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日外会誌. 121(2): 256-257, 2020

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生涯教育セミナー記録

2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(東北地区)

各分野のガイドラインを紐解く
 4.呼吸器外科領域のガイドラインを紐解く

秋田大学医学部 胸部外科

今井 一博 , 南谷 佳弘

(2019年9月14日受付)



キーワード
lung cancer, lobectomy, limited surgical resection, segmentectomy

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I.はじめに
呼吸器外科領域の手術に関するガイドラインは,1995年に Lung Cancer Study Groupによって発表された「Randomized Trial of Lobectomy Versus Limited Resection for T1 N0 Non-Small Cell Lung Cancer」に基づき,それから約25年経った今も,標準手術は肺葉切除術である.しかしながら縮小手術に関して,本邦を中心としてRandomized Control Trial(RCT)ではないが多くの論文が報告され,積極的に区域切除術が行われはじめており,世界に先駆けて計画され進行中であるJCOG 0802の結果が待たれる.

II.肺癌手術の変遷
1933年 Evarts A. Graham(Washington University, USA)1)によって報告された肺扁平上皮癌に対する左肺全摘術が根治術の第1例目とされる.左上葉の扁平上皮癌,無気肺を併発した患者(48歳の産婦人科医師)に対し1933年4月5日,笑気と酸素による気管内麻酔によって手術を行った.この際,肺血管と気管支を個別に処理し,リンパ節郭清も行ったそうである.この患者は術後25年健在であり,死ぬまでタバコをやめなかったという逸話が残っている.
Grahamらはリンパ行性転移経路の考察から肺全摘術とともに肺門,縦隔リンパ節郭清を主張したが,1950年にChurchillら2)は171例の肺癌切除術に関して報告を行い,手術死亡率は肺全摘術では22.8%(患者数114例),肺葉切除術で14.1%(患者数57例)と述べており,当時は肺全摘術に代わって縮小手術であった肺葉切除術が,安全性に優れ,生存率でも遜色なく,肺葉切除術が標準術式となっていく過渡期でもあった.
そして,Lung Cancer Study Groupによって発表されたRCTに基づき,肺癌診療ガイドライン2018では,臨床病期Ⅰ~Ⅱ期非小細胞肺癌で外科切除可能な患者に対する術式は,肺葉以上の切除を行うよう推奨されている.

III.Randomized Trial of Lobectomy Versus Limited Resection for T1 N0 Non-Small Cell Lung Cancer(Ginsbergら3))論文の批判的吟味
この論文は腫瘍径3cm以下の臨床病期cT1N0患者を集積し,RCTにより肺葉切除群(125例)と肺区域切除または肺部分切除の縮小手術群(122例)に分けて検討している.大規模Ⅲ相臨床試験ではあるが,患者集積に関してはそもそも771人患者を集積したにもかかわらず495人が脱落している.その内訳は40%が良性腫瘍のため脱落,25%が腫瘍の位置が良くなく脱落,そして122人もの患者がT1N0ではなく脱落している.症例集積期間は1982~1988年と古く,レントゲン写真やComputed Tomography(CT)の精度を含め当時の画像診断では限界があったのではないかと推測される.そして,腫瘍径3cmまでと現在ではかなり大きめと思われるIA期全体を対象としていること,肺区域切除と肺部分切除を合わせて縮小手術群としていること,肺部分切除の割合が32.8%と比較的多いこと,部分切除であればリンパ節郭清が行われていないことなどが問題点として挙げられる.肺葉切除群において生存率が良好で,かつ局所再発率は縮小手術群において肺葉切除群の約3倍となるという結果をもって,肺葉切除群が標準手術であるだろうという結論であるが,生存率を詳しく吟味すると,無再発生存期間では統計学的に差がついている(p=0.016, one-tailed)が,全生存期間では有意な差は認めていない(p=0.088, one-tailed).論文中ではあまり記載がないが,肺葉切除群で6人の患者に縫合不全が起こっているが,縮小手術群では気管支トラブルが全く起こっていない点も見過ごせないと思われる.

IV.肺野末梢小型非小細胞肺癌に対する肺葉切除と縮小切除(区域切除)の第Ⅲ相試験(JCOG0802/WJCOG4607L)
世界に先駆けて計画された,臨床病期IA期の肺野末梢小型非小細胞肺癌(最大径2cm以下かつ,C/T比(胸部薄切CT上病変の最大径に対するconsolidationの最大径の比)>0.5)を対象として,試験治療である区域切除が,現在の国際的標準手術である肺葉切除に比べて全生存期間において非劣性であることをRCTにより検証する試験である.すでに周術期合併症に関しては学会報告がなされ,肺葉切除に比して肺区域切除では術中出血量が多く,術後ドレーン再挿入率が高いものの,術式忍容性に関しては問題がないことが述べられている.多施設共同試験ではあるが両群合わせて術死が1例も報告されていないことは日本で働く呼吸器外科医の水準の高さを示している.主要評価項目である全生存率の結果は2020年に報告される見通しであり,今後は2cm以下の小型肺癌に対しては区域切除が標準手術の選択肢の一つとなるだろう.

V.おわりに
呼吸器機能を温存する,真の縮小手術たる区域切除術はJCOG0802の結果を待って,標準手術となるだろう.しかしながら,他癌腫ではあるが,子宮頸癌臨床病期IA患者における大規模第Ⅲ相試験で,ロボット手術を含めたMinimum invasive surgery(MIA)vs. 開腹根治術の比較で,MIA群が疾患特異的生存期間,全生存期間が共に低かった4)という驚くべき結果も存在する.結果を待つ今は,世界一の安全性を誇るわれわれ日本の呼吸器外科医の術前画像診断力と術中判断力をもって,慎重に術式を決定すべきである.

 
利益相反:なし

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文献
1) Graham EA, Singer JJ: Landmark article Oct 28, 1933. Successful removal of an entire lung for carcinoma of the bronchus. JAMA, 251: 257-260, 1984.
2) Churchill ED, Sweet RH, Soutter L, et al.: The Surgical Management of Carcinoma of the Lung. J Thoracic Surg, 20: 349-365, 1950.
3) Ginsberg RJ, Rubinstein LV: Randomized trial of lobectomy versus limited resection for T1 N0 non-small cell lung cancer. Lung Cancer Study Group. Ann Thorac Surg, 60: 615-622 ; discussion 622-3, 1995.
4) Ramirez PT, Frumovitz M, Pareja R, et al.: Minimally Invasive versus Abdominal Radical Hysterectomy for Cervical Cancer. N Engl J Med, 379: 1895-1904, 2018.

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