日外会誌. 121(2): 230-232, 2020
生涯教育セミナー記録
2019年度 第27回日本外科学会生涯教育セミナー(中部地区)
各分野のガイドラインを紐解く
1.食道癌―食道癌診療ガイドラインに基づく外科治療のエビデンス―
愛知県がんセンター 消化器外科 安部 哲也 , 檜垣 栄治 , 細井 敬泰 , 安 炳九 , 長尾 拓哉 , 清水 泰博 (2019年4月7日受付) |
キーワード
Esophageal cancer, practice guideline, esophagectomy
I.はじめに
食道癌診療ガイドライン2017年版でも示されているように,食道癌の治療方針は臨床病期に基づいて決定される.食道癌の治療には集学的治療が必要であり,本稿ではその中心となる外科治療について,その根拠となったエビデンスや最新のエビデンスをもとに解説する.
II.胸部食道癌病期別外科治療のエビデンス
食道癌の病期分類には食道癌取扱い規約やTNM(UICC)分類があるが,本稿で採用しているStage分類は食道癌診療ガイドライン2017年版と同じく日本食道学会食道癌取扱い規約第11版に準拠した1).外科治療の対象となる病期は主にcStageⅠからcStageⅢまでであるが,各病期別外科治療についてエビデンスに基づき解説する.
1)cStage 0,Ⅰ
T1a-EP,LPMではリンパ節転移を起こす頻度はEPで0%,LPMで3%と極めて低いが,T1a-MMでは約10%のリンパ節転移のリスクがある2).したがってcStage 0では内視鏡的切除術(ER)が治療の中心となる.またT1a-MMではER後の病理検査で脈管侵襲が存在する場合はリンパ節再発のリスクが高く,追加治療(手術または化学放射線療法)を考慮する必要がある2).内視鏡的切除の対象とならないcStageⅠは現行の診療ガイドライン上ではまず耐術能を評価し,手術を行うことを推奨しているが,手術を行わない場合は化学放射線療法を行うことを推奨している.これはJCOG9708の結果で,CR率は87.5%であり,5年生存割合は75.5%と同時期に報告されていた手術療法の成績に匹敵する良好な結果であったことに基づいている3).2019年ASCO-GIでcStageⅠ食道扁平上皮癌に対する手術またはCRTを比較する第Ⅲ相試験JCOG0502の結果が報告され,食道切除の5年全生存割合(OS)は86.5%,化学放射線療法85.5%であり,5年無増悪生存期間(PFS)は手術群81.7%,CRT群71.6%であった.局所制御は手術の方が良好であるものの,OSには差がなく,この結果を受けて,次回の診療ガイドラインではcStageⅠ食道扁平上皮癌の治療に対し,食道温存療法としてのCRTがより強い推奨がなされる可能性がある.
2)cStageⅡ,Ⅲ
cStageⅡ/Ⅲの本邦における補助療法の治療戦略はJCOG9204によりcStageⅡ/Ⅲ食道扁平上皮癌根治切除後の術後補助化学療法の有用性を証明するも4),海外では術前補助療法が主流であったため,本邦でも補助化学療法を術前か術後のどちらが良いかを比較するランダム化比較試験JCOG9907が立案された.結果は5年PFSが術前44%,術後39%(HR 0.84,p=0.22)であったが,5年OSが術前55%,術後43%(HR 0.73,p=0.04)であったことより,現在術前化学療法後手術が本邦における標準治療となっている5).しかしJCOG9907のサブ解析ではcStageⅢに対する術前化学療法の恩恵はないため,術前治療の強化が課題となり,標準治療である術前CF療法に対して,Docetaxelを加えた術前DCF療法,さらに海外のみなし標準である術前化学放射線(CF+RT)療法を比較する第Ⅲ相臨床試験JCOG1109が立案された.現在登録が終了し,その結果が待たれる6).
3)cStageⅣa
cStageⅣaは一般的に化学放射線療法が標準治療であり,手術の対象ではない.しかし術前化学療法や術前化学放射線療法後にdown-stagingを行い,切除を試みることで予後向上を目指した報告も散見される7)8).現在JCOG Groupによる切除不能局所進行胸部食道扁平上皮癌に対する根治的化学放射線療法と導入Docetaxel+CDDP+5-FU療法後のConversion Surgeryを比較するランダム化第Ⅲ相試験(JCOG1510)が行われており,高度局所進行食道癌の治療選択として,この結果が待たれる.
III.胸部食道癌の低侵襲手術のエビデンス
近年手術手技の向上や機器の進歩に伴い,胸腔鏡下食道切除術が急速に普及しつつある.胸腔鏡手術は胸壁破壊を最小限にとどめることによる低侵襲性と拡大視効果による精緻な手術操作が利点である.食道癌に対する低侵襲手術におけるランダム化比較試験は現在2編のみ報告があり,1編は開胸手術と胸腔鏡下手術の治療成績を比較したTIME trialともう1編は,胸部操作は開胸手術であるが,腹部操作を開腹手術と腹腔鏡手術で比較したMIRO trialが報告されている9)10).食道癌における低侵襲手術のエビデンスはまだ少なく,その安全性,有効性に関する十分な結論は現時点では明らかでないため,食道癌診療ガイドライン2017年版でも弱い推奨となっている.したがって,現時点では開胸手術が標準治療となっているが,昨今の胸腔鏡手術の急速な普及に伴い,良質なエビデンスが求められているのが現状である.現在日本で切除可能胸部食道癌に対する開胸手術と胸腔鏡手術を比較する第Ⅲ相臨床試験JCOG1409が進行しており,この試験の結果が待たれる11).
IV.おわりに
食道癌診療ガイドラインに基づいた外科治療についてその根拠となるエビデンスおよび最新知見,現在進行している試験について解説した.ガイドラインに示された根拠を紐解くことで,その意義の理解を深める一助となれば幸いである.しかしながら食道癌患者は併存症や高齢者が多いこともあり,ガイドラインは実臨床においては個々の患者に合わせた治療に役立てるための指針として参考にするのがよいと考える.
利益相反:なし
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