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日外会誌. 125(2): 160-161, 2024

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医療訴訟事例から学ぶ(137)

―術後急変時の食道誤挿管につき過失が認められた事例―

1) 順天堂大学病院管理学 
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
鼻中隔矯正術, 下鼻甲介粘膜切除術, 気管チューブ, 食道挿管

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【本事例から得られる教訓】
気管チューブの誤挿管の事故は少なくない.気管に挿入されたと判断しても,患者の容態が安定しない限り,常に誤挿管の可能性も念頭に置いて対応したい.

1.本事例の概要(注1)
今回は,術後の急変時における食道誤挿管の事例である.気管挿管は外科医にとっても身近なものであり,また,本件は,第一審では病院が勝訴したが,控訴審で患者側が新たな過失を主張し,その過失が認められたという特殊性もあることから,外科医の関心も高いと思われ,紹介する次第である.
本件患者(女性・当時34歳,以下,「患者」)は,本件病院の形成外科および耳鼻咽喉科を受診し,左不完全口唇裂,外鼻変形と診断され,平成23年2月18日,麻酔科医Aおよび麻酔科医Bによる全身麻酔下にて,耳鼻咽喉科医Cと形成外科医Dにより鼻中隔矯正術,下鼻甲介粘膜切除術を受け17:48頃,手術が終了した.
18:07頃,麻酔科A医師は,B医師とともに,本件患者が,痛み刺激なく開眼し,開口が可能であること等を確認し,気管チューブを抜管した.
18:15頃,患者は回復室に到着し,18:16頃に酸素6ℓ/分の投与が開始され,SpO2は100%であった.
18:17頃,SpO2が90%前半に低下したため,A医師と看護師が,患者に声掛けする等したが,患者の反応はなかった.
18:18頃,A医師が,用手的に下顎を挙上して気道確保を行った上で,アンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが,患者には,本件手術により鼻に綿球が詰められていたことや,添木等がされていたことから,アンブ蘇生バッグを押し当てることが困難であり,十分な換気は得られなかった.
18:19頃,回復室前の廊下にいた麻酔科E医師(麻酔科部長)が加わり,アンブ蘇生バッグによる手動換気を試みたが,やはり換気困難であった.患者の口からはピンク色の泡沫状分泌物が溢れ出ていたが,患者には歯を食いしばるように力が入っており,開口が困難な状態であったことから,E医師およびA医師は,開口が可能な状態になるよう,ロクロニウム50mgを静注した.
18:20頃,患者の開口が可能な状態になったため,A医師が,気管チューブによる気管再挿管を試みたが,依然として泡沫状分泌物が著明で視野の確保が困難であったため,E医師と交代し,E医師は,視野の確保が困難で声門の確認ができなかったことから盲目的に再挿管を行い完了させた.E医師は,泡沫状分泌物の性状から,患者が肺水腫を発症していると考えた.
再挿管後,E医師は,用手換気の際の加圧によって左右対称に胸郭が上がること,聴診により胸部では音量は小さいが呼吸音があり,左右差がないこと等を確認し,これらのことから肺に空気が入っているものと判断し,さらに,A医師と,その頃回復室に駆け付けていたF医師(集中治療室専従の麻酔科医)も同様に聴診を行い,肺に空気が入っていると判断した.また,E医師,A医師およびF医師は,呼気時に気管チューブ内に水滴があることを確認し,正しく気管挿管がされたと判断した.
18:23頃,心拍数は64回/分となり,血圧は61/47mmHgとなった.
18:28頃,PEA(無脈性電気活動)となったため,心臓マッサージが開始された.
18:34頃,PCPS(心肺の機能を補助する装置)の準備中,胃膨満が認められたため,A医師は食道挿管を疑い,気管支ファイバーの準備を指示した.
18:44頃,食道挿管になっているものと判断し,気管チューブを抜去した.
18:47頃,A医師が,エアウェイスコープによる挿管を試みるも,泡沫状分泌物が著明で,視野の確保が困難であったため,挿管できなかった.
18:48頃,A医師が,声門上器具であるi-Gelを挿入し,換気良好となったことを確認し,18:51頃,SpO2は100%であった.
患者はその後,低酸素脳症の所見と合致するとの診断を受け,平成25年1月1日に死亡した.なお,患者は本件事故時,婚約者との婚姻が予定されていた.

2.本件の争点
第一審の争点は多岐にわたるが,主なものは①再挿管時の確認義務違反等の有無であった.そして控訴審では患者側が新たに,②再挿管後の確認義務違反を争点に加えてきた.

3.裁判所の判断
第一審および控訴審共に,①再挿管時の確認義務違反の有無については,E医師らは,挿管当時の具体的な状況に照らし,可能な手段を尽くして正しく気管挿管されているか十分に確認したとして,E医師らに過失はないとした.
次に控訴審では,②再挿管後の確認義務違反の有無が検討され,裁判所は,本件再挿管は,盲目的に行われたものであることや,聴診による胸部の呼吸音が小さいものであったこと等に照らすと,正しく気管挿管がされているとの本件再挿管時およびその直後の時点における判断は,必ずしも確実性の高い多数の所見に基づく確定的な判断であったとまではいえず,その時点で可能かつ相当な方法による確認の結果に基づく暫定的な判断であったとした.
そして,一般に急変時の気管チューブの挿入は,挿管後の体動や体位変換等により滑脱するなどして食道挿管になる可能性が一定程度ある等の医学知見等から,E医師らは,上記の暫定的な判断を踏まえつつ,その後も,食道挿管となっている可能性を常に想定し,患者の変化に応じて,気管チューブの挿入状態の確認をする措置を適時に講ずべき注意義務があったとした.
しかしE医師らは,本件患者が18:23に循環虚脱に陥り,更に18:28頃にPEAとなった後も,18:34頃に胃膨張を認めるまでの間,気管チューブが気管内に挿入されているかどうかの確認をするために必要な措置を講じなかったため,過失があると認定した(注2).

4.本事例から学ぶべき点
誤挿管の事故については筆者も時折相談を受ける.以前に胃管チューブが胃に届いていなかった事故を紹介させて頂いた(注3).チューブの誤挿入の可能性については,患者の容態が安定しない限り,常に頭の片隅に留めておかなければならないと言えよう.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京高裁 令和4年3月22日判決(確定).
注2) 本件では因果関係も争われたが,紙面の都合上割愛する.
注3) 日外会誌,123(4):356-357,2022.

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