[書誌情報] [全文HTML] [全文PDF] (586KB) [全文PDFのみ会員限定]

日外会誌. 121(2): 264-265, 2020

項目選択

生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(中国・四国地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 1.乳癌診療ガイドライン

岡山大学病院 乳腺・内分泌外科

枝園 忠彦 , 土井原 博義

(2019年9月20日受付)



キーワード
breast cancer, surgery, adjuvant systemic therapy

<< 前の論文へ次の論文へ >>

I.はじめに
乳癌診療は,薬物療法の進歩による個別化・多様化そして手術の低侵襲化により「予後改善」のみでなく「整容性」や「Quality of Life(QOL)を考慮した患者の意向(patient preference)」も含めた治療戦略が求められるようになった.そのためには,医師・患者双方が治療のメリット・デメリットの情報を共有し意思決定を行っていくShared decision making(SDM)が不可欠である.2018年に乳癌診療ガイドラインはMindsに従いSDMを意識した内容に改訂された.大きな変更点として,従来の臨床的疑問(Clinical question, CQ)を,すでにエビデンスが出そろっているBQ(バックグランドクエスチョン),現在エビデンスが発表され始めているものをCQ.そして,データが不足しているが,今後の重要な課題と考えられるものをFQ(フューチャーリサーチクエスチョン)に分けて検討した.また,CQに関しては定量的あるいは定性的システマティック・レビューを行い,推奨決定会議の投票を経て,推奨および推奨の強さを決定し,その内容について,推奨決定会議の議論のポイント等も踏まえて解説している.
今回はCQとして取り上げられた外科および術後補助療法疑問のうち,2015年度版と推奨に変化があったものをいくつか取り上げて解説する.

II.外科療法1)
Ⅱ-1 腋窩リンパ節へのアプローチ
従来乳癌は所属リンパ節である腋窩リンパ節への転移が懸念されるため,系統的な郭清が行われていた.しかしセンチネルリンパ節生検(SNB)の安全性のエビデンスが集積されたことから,臨床的なリンパ節転移がない症例に対してはSNBを行い転移がなければ郭清は省略可能,転移が確認された場合は従来通りの郭清を行うこととされていた.今回の改訂では,SNBで転移陽性の患者に対して郭清省略の安全性を検討した前向き試験のメタアナリシスが行われた.結果,全生存率に差がなくリンパ浮腫等の術後合併症は増加することから乳房部分切除術の場合,「症例がT1/T2,cN0であること,リンパ節転移数は2個まで,適切な術後放射線および薬物療法を行うこと」を前提に「SNBで転移を認めても腋窩リンパ節郭清は省略する」ことが推奨された(推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:中,合意率:83%(10/12)).乳房切除症例では術後放射線治療が行われない場合は,郭清省略は推奨されない.
Ⅱ-2 非浸潤性乳管癌(Ductal carcinoma in situ, DCIS)に対する手術
DCISは間質への浸潤がない上皮内癌(Tis)である.ただ,乳腺の構造上,DCISであっても腫瘍の進展は乳管に沿って広範囲であることは珍しくない.そのため,治療として浸潤癌同様に,乳房切除または乳房部分切除では術後放射線療法が推奨される.近年,DCISの中でも低悪性度のものに対して,手術を行わず経過を見ることの安全性を検討する前向き試験が日本も含め世界で開始されている.そういった背景から今回初めて「DCISに対する非切除は勧められるか?」というCQが加わった.現時点では非切除は推奨されないが,今後のデータの集積により変わってくる可能性がある.
Ⅱ-3 リンパ節転移を伴う乳癌患者に対する乳房再建
乳房再建術は乳房の整容性を維持・回復するための手術である.特に乳房切除と同時に行う一次再建は乳房の喪失感を味わうことなく1回の手術ですむことから,再建を希望する患者への恩恵は大きい.しかし,再建後長期の安全性を示すデータがなく術後補助薬物療法や放射線療法の妨げになる可能性があることから,臨床的にはリンパ節転移のない比較的早期の患者に限って行われることが多かった.今回のガイドラインでは,前向き試験のデータはないもののこれまでの国内外の報告から,術後放射線治療を行う可能性のあることや再建手術による合併症(漿液腫や感染)について十分に説明を行い,理解を得たうえでリンパ節転移を持つ患者に対しても再建希望がある場合,一次再建を推奨するとした(推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:弱,合意率92%(11/12)).

III.術後補助療法1)
Ⅲ-1 術後ホルモン療法
従来閉経前の術後ホルモン療法は5年間の抗エストロゲン剤の投与が標準であった.しかし,近年非常に若年で発症するものや,予後の悪い乳癌では術後ホルモン療法の強度を上げる流れがみられる.具体的に今回のガイドラインでは前向きデータの結果のメタアナリシスから再発リスクの高い閉経前ER陽性乳癌患者に対して「LH-RH agonistと抗エストロゲン剤の併用療法」(推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:強,合意率:100%(12/12))および「LH-RH agonistとアロマターゼ阻害剤の併用療法」(推奨の強さ:2,エビデンスの強さ:強,合意率:92%(11/12))もそれぞれ推奨された.また同様の再発リスクの高い患者に対して抗エストロゲン剤の投与期間は従来の5年から「10年」を強く推奨(推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:中,合意率:92%(11/12))に変わった.
Ⅲ-2 術後化学療法
従来術後補助化学療法はアンスラサイクリンとタキサン系薬剤の順次投与が標準であり,これは現在も変わらない.しかし,再発リスクの高い患者でホルモン剤や分子標的治療剤の効果が見込めない場合さらに強い治療が望まれる.これまでも同様の薬剤の投与間隔を短縮するdose-dense療法の効果が高いことは示されていた.今回,さらにそのデータが十分に揃ったこと,そして本邦において持続型G-CSF製剤が保険収載され,使用可能となったことから再発リスクが高くかつ十分な骨髄機能を有する症例には,「原発乳癌術後化学療法としてG-CSF併用のdose-dense化学療法を行うこと」が強く推奨された(推奨の強さ:1,エビデンスの強さ:強,合意率:92%(11/12)).

IV.おわりに
乳癌診療ガイドライン2015年版から2018年版への改訂のポイントを,主だったCQを挙げて簡潔に示した.

 
利益相反:なし

このページのトップへ戻る


文献
1) 日本乳癌学会編:乳癌診療ガイドライン 1.治療編 2018年版.第4版,金原出版,東京,2018.

このページのトップへ戻る


PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。