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日外会誌. 121(2): 258-260, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(東北地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 5.心臓血管外科領域のガイドラインを紐解く

山形大学医学部 外科学第二講座

内田 徹郎

(2019年9月14日受付)



キーワード
心臓血管外科手術, ガイドライン, ハートチーム

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I.はじめに
現代の心臓血管外科診療は日進月歩の進歩を遂げているため,最新の臨床研究に基づいた客観性を有する治療を求められる.診療ガイドラインは,臨床的エビデンスのシステマティックレビューおよび複数の治療選択肢の利点と欠点の評価に立脚した患者ケアを最適化するための推奨を含む.ガイドラインは診療を縛るものではないが,外科医と患者が最適な治療方針を考えるツールとしての活用が望まれる.ハイリスクな治療内容を含む心臓血管外科の特殊性ゆえ時代とともに変化する推奨を確実にアップデートしてゆくことは極めて重要である.

II.心臓血管外科診療の代表的ガイドライン
日本では日本循環器学会を中心とした合同研究班による「循環器病の診断と治療に関するガイドライン」,米国ではAmerican Heart Association(AHA)とAmerican College of Cardiology(ACC)によるAHA/ACCガイドライン,欧州ではEuropean Society of Cardiology(ESC)とEuropean Association for Cardio-Thoracic Surgery(EACTS)が中心となったESCガイドラインがある.わが国の外科医は主にこれらのガイドラインを参考にしていると考えられる.膨大なガイドライン内容を本稿で網羅することは困難なため,各項目の推奨クラスとエビデンスレベル表示は省略する.心臓血管外科疾患のガイドライン各論と最近のトピックスを呈示する.

III.心臓血管外科診療ガイドライン各論
(1)虚血性心疾患
冠動脈多枝病変,左主幹部病変,高いSYNTAXスコアの重症例および糖尿病など全身性の合併疾患を有する場合,冠動脈バイパス術(CABG)がカテーテルインターベンション(PCI)よりも推奨される.各治療手段による完全血行再建の可否が,治療選択の大きな判断材料である.日本の2018年改訂版では,治療方針決定におけるハートチームの役割が強調され,わが国で発展したオフポンプCABG文化を背景に,PCIの適応は以前よりも限定的になり,CABGの重要性はさらに大きくなった.日本と欧州では,CABG手術手技,グラフト採取法と適応冠動脈病変に関する詳細な推奨クラス設定が行われている.両側内胸動脈(ITA)の使用,ITAと右胃大網動脈のskeletonization採取,no-touch 大伏在静脈採取などグラフト選択と治療戦略に関する様々な方針が示されているが,日本のクラスⅠとしての推奨は左ITA-左前下行枝吻合のみである.
(2)大動脈疾患
胸部,腹部を問わず大動脈の治療にパラダイムシフトをもたらしたステントグラフト内挿術(胸部:TEVAR,腹部:EVAR)は,大動脈瘤のみならず大動脈解離の急性期治療まで適応が拡大した.各ガイドラインでは治療適応を判断する大動脈瘤径が胸部と腹部に分けて詳細に収載され,欧州では胸部・胸腹部大動脈瘤の存在部位に応じたTEVARか開胸手術かの推奨が記載される.合併症のないスタンフォードB型解離に対して,将来の解離性大動脈瘤化を予防する目的のTEVARの推奨クラスが高まった.
(3)大動脈弁疾患
ハイリスクゆえ開胸手術が困難であった症例に経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)は大きな福音となった.米国ではTAVRの適応が,開胸手術の高度リスク症例から中等度リスク症例へと拡大した.適応決定から実際の手術まで,多職種間の連携によるハートチームの重要性が各ガイドラインで明記されている.
(4)僧帽弁疾患
僧帽弁閉鎖不全症(MR)に対する外科治療は,弁置換術(MVR)と弁形成術(MVP)が明確に区別されてガイドラインに収載されている.とくに無症状のMRでは,MVPが可能であれば早期の手術介入を,さらに実際の手術の際は高いMVP完遂率,低い手術死亡率の施設が推奨される.米国では後尖の単純病変にMVPを試みることなく,MVRを施行することは,クラスⅢとして「有害である」と記載される.各ガイドラインにおいて,MVPはMVRと明確に差別化した治療手段として収載され,施設および外科医の経験値まで言及した推奨クラス設定となっている.
(5)人工弁の選択
生体弁は構造的劣化に起因する再手術の可能性がある.一方,ワーファリン内服が不可欠な機械弁は,抗凝固療法に関連した出血や血栓塞栓症のリスクを考慮する必要がある.年齢,合併疾患,ライフスタイルおよび患者意見を総合的に考慮した上での人工弁選択が重要である.各ガイドラインともに生体弁の耐久性向上を背景として,若年層への生体弁を用いた弁置換術の推奨が拡大してきた.日本と欧州では生体弁は,大動脈弁65歳以上,僧帽弁70歳以上で推奨される.米国では,大動脈弁,僧帽弁に関わらず,生体弁は70歳以上,機械弁は50歳以下の推奨とされ,50~70歳は個々の患者に応じた選択の余地が幅広く示されているのが特徴的である.
(6)感染性心内膜炎
感染性心内膜炎(IE)は緊急外科的対応を要する疾患であり,的確な早期手術の適応判断が望まれる.各ガイドラインでは,コントロール困難な心不全,感染ならびに塞栓症の予防が早期手術の適応条件として推奨されている.中枢神経合併症が生じたときの早期IE手術の妥当性は以前から議論がある.最近では,脳梗塞を合併していても,昏睡や脳出血がなければ,IEに対する手術は可及的速やかに行うべきであると推奨されている.また脳出血や大きな脳梗塞を認める場合は,1カ月ほど手術を遅らせることが適切であると記載されている.脳神経専門医を加えたIEチームとしての治療方針決定が推奨される.
(7)心房細動手術
他の心臓手術施行時の心房細動(AF)に対するメイズ手術は,孤立性AFよりも高いクラスで推奨される.脳梗塞防止目的のAF手術時の左心耳閉鎖(切除)のみならず,他の心臓手術時のAF手術を伴わない左心耳閉鎖も推奨されている.
(8)心不全
急性期の心原性ショックに対する経皮的心肺補助などの機械的補助循環は,年齢,合併症,高次脳神経機能,社会的要因などを考慮した上での短期使用が推奨されている.植込型補助人工心臓は長期生存が見込める駆出率低下を伴う心不全(HFrEF)の症例への有効性が推奨される.日本では重症HFrEF患者が適切な治療に対して抵抗性を示す場合に心臓移植が推奨される.米国では難治性心不全ステージDが心臓移植の適応として推奨されているが,日本よりも推奨クラスは高く,治療手段としての普及度がガイドラインに影響していると考えられる.

IV.おわりに
最新のガイドラインをアップデートして学んでゆくことは,日々発信される膨大な診療関連情報と数多くの文献を間接的に学ぶことに他ならない.ガイドラインは推奨される診療の可視化と治療方針決定に際してのツールとして有用であり,さらなる積極的な活用が望まれる.

 
利益相反:なし

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