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日外会誌. 121(2): 271-273, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(中国・四国地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 4.胃癌診療ガイドライン

島根大学医学部附属病院 消化器・総合外科

平原 典幸

(2019年9月20日受付)



キーワード
進行胃癌, アプローチ, 網嚢, 脾臓

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I.はじめに
胃癌治療ガイドラインは2018年1月に改訂され第5版が公開された.本ガイドラインは従来通りの読みやすい教科書形式を極力踏襲しながらもMinds(Medical Information Network Distribution Service)推奨の標準的なガイドライン作成方法を尊重して一定の外形基準を満たすよう設計されている.また,エビデンスレベルや推奨度の強弱を明記し,Clinical Question(CQ)を増やし解説している.本セミナーでは進行胃癌に対する治療戦略について手術を中心に解説する.

II.開腹手術 vs. 腹腔鏡手術
cStageⅠA胃癌(T1N0)またはⅠB(T1N1,T2N0)に対する腹腔鏡下幽門側胃切除術の安全性を検証する第Ⅱ相試験(JCOG0703)が行われた1).その結果,176例が登録され縫合不全および膵液瘻の発生は3例(1.7%),治療関連死亡0例,グレード3~4(CTCAE v 3.0)の有害事象の発生は9例(5.1%),5年生存率,無再発生存率ともに98.2%と良好な成績であった.以上の結果をうけて胃癌治療ガイドライン第4版にてcStageⅠに対する腹腔鏡下幽門側胃切除術は日常診療の選択肢としての位置付けとなった.
引き続きJCOG0703と対象を同じくして開腹手術と腹腔鏡手術の長期成績における非劣性を検証するランダム化第Ⅲ相試験(JCOG0912)が行われ,安全性と短期予後の解析結果が2015年のASCOにて報告された2).その結果921例が登録され,両プロトコール手術例でグレード3~4の術中有害事象の発生や手術関連死亡は認めず,グレード2~4の膵液瘻は1.4%(グレード3~4は0.4%),縫合不全は0.5%(グレード3~4は0.2%)と良好な成績であった.
進行胃癌に対しては本邦の腹腔鏡手術の研究グループ36施設によりMP~SE,N0~N2(胃癌取扱い規約第13版)胃癌を対象にD2リンパ節郭清の安全性を第Ⅱ/Ⅲ相試験で検証を行っている(JLSSG0901)3).安全性を検証するⅡ相部分にて腹腔鏡群(86例)において縫合不全または膵液瘻の発生は4例(縫合不全1例,膵液瘻3例),グレード3~4(CTCAE v 4.0)の有害事象の発生は5例(5.8%)に認めたのみで,手術関連死亡も0例と安全性が証明された.
現在,5年無再発生存期間を検証する第Ⅲ相の予定症例数500例の登録は終了し,追跡調査中であり,結果が待たれるところである.
以上,現時点ではcStageⅡ以上の胃癌に対して腹腔鏡手術を推奨する根拠は乏しいといえる.

III.網嚢切除 vs. 網嚢非切除
肉眼的深達度SS/SEの切除可能胃癌に対して網嚢切除を追加することの優越性を多施設共同第Ⅲ相試験により検証した(JCOG1001)4).主要評価項目である全生存率は網嚢非切除群76.7%(95%CI 72.0~80.6),網嚢切除群76.9%(95%CI 72.6~80.7),ハザード比1.05(95%CI 0.81~1.37),p=0.65であった.Grade 3~4の合併症の発生率は網嚢切除群11.6%,網嚢非切除群13.3%,膵液瘻の発生率は各々2.5%,4.8%であり網嚢切除群のほうが有意に高かった(p=0.032).同様に手術時間は各々254分,222分と有意に網嚢切除群で延長しており(p<0.0001),出血量も330ml,230mlと有意に網嚢切除群で増加していた(p<0.0001).この結果にて網嚢切除の意義は否定された.
現在,大網切除の意義について多施設共同第Ⅲ相試験(JCOG1711)にて検証中である.

IV.脾臓摘出 vs. 脾臓温存
腫瘍がU領域に位置し,腫瘍が大彎に浸潤していない進行胃癌に対する胃全摘術において,脾門部リンパ節郭清のための標準術式である脾摘に対する脾温存の非劣性を検証した(JCOG0110)5).その結果,脾摘群と脾温存群の出血量は各々390.5ml,315ml(p=0.025),全合併症30.3%,16.7%(p=0.0004),膵液瘻12.6%,2.4%(p<0.0001)であった.5年生存率は脾摘群75.1%,脾温存群76.4%,ハザード比0.88(95%CI 0.67~1.16)であり脾温存の非劣性が証明された.本試験により大彎に浸潤していない上部進行胃癌に対する胃全摘術において,脾摘は脾温存に比べて術後合併症の頻度を増加させるが,生存期間の改善には寄与しないことが明らかとなった.
なお,大彎に浸潤する胃癌ではNo.10リンパ節への転移頻度は高い傾向にあり,郭清効果もある程度期待できるが,これに関する比較試験はなく脾摘の意義は不明である.現在,大彎に浸潤する胃上部進行胃癌に対する腹腔鏡下脾温存脾門郭清の安全性に関する第Ⅱ相試験が進行中である(JCOG1809).

V.主な改訂点
1.「胃癌取扱い規約 第15版」および「TNM分類 第8版」とStage分類などを連動させた.
2.日常臨床における治療アルゴリズムを改訂し,CQと連結した.
3.胃全摘術のD2郭清の定義からNo.10リンパ節を削除したため同リンパ節郭清を伴ったD2リンパ節郭清は「D2+No.10」と記載することが規定された.
4.内視鏡的切除の適応病変を変更した.
5.内視鏡的治療の根治性について「非治癒切除」などの評価をやめ,新たに「内視鏡的根治度eCura」を定義した.
6.化学療法のレジメンを「推奨されるレジメン」と「条件付きで推奨されるレジメン」に大別し,「推奨されるレジメン」にはエビデンスレベルを併記した.
7.第4版では7個のCQを掲載したが第5版では26個のCQを掲載した.

VI.おわりに
胃癌患者の高齢化,ロボット手術の保険収載,分子標的剤の急速な開発により,今後のガイドラインは短い間隔もしくは速報という形でアップデートしていく必要がある.また,今後増加してくるであろう食道胃接合癌に対するガイドラインについても日本胃癌学会と日本食道学会合同で何らかの見解が得られることが期待される.

 
利益相反:なし

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文献
1) Katai H, Sasako M, Fukuda H, et al.: Safety and feasibility of laparoscopy-assisted distal gastrectomy with suprapancreatic nodal dissection for clinical stage I gastric cancer:a multicenter phase II trial (JCOG 0703). Gastric Cancer, 13: 238-244, 2010.
2) Katai H, Mizusawa J, Katayama H, et al.: Short-term surgical outcomes from a phase III study of laparoscopy-assisted versus open distal gastrectomy with nodal dissection for clinical stage IA/IB gastric cancer:Japan Clinical Oncology Group Study JCOG0912. Gastric Cancer, 20: 699-708, 2017.
3) Inaki N, Etoh T, Ohyama T, et al.: A Multi-institutional, Prospective, Phase II Feasibility Study of Laparoscopy-Assisted Distal Gastrectomy with D2 Lymph Node Dissection for Locally Advanced Gastric Cancer (JLSSG0901). World J Surg, 39: 2734-2741, 2015.
4) Kurokawa Y, Doko Y, Mizusawa J, et al.: Bursectomy versus omentectomy alone for resectable gastric cancer (JCOG1001):a phase 3, open-label, randomised controlled trial. Lancet Gastroenterol Hepatol, 3: 460-468, 2018.
5) Sano T, Sasako M, Mizusawa J, et al.: Randomized Controlled Trial to Evaluate Splenectomy in Total Gastrectomy for Proximal Gastric Carcinoma. Ann Surg, 265: 277-283, 2017.

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