引かれる思いでした.テンプル大学でのトレーニングは非常に濃密で,日本では多く経験できない移植や人工心臓の植え込みの経験を多くさせてもらいました.テンプルでのトレーニングが1年終わったところでニューヨークで続けてトレーニングをできないか探したところ,コロンビア大学とニューヨーク大学(NYU)でフェローを募集していることを知り,応募しました.幸運にもNYUでのフェローとして,2014年夏より一家そろって生活できるようになりました.お互いオンコールの時は家政婦を雇ったりするのですが,ニューヨークの物価は非常に高く,家政婦代と家賃でほぼお互いの稼ぎの全てが無くなりました.2018年より私がNYUの心臓外科部門で,妻がState University of New York Downstate校の小児神経科部門で同時に正規ファカルティとして採用され,現在に至っております.金銭的に楽になりましたが,今でも子供の送り迎えや食事などを協力し合ったり,時々家政婦を雇ってカバーしてもらうことが必要です.1番困るのが,私が緊急手術や移植などで呼ばれ,妻がオンコールで病院に呼ばれた時です.こういう予想できない事態の時のために,数人のお手伝いさんのプールを作っておき,全員に連絡して可能な人に助けてもらうようにしています.それでも無理な場合,私か妻が子供たちを病院まで連れていき,院内のオフィスで子供たちを同僚か知り合いに見てもらいながら仕事に対応することもあります.子供たちだけ家において仕事に行くというのは州の法律で禁止されています.日本であれば家族や親類の助けが得られるかと思いますが,海外であるとそれができないため,不測の事態への対応が非常に難しいなと感じます.現在は当直などはないですし,勤務時間や休暇などアテンディングになると優遇されていますので,フェロー時代よりもかなり楽になったと思います.ニューヨークではPre-Kと呼ばれる4歳児が入学できる日本の保育園または幼稚園のような施設が無料です.また学校の後に夕方6時まで毎日預けられるAfter Schoolというシステムも充実しており,共働きには良い環境にあると思います.他の州や日本のシステムをよく知らないのですが,ニューヨーク市は特に共働きの夫婦が多い地域であるのでこのような世帯への援助が充実しているのではないでしょうか.
III.おわりに
通常,留学などで海外に行く際は,夫婦のどちらかがキャリアを一旦休止して相方の留学を支えるというケースが多いのではないでしょうか.夫婦で海外で研修しながら双子の子供を育て,同時にお互いのキャリアをどちらもあきらめずに突き進んでいく.これは非常に難しく険しい道のりで,時に断念しそうになることもあります.使用可能なリソースをすべて使い,可能な限り夫婦が家事を協力し合っていくことで一つ一つ解決していくしかないでしょう.もし若手外科医の方で夫婦で海外で頑張っていこうと考えている方がいらっしゃいましたらいつでもご連絡ください.少しでも力になれれば幸いです.海外に関わらず,日本国内でも共働きで子供を育てながら頑張ってらっしゃる方々,共に頑張っていきましょう.
利益相反:なし
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