日外会誌. 121(2): 266-268, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(中国・四国地区)
各分野のガイドラインを紐解く
2.肺癌診療ガイドライン
国立病院機構四国がんセンター 呼吸器外科 上野 剛 (2019年9月20日受付) |
キーワード
Treatment guideline, Lung cancer, Sublobar resection, VATS, Mesothelioma
I.はじめに
肺癌診療ガイドラインは,日本肺癌学会より発刊されている.肺癌以外にも悪性胸膜中皮腫と胸腺腫が含まれる.ガイドライン委員会は,八つの小委員会で構成され,肺癌の外科治療は外科療法小委員会が担当している.外科治療を含んだ集学的治療については,薬物療法小委員会と放射線治療小委員会の合同で検討している.今回,「肺癌診療ガイドライン」を紐解くというテーマの中,外科医に関わる項目を取り上げ,解説する.
II.GRADEに基づく新推奨度
2018年度版より推奨度として,診療ガイドラインの世界標準であるGRADEシステムを取り入れた.表記は数字(1か2)+英語(AからD)の組み合わせからなる.まず,決定されるのは数字の末尾についている英語表記で,エビデンスの強さを示す.文献毎ではなくClinical questionに対するエビデンス総体に対して評価を行う.次に,前方の推奨度が決定され,「行う・行わない」という二つの方向性と「推奨する(=1)・提案する(=2)」という二つの強さで示す.エビデンスの強さをもとに益と害を議論し,最も賛同を得た推奨度を記載している.
III.縮小手術(区域切除・楔状切除)について
縮小手術の大規模な研究として567例の腫瘍径2cm以下のⅠ期非小細胞肺癌(NSCLC)に対して,肺葉切除と縮小切除(主に区域切除)を比較し,局所再発率は6.9%と4.9%,5年生存割合は89.6%と89.1%とほぼ同等の成績であった1).また,胸部CT上ですりガラス影を呈する肺癌を対象に,腫瘍径2cm以下,充実径/腫瘍径(C/T)比が0.25以下であれば,非浸潤癌(特異度98.7%)であることが報告された2).この群を対象に,縮小手術(楔状切除)を適応とした333例の研究では,5年無再発生存率は99.7%と良好な結果であった3).現在,「臨床病期ⅠA期で最大腫瘍径2cm以下のNSCLCに対する縮小手術は行うことを提案する(2C).」である.今後,画像上浸潤性肺癌(腫瘍径≦2cm,C/T比>0.25)を対象に,肺葉切除に対する区域切除の非劣性検証したJCOG0802/WJOG4506Lの最終結果が,2020年に報告の予定である.結果によっては,区域切除が末梢型小型肺癌の標準治療になりうる可能性もあり,世界から注目を集めている.
IV.胸腔鏡手術(VATS)の適応
2016年の日本胸部外科学会年次調査結果では,肺癌に対する肺葉切除の64.3%がVATSで行われた.VATSと開胸手術のランダム化比較試験(RCT)は二つあり,一つは臨床病期Ⅰ期NSCLCを比較し,手術時間,出血量,ドレーン留置期間,在院日数,術後疼痛は両群間で有意差はなかった.他方は臨床病期ⅠA期NSCLCを比較し,郭清リンパ節個数,リンパ節転移頻度,5年全生存率は有意差を認めなかった.この二つのRCTを含んだメタアナリシスでは,VATSと開胸手術では,肺瘻の遷延,不整脈,肺炎,手術死亡の頻度に有意な差はなく,VATSの方が5年生存率は良好であった4).術後疼痛とQOLについては,RCTでVATSは開胸手術と比較して術後疼痛が少なく,QOLも良いことが示された5).「臨床病期Ⅰ期非小細胞肺癌に対して,胸腔鏡下肺葉切除を行うように提案する.(2B)」である.
V.Ⅰ期NSCLCに対する定位放射線照射(SBRT)
Ⅰ期NSCLCに対する照射法として,高精度放射線照射であるSBRTと通常分割照射のRCTが施行され,SBRTの方が,局所制御率が高い傾向で,有意に肺臓炎が少なかった6).「線量の集中性を高める高精度放射線照射技術を用いることが勧められる.(1B)」である.SBRTと肺葉切除との比較では,二つの非完遂のRCTを集積し,生存率はSBRTが良好といった報告がある7).一方で,傾向スコアを用いて比較したところ,肺葉切除の方が良好であるといった報告もあり8),一定の見解が得られていない.「手術を希望しない場合は,行うよう推奨する.(1C)」と「肺葉以上の切除が不可能なⅠ-Ⅱ期NSCLC患者には,行うことを提案する.(2C)」である.
VI.悪性胸膜中皮腫の手術適応と術式
2018年度版より組織型による外科治療の適応が記載された.1,183人のデータベースの検討で,外科治療を受けた上皮型,二相型,肉腫型患者の生存期間中央値は,19カ月,12カ月,4カ月と肉腫型が有意に予後不良であった(P<0.01)9).「肉腫型中皮腫に外科治療を行わないように提案する.(2D)」となった.
また,術式として胸膜肺全摘術(EPP)と胸膜切除/胸膜剝皮(P/D)を比較したシステマティックレビューでは,手術死亡率(6.8% vs 2.9%,P=0.02),有害事象発生率(62.0% vs 27.9%,P<0.0001)は,P/Dが有意に良好であった10).別のメタアナリシスでは,術後短期死亡率がEPPで有意に高いが(4.4% vs 1.7%,P<0.05)長期予後は同等との報告であった11).後ろ向きの解析報告しかないため,「いずれの術式を勧めるかの根拠がない.」である.
VII.おわりに
外科領域においては,エビデンスの構築が難しい分野も少なくない.エビデンスレベルと推奨度の関係性が独立したGRADE表記への移行は,実臨床により近いものになったと考える.
執筆にあたり御協力頂いた外科療法小委員会の先生方(伊達洋至,鈴木健司,大出泰久,奥村典仁,園部 誠,竹尾貞徳,中村廣繁,藤野昇三,宗 知子)には,この場を借りて御礼申し上げます.
利益相反:なし
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