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日外会誌. 125(4): 365-366, 2024

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医療訴訟事例から学ぶ(139)

―高齢者の誤嚥につき施設と家族の双方に過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
特別養護老人ホーム, 誤嚥, 安全配慮義務, 被害者側の過失

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【本事例から得られる教訓】
高齢者の看護等においては,家族から難しい要求が出ることもあるが,家族の要求を聞き入れた結果,事故が生じた場合には,医療機関側が責任を問われる可能性があるため,慎重に対応したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,家族からの食事形態変更の要望に応えた後に,誤嚥事故が生じた事例である.外科医も,術後等に誤嚥管理の場面や,家族の要望に対応する機会もあると思われ,紹介する次第である.
患者(昭和13年生.死亡時81歳)は,アルツハイマー型認知症の診断を受け,2019年2月1日,本件特別養護老人ホーム(以下,「施設」)に入所した.
患者は,食材で遊んだりして適切に食事をとれず,また食事中に嘔吐すること等があった.
7月8日,患者の長男(キーパーソン)は,本施設に配置された医師Dに患者の嘔吐につき相談し,これを受け医師Dは,施設に対し,患者の食事形態を「米食+常菜」から「全粥+刻み食」に変更するよう指示し,施設は長男に食事形態の変更について説明した.
8月10日以降,長男は施設に対し,患者にべちゃべちゃな感じのご飯を食べさせているとして,普通の食事に戻してほしいと要望した.施設は誤嚥リスクの観点から食事形態の再変更に懸念を示したが,長男の意向を受けて,医師Dの承諾を得ないまま,主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更した.しかしその後も,患者は適切に食事をとれず,食事中に嘔吐することがあった.
12月10日時点の食生活の状況について,施設の記録には,患者にはかき込むような食事摂取があるため小分けにして対応することや,むせること,嘔吐すること等の記載があった.
12月12日の17:00頃,患者は食堂で食事を開始した.職員Bは,17:11頃,患者の顔を覗き込み異常がないことを確認し,患者の食事を小皿に取分け提供し,その場を離れた.その頃,職員Cは患者の座席と対角線上の席の利用者に食事介助をしていたが,食堂の全体を見たところ,職員Bが患者から離れてから約7秒後,患者の食事が進まず手が止まっているように見えたため,患者に近づいた.患者が食べ物を口に含んでいる様子であったため,食べ物を口から出すよう声をかけ,背中をたたき,患者は声掛けに反応し少しずつ食べ物を口から出した.Cは患者の口の中から食べかすを少量取り出した.
17:13頃,患者の心肺は停止し,救急搬送されたが,19:10頃,死亡した.患者の死後,気管内は貯留物で充満していたことが確認され,死体検案書には,死因は誤嚥による窒息と記載された.

2.本件の争点
主な争点の一つは,施設の職員に患者の食事を常時見守る義務があったかという点であった.

3.裁判所の判断
裁判所は,施設は,2019年12月当時,患者の認知能力が著しく低下しており,かき込んで食事摂取をすることがあり,むせ込みからの嘔吐があることを認識しており,患者がかき込み食べることで嘔吐し,その吐物を誤嚥し窒息する危険性を予見できたと認定した.そのうえで,施設は安全配慮義務として,患者が食事をする際には,職員に常時見守らせる義務を負っていたとし,本件事故の際に,患者の食事を見守っていた職員はいなかったとして,過失を認定した.職員Bが患者のそばを離れてから10秒も経ずに職員Cが患者に付き添っていた点については,たまたま食堂全体を見ていたCが,患者に声掛けをするために近づいたにすぎず,他の利用者の食事介助をしながらその合間に患者の様子を窺う程度では常時見守っていたとは言えないとした(注2).
しかし一方で,患者の長男は,2019年7月に医師の指示により食事形態を変更したことにつき施設から説明を受けており,8月には,施設から誤嚥リスクから食事形態の再変更に懸念が示されたにも拘らず,患者の食事形態について主食を「全粥」から「軟飯に近い普通食」に変更するよう希望したこと等を考慮し,被害者側の過失として5割の過失相殺がなされた.

4.本事例から学ぶべき点
本判決については,つい先日に控訴審判決が出て判決が逆転し,施設の過失が否定された(注3).しかし本判決には,教訓になる面があると思われるため,本稿ではあえて第一審を紹介させて頂いた.
本判決では,施設が医師の指示した主食の形態を変更するにあたり,医師の確認をせずに変更をした点が重視されているように思われる.以前に本誌で紹介したドーナツ窒息事故(注4)においても,その控訴審で裁判所は,食事形態の変更に関し医師等の専門的知見に基づくものであったか否かにつき言及している(注5).
嚥下機能について医学的に判断できるのは医師であるため,やはり裁判所も,食事形態の変更については医師の確認の有無を重視せざるを得ないものと思われる(私見).
本判決では家族側の5割の過失相殺が認められたとはいえ,施設が責任を免れたわけではない.医療スタッフが家族から食事内容について要望を受ける機会は時折あると思われるが,裁判例の状況も見る限り,今後は,食事形態の変更の際には(特に窒息など生命の危険を考慮した変更を検討する際には)医師の確認を得るという意識が必要であろう.この意識は食事形態の変更に限られない.家族から医師の指示と異なる要望がでた場合には同様の問題があるため,慎重に対応したい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 名古屋地裁 令和5年2月28日判決.
注2) 後述する控訴審では,過失は否定されている.
注3) 名古屋高裁 令和6年4月18日判決(上告中).個人的には控訴審判決が妥当と考えるが,紙面の都合上,判決が逆転した旨の指摘に留めさせて頂く.
注4) 日外会誌 120(6):688-689,2019.准看護師が高齢者にドーナツを提供したところ,その直後に心肺停止になり窒息が疑われた刑事事件.第1審は有罪となったが(本誌では第1審を紹介),控訴審で無罪となった.
注5) 食事形態を変更した目的を検討する中で,介護士らが「医師等の専門的知見に基づかないまま」,主目的の嘔吐防止に併せて誤嚥や窒息の危険を低減させる判断をした点を指摘している.

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