日外会誌. 125(5): 449-450, 2024
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(140)
―体内から手術用グローブ片が発見されたが医師に責任はないとされた事例―
1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
手術用グローブ, 観血的整復固定術, 脛骨腓骨近位端粉砕骨折, 因果関係
【本事例から得られる教訓】
事故が生じてしまった際,最初の見立てでは責任は免れないと思っても,調査を実施すると,最初の見立てと異なる結論になることは実は少なくない.患者側へ事故の説明は,焦らず,慎重な調査を実施してから行うよう改めて留意したい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,体内に手術用グローブ片が遺残した事例である.手術を常とする外科医には関心が高いと思われるため,紹介する次第である.
患者(年齢不詳.寿司職人)は,平成25年12月8日の23:50頃,普通自動二輪車の転倒事故で本件病院(以下,「病院」)に救急搬送された.担当医は,左肘挫創および左脛骨腓骨近位端粉砕骨折(本件骨折)と診断し,左肘挫創に対しては洗浄と包帯保護を行ったが,本件骨折に対しては,腫脹が著しく,皮膚軟部損傷が著明で早期手術は困難な状態であったことから,整復のため直達牽引を行うとともにシーネで固定し,患者は入院した.
平成25年12月18日,担当医は,本件骨折の治療のため,骨折部位に固定用プレートを装着することによって内固定を行う観血的整復固定術(本件手術)を実施した.固定に使用したプレートは,LCPプロキシマルティビアプレート2枚で,全長190mmのもの(10穴)と全長145mmのもの(8穴)であった.本件手術に要した時間は161分であった.
平成26年1月25日,患者はリハビリ後に退院したが,平成26年2月3日,発熱があり病院を受診した.担当医は,左下腿の腫脹と熱感を認めて左脛骨近位端骨折術後感染と診断し,患者は緊急入院した.担当医は同日,全身麻酔下のデブリードマン洗浄術とプレートの抜去を実施したところ,術中に,体内から手術用グローブの切れ端と思われる5mm四方以上1cm四方未満の大きさのゴム片(本件グローブ片)を発見した.
平成26年3月19日,患者は,感染が沈静化しなかったことから病巣掻爬,抗生剤セメントビーズ留置術,創外固定術を受け,平成26年4月4日に退院した.
平成26年4月17日,患者は病院に入院し,抗生剤セメントビーズ留置術および抜去術と自家骨移植などを受け,平成26年7月17日に退院した.
平成26年12月8日,骨癒合が得られたため,患者は病院に入院し抜釘手術を受け,平成26年12月22日には植皮手術を受けるなどし,その後も創部の感染の再燃が予測されるなどして,患者は平成28年11月9日まで同様の手術や処置を何度か行った. 平成29年5月1日,患者は,A病院整形外科の医師から,左脛骨高原骨折,左肘挫創,左腹部挫創および左脛骨骨髄炎および感染性偽関節との傷病名で,症状固定したとの診断を受けた.
2.本件の争点
本件グローブ片を遺残させたことは過失にあたるか,および術後感染の原因は本件グローブ片であるかという点であった.
3.裁判所の判断
まず裁判所は,本件の術後感染の機序(原因)を検討し,本件手術時に本件グローブ片が体内に遺残していたため,これが術後感染の原因となった可能性は否定できないと述べた.しかし他方で,本件骨折については腫脹で手術が9日後になったことや手術時間も約2時間40分であったこと等を挙げ,本件骨折は重症であった旨を指摘し,さらに,骨・関節術後感染予防ガイドライン2015(本件ガイドライン)においては手術グローブの穿孔が直接的に術後感染を引き起こすというエビデンスは少ないとされていること,本件手術では骨折部位に2枚の金属プレートが装着されていること等を踏まえ,本件の術後感染は,本件グローブ片の遺残(本件遺残)が原因と特定することはできず,本件骨折自体,あるいは金属プレートが原因となった可能性も否定できないとし,従って,本件の術後感染の感染源が本件遺残であるとは言えないとした.
次に裁判所は,本件遺残が過失にあたるか否かについて検討し,仮に術後感染が本件遺残により生じたものだとしても,本件の担当医が,本件グローブ片を遺残しないようにするために,そもそもいかなる管理・点検をすべき注意義務があったのかについては,明らかではないとした.
これに対し患者は,本件グローブ片の大きさは5mm角以上で肉眼による目視も十分可能な大きさだったため,担当医の過失は明らかであると主張した.しかし裁判所は,本件ガイドラインには,本件手術と同じ整形外科領域である人工関節置換術について,手術用グローブの穿孔率が25%で,二重に装着した手術用グローブの両方が破損していても術中に自覚できたのがその20%のみであるとの報告が紹介されている点を指摘した上で,手術用グローブの破損が生じ,術者が術中にこれを自覚できないことはそれなりの頻度で生じると考えられると述べ,穿孔によって生じたグローブ片の大きさが5mm角以上であるからといって遺残を避けることができたとも言えないとして,本件遺残が生じたことについて過失を否定した.
4.本事例から学ぶべき点
ガーゼやメスの遺残の例と比べると,本判決の結論には驚いた方もいるかもしれない.
本判決の根拠は,過失および因果関係を否定した点にあるが,本稿では因果関係について説明を加えたい.本件で因果関係が認められるためには,つまり,術後感染の原因は本件遺残によるものであると言えるためには,感染源は,十中八九,本件グローブ片であろうという程度の心証が必要である.しかし本件では,術後感染の原因が,骨折自体や金属プレートである可能性等も考えられたため,裁判所は十中八九までの心証に至らなかった.
法的責任は,①過失,②結果(損害),③因果関係の三つの要件が揃って初めて認められる.従って,意外と思われるかもしれないが,①過失が認められても,③因果関係が否定されると法的責任は否定される.
このように因果関係は,法的責任(賠償責任)の検討において非常に重要であるが,事故直後においては,因果関係まで正確に予想することは難しい(因果関係の調査が難渋することもある).万が一事故が生じた際は,因果関係も含め詳細に調査を実施してから患者側に説明するよう留意したい.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。