日外会誌. 125(2): 155-159, 2024
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周術期疼痛管理の最新知見
自治医科大学附属病院 周術期センター・麻酔科 鈴木 昭広 |
キーワード
術後疼痛管理チーム, 患者調節式鎮痛(Patient controlled analgesia: PCA), 多角的鎮痛, Around the clock投与, 術後悪心嘔吐(PONV)
I.はじめに
日本は65歳以上が全人口の3割に迫る世界有数の高齢化社会である.悪性腫瘍や変性疾患は高齢化の宿命であり,手術を必要とする患者も増加の一途をたどる.手術患者が合併症なく円滑に退院するため,近年はEnhanced Recovery After Surgery: ERASの考えが普及し,周術期の患者全身状態を維持・改善しケアを充実させることに注目が集まっている.中でも,適切な疼痛コントロールと,悪心嘔吐などの関連合併症対策は離床と術後リハビリの促進にも直結する重要課題である.本稿では術後疼痛管理に関する最近の知見を紹介する.関心のある項目に目を通していただければ幸いである.
II.術後疼痛管理チーム活動に対する加算新設とその概要
①加算の概要
2022年4月より,診療報酬においてA242-2 術後疼痛管理チーム加算が新設された.加算取得には施設認定を受けることが必要となるが,全身麻酔実施後に,患者自己調節鎮痛(Patient controlled Analgesia: PCA)を持続静注(ivPCA),あるいは持続硬膜外(PCEA),持続神経ブロックなどによる疼痛管理を行う患者の疼痛・副作用対策のフォローアップをチーム医療として行う事で診療報酬を請求できる.点数は該当患者1名あたり術翌日より100点/日,最大3日間で300点である.以後,本文中では特に断らない限り,術後疼痛管理チームをチームと簡易的に表記する.
②施設認定と術後疼痛管理チーム構成メンバー
200例以上の麻酔管理を行っている保険医療機関で,常勤麻酔科医,専任看護師(2年以上手術室や周術期センター勤務経験があり所定の研修を修了したもの),専任の薬剤師(5年以上の薬剤師勤務経験,うち2年以上が周術期関連の勤務で所定の研修修了)の必須3職がいれば施設認定申請が可能である.また,臨床工学技士は現在必須ではないが,配置が望ましいとされる.術後疼痛管理チーム部門は院内組織図に組み入れる必要があり,患者への情報提供としてポスターや周知文書でその活動内容を示す.実際の活動としては術後疼痛および副作用の対策プロトコールを作り,該当患者の診療を行う医師,チーム以外の医師,看護師などと連携して管理・評価記録を行うことが求められる.
③運用の実際
本邦では2023年9月の時点で,麻酔科を標榜する4,645施設のうち,施設認定を受けているのは299施設,およそ6.4%とまだ少数である.しかし,運用の在り方は施設ごとに千差万別である.筆者が調査しただけでも活動を主導する職種が麻酔科医・術場看護師・特定行為看護師・診療看護師(NP)・病棟看護師・薬剤師・臨床工学技士,と病院の体制やマンパワーなどに応じて異なる.あるいはクリニカルパスを充実させて迅速対応を主体とする,依頼状を介して主治医から権限を委譲されたチームが現場で即時介入を行えるスキルミックス型運用など,さまざまな工夫の余地があり,運用の在り方はかなり自由度が高いといえる1).
④主治医・病棟看護師の役割が大切
チーム活動に回診業務を採用する施設は多い.回診では痛みの評価以外に,悪心嘔吐,掻痒感,しびれや脱力・麻痺,周術期合併症の有無,離床度合いなどを含めた経過を評価する.24時間365日体制で応需する施設もあるが,多くの施設は回診時のみの対応である.チーム活動は通常の経過をたどる患者管理における主治医の負担を減らし,診療円滑化をする目的もあるが,手術関連の合併症や疼痛,愁訴対応が見過ごされないためにも主治医の理解と連携は必須である.そこで,常に患者の傍で経過をよく知る病棟看護師の役割は従来通り最重要となる.
チーム回診が始まると,「痛みの管理はチームが行うもの」と従来病棟で行われていた術後管理・ケアとは分離されてしまいがちである.チームの役割は,疼痛・副作用管理の代行よりも,最前線で対応を行う病棟看護師が患者の訴えに対して迅速に原因検索と緩和処置を行えるシステムを構築することである.チーム結成の目的が単にコストをとるためになってはいけない.痛みの表現法,疼痛を緩和する所作やPCA装置の使い方指導などの患者・看護師教育,クリニカルパスや指示の範疇から逸脱するような事象を減らすような改訂を繰り返し,患者~病棟看護師間で自律的にルーティンの術後管理が成り立つようにしていくことが理想的である.
III.後疼痛管理の実際
①麻酔方法を含めた周術期管理標準化の重要性
複数の麻酔科医が施設内にいる場合,同じ手術でも麻酔や術後鎮痛方法は担当者により異なることがある.患者状態に基づく理由を除けば,麻酔と術後鎮痛法は施設内で統一・標準化する方がクリニカルパス運用に適応しやすく,メリットも大きい.欧州局所麻酔学会(ESRA: European Society of Regional Anesthesia and Pain therapy)では,術式別の術後鎮痛法を最新エビデンスに基づき提供するPROSPECTというWEBを無料公開し,定期的に情報更新している2).欧米と日本では使用できる薬剤や医療体制も異なるため,そのまま流用できないこともあるが,最近の動向がわかる.たとえば,呼吸器外科領域では(賛否はあるものの)胸腔鏡補助下手術においては従来頻用されてきた硬膜外が非推奨となり,その理由は傍脊椎神経ブロックや脊柱起立筋ブロックでも硬膜外と同等の除痛効果が得られ,かつ低血圧や尿閉,手技失敗のリスクが少ない,というものである.
②がんと同様の除痛ラダー
従来の術後疼痛対応では,患者が痛みを感じてナースコールを押し,その後何らかの鎮痛策が行われていた.その間に主治医にコンサルトするなどのタイムラグがあると,患者は痛みを自覚してから対応されるまで長い時間を要していた.近年,“術後疼痛対応は多角的,かつ定期的に行われること”が推奨されている3).疼痛には侵害受容性,神経障害性,痛覚変調性があり,かつ様々なメディエータが発痛物質として作用するため,鎮痛手段も多角的に行う.がん疼痛ラダーのようにアセトアミノフェン,NSAIDs,オピオイドなどの薬物を中心に,神経ブロックや局所浸潤麻酔なども併用する.Crewsは,術後疼痛対応のためのラダーを考案し,痛みが軽度,中等度,高度の3段での管理を提案している4).また,オピオイド鎮痛による過鎮静,呼吸抑制,悪心嘔吐への対策として,オピオイドフリー鎮痛という考えも生まれており,ケタミンやリドカイン,デクスメデトミジンなどの持続静注が行われる.中でもリドカインには腸管蠕動亢進や抗炎症作用なども認められ注目されている.ただし,術後疼痛のための使用は保険適応外となる.
③アセトアミノフェンAround The Clock: ATC投与
アセトアミノフェンは小児から妊婦まで幅広く使用できる.中枢性の鎮痛効果を持ち,副作用も少ない.特に静脈注射で用いた場合には血中濃度が経口よりも高く維持され,さらに定期反復投与により体内の薬液濃度をあげてベースライン鎮痛に必要な濃度を維持しやすくなる.ATC投与はPatient Controlled Analgesiaで使用されるオピオイドの投与要求回数を減らし,鎮痛だけではなく吐き気・嘔吐の減少効果も期待できる.疼痛時に投与するのではなく,痛みの強い術当日~翌日にかけて,かつ経口摂取が制限される期間にATC投与を行うことが理にかなっている.健康成人で体重50kgを超えていれば1回1gの点滴製剤を6時間おきに1日4回が一般的である.内服で用いるNSAIDs(COX阻害剤)も同じく,疼痛時ではなく定期処方することが望ましい.
④アセトアミノフェンの副作用
ガイドラインで推奨されるアセトアミノフェンATC投与に対して肝機能障害を懸念する声は根強い.しかし,肝切除術という最も術後肝機能障害が懸念される症例での検討であってもアセトアミノフェンATC投与(1.5mg/kg, 最大1gを6時間おき投与)とフェンタニルの組み合わせで肝機能への悪影響なく良好な鎮痛が行えたことが示されており,禁忌がなければ幅広く利用可能である5).術後の肝機能データの異常については,治験でも用いられるHy’s law(ALT値>3×正常上限かつ総ビリルビン値>2×正常上限の事例の10%で重篤な肝機能障害が起こりえる,とするもの)を参考にする.そもそもASTやALT値の上昇のみの場合,有害事象レベルはgrade1で,治験中止の要件にもならない.もしALT値が施設基準値の3倍以上に上昇した場合,総ビリルビン値をチェックし,上昇の兆し,あるいは施設基準値の2倍以上の場合にはATCを中止する.われわれの施設ではアセトアミノフェンATCを婦人科,呼吸器外科,泌尿器科,下部消化管などで術当日から行う鎮痛をチーム発足から3年以上行っているが,Hy’s lawを満たすようなビリルビン上昇事例は経験しておらず,ALT数値の異常はフォローアップ採血でいずれも正常化している.
IV.術後悪心嘔吐対策
術後悪心嘔吐(Postoperative Nausea and Vomiting: PONV)は患者の術後回復を阻害する大きな因子である.2020年に米国で出されたPONV管理ガイドラインでは6),女性,非喫煙,PONVか乗り物酔いの既往,術後オピオイド使用の4大リスクファクターに加え,吸入麻酔薬使用,手術の種類,手術時間,年齢などの因子が発生に関与する.現在,多くの麻酔科医がガイドラインを参考に,4大リスクファクターの数に応じて多角的なPONV対策を麻酔中から行っている.PONVの機序にはヒスタミンH1,セロトニン5HT3,ドパミンD2,ニューロキニンNK1受容体を介し様々な物質が化学受容器引き金帯に作用する.そこで,デキサメタゾン,ドロペリドール,ジフェンヒドラミンやジフェンヒドリナートなどを周術期に用いたり,吸入麻酔薬を回避しプロポフォールによる全静脈麻酔を行ったりするなどで予防を行う.プロポフォールによる全身麻酔による制吐効果は術後6時間程度に留まる.また,同じ全静脈麻酔でも鎮静薬がレミマゾラムの場合制吐効果は期待できない.術後疼痛管理にオピオイドのivPCAを用いたり,硬膜外に局所麻酔薬とオピオイド混合液を持続投与したりすると,副作用として吐き気を来たすことがある.その場合は予防薬・対処薬を併用しながら除痛を優先し,コントロールできない場合にオピオイド中止を判断すべきである.なお2022年にPONV対応にオンダンセトロンやグラニセトロンなどの5HT3受容体拮抗型制吐薬が適応拡大され,術後の消化器症状(悪心・嘔吐)に対する処方が可能となった.これらは他の制吐薬と異なり,眠気(H1ブロッカー)や中枢神経抑制・錐体外路症状(ドパミンD2拮抗薬)などの副作用がないため離床促進を阻害する要素が少なく,第1選択で使用したい薬物である.また,薬物以外でも,乗り物酔い対策でも利用される内関(P6)のツボ刺激,ペパーミントによるアロマセラピー,チューインガムによる腸蠕動運動改善などによりPONV軽減を図る試みに関心が集まっている7).
V.喫煙が術後疼痛に及ぼす影響
日本麻酔科学会のコンセンサスステートメントの中で,喫煙習慣を継続すると術後の痛みが増強しやすく,肝酵素誘導で鎮痛剤の効果が減弱し,慢性痛に移行しやすくなることが示されている8).術前禁煙は呼吸循環器系合併症の軽減,創感染予防などの観点だけではなく,疼痛の緩和にも重要であることから,手術を生涯にわたる禁煙開始の機会として利用することが望まれる.当院では院長名で「全身麻酔管理症例は最低4週間の術前禁煙が必要であり,禁煙できない場合手術のキャンセル・延期があり得る」ことを院内に明示し,各外科系の外来,および周術期センターでもアナウンスしている.さらに呼吸器内科の協力を得て,希望する手術患者を禁煙外来に紹介し,禁煙外来受診当日からニコチンパッチによる禁煙を開始できる体制を構築している.
VI.遷延性術後疼痛の機序と予防
明らかな原因なく術前には認めなかった痛みが術後に持続する遷延性術後疼痛は手術患者の2~10%に発生し,術式によっては20~56%に上るとされる.2~3カ月以上痛みが続く場合に本病態を考慮する.従来から幻肢痛などはよく知られていたが,開胸術,胆のう摘出,ヘルニア修復,胸骨切開,帝王切開,子宮摘出,膝関節,股関節,乳房切除などにおいても認められる9).機序としては,切開などの侵害受容刺激により各種のサイトカイン類が後根神経節ニューロンに影響してグルタミン活性を増強し,その後多様な情報伝達物質を介して脊髄レベルで痛みの中枢性感作を促進すると考えられている.
疼痛遷延化に関与する因子としては,術前からの痛み,遺伝や精神的な素因の存在,術中のオピオイド曝露,高容量のレミフェンタニル使用,術中の知覚神経損傷などもあるが,術後因子としては強い痛みが継続すること(疼痛対応の遅延・不十分)が重要である.中枢性感作を防ぐことが予防の要となる.局所麻酔(創部浸潤,創部持続浸潤,硬膜外,神経ブロック)を積極的に利用し,薬理学的にはCOX阻害剤,ケタミン,ステロイド,リドカイン持続静注,デクスメデトミジン,ガバペンチンなどが有用視されている.本邦ではレミフェンタニルが広く普及し,また術中~術後にかけてivPCAでオピオイドを使用することも多い.術中麻薬の使用量減少のためにも主治医サイドでは局所浸潤麻酔を含む何らかの局所麻酔を利用することが,また術後疼痛管理チームサイドでは,周術期に患者にとって痛みのない時間をいかに長く確保するかが重要と考えられる.
VII.おわりに
以上,術後疼痛管理に関する近年の知見や変化について紹介した.疼痛管理はERASのコンセプトを構築する一つの要素にすぎず,従来から一部の手術で行われてきた周術期の全身状態の最適化プロセスの中で行われるべきものである.ただ,診療報酬請求が可能になったことで,術後疼痛管理チーム活動を皮切りに,多職種が手術患者をサポートする体制づくりのきっかけを提供してくれるものであり,是非,外科系医師の方々には術後疼痛管理チームと連携の上,かれらを積極的に活用していただきたい.
利益相反:なし
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