日外会誌. 125(2): 120-123, 2024
特集
外科におけるRCT―top journalへの道―
4.乳腺外科におけるRCT―top journalへの道―
がん・感染症センター都立駒込病院 戸井 雅和 |
キーワード
無作為化比較試験, 乳癌, 外科, 薬物療法, スクリーニング
I.はじめに
乳腺疾患領域においては多くの前向きに無作為化されコントロールされた比較臨床試験(prospectively designed randomized controlled comparative clinical trial: RCT)の成果が産出されてきた.それらは臨床エビデンスとして構築され,ガイドラインやコンセンサスにおいて引用,評価されれば,標準治療として世界的に実地応用される.多くのpractice-changing (PC)はRCTの結果により惹起され,endpoint(EP)を達成したRCTの数は学術進展の指標になる.実際,現在の乳癌診療はRCTの成果に依るところが極めて大きい.他方,乳腺領域のRCTは一般的に多数の患者,大きなコスト,長い時間を必要とする.単に,ベースの秀逸のアイデアだけで成果を出すことは容易でなく,一つのプロジェクトとして成立・成功しなければPCには至らない.周到・綿密に立案・計画して,組織的に着実に実施して初めて,有意の成果に到達する.試験実施中には想定外のことも起きる.そのような場合には問題解決能力も必要になる.乳腺領域の第3相試験は大規模であり,多施設共同試験が基本で,多職種参加型,データモニタリング,データマネージメントを企業体等に委託することも多い.成功確率は必ずしも高くはなく,プロジェクトチームで,長期にわたり継続的にエネルギーを注ぐ‘事業’であるが,それが無ければ,医療の進歩は停滞傾向に陥ってしまい,治療の恩恵を受ける患者も増えてこない.
II.試験の立案
乳癌領域においては,新規性の高い薬物や診療法の第3相試験の場合,検証しようとする事柄は第2相試験の段階でみえていることが多い.第3相試験では,標準治療との比較,無治療群との比較を行うが,比較対象を標準治療とする場合には,それをどのように設定するか,慎重に見極める必要がある.乳癌領域では,標準治療は複数あることが多い.Physician’s choiceのように複数の治療法から個々にあるいは施設ごとに一つを選ぶ手法もとられるし,治療のラインでは,その時点の治療だけでなく,その次の治療法に規定を加える場合もある.それらの基準設定は,患者の利益の観点によることは無論である.Entry criteria,excluding criteriaの設定,randomization時のstratification factorsの選択も当然ながら重要である.具体的な立案前の段階では,標準治療の根拠,標準治療を形成したRCT等は綿密に調査し,主要な試験に関しては文献調査だけでなく主担当者にアクセスし直に意見や示唆を得る.分子医学的情報,臨床薬理学的情報,病理学等に関連基礎的な知見を整理しておくことも立案に役立つ.乳癌に関するエビデンスにはメタ解析データも多い.主分類の考え方,解析手法等に特徴的な事柄が含まれることもあるが,それらの点も踏まえ,メタ解析データやoverviewはrationaleの構築に大変参考になる1)
2).
Rationaleは第3相試験の立案では建物の心柱のようなものである.簡明で強靭な構想が求められ,洗練されたrationaleの構築は試験成功の最重要要素の一つになる.例えば,わかりやすい事例で,抗HER2療法をHER2陽性再発乳癌にという場合,HER2陽性の原発乳癌,再発乳癌の予後,HER2発現異常の機序,その検出・同定方法,手法別にみた陽性率と検索手順,原発巣,再発巣におけるHER2判定一致率,一致しない場合の様相,第2相試験における抗HER2療法の期待される効果,再発部位別の効果,中枢神経系の転移を除外するかどうか,disease free interval (DFI)の短い症例を含めるか否か,また,無作為化は1:1かそれ以外の割合か,EPは何が最適かなどを考えプロトコールの背景,rationaleに記述する.術後のアジュバント療法試験で,術前薬物療法後の設定で試験を組む場合,術前治療開始前の許容されるステージや腫瘍サブタイプ,病態,そして使用が可能な術前薬物療法のレジメ,病理組織学的抗腫瘍効果の判定手法,どの判定を登録可能とするか,術後に用いる薬剤の臨床腫瘍生物学的な理論的背景,薬物間の交叉耐性,検証する薬物の代謝酵素とそれに及ぼす術前薬物療法の影響,EPに関しては何を用いるか,その根拠,disease free survival (DFS), invasive DFS (iDFS), Breast cancer-specific DFS (BC-DFS),仮に術前治療から観察する場合にはevent free survival (EFS)等も考慮することになる.症例数の設計では,どれくらいの予後の症例がどれくらいの割合で登録されるか,共同施設と綿密に数字を積み上げる必要がある.なるべく正確な数字が出ないと,あるいは予想より何らかの要因でより予後良好な症例が多く入れば,施行中に症例数の増加を検討することになる3)
~
10).
試験はわが国の場合,治験,医師主導治験,先進医療等から選択することになるが,当局事前相談などの仕組みに則り準備を進める.行政のシステム,関連する法規,諸通知等,業界関連の規制なども,PI自身が把握しておくべきである.当局の助言や指導は臨床試験を円滑に,効率的に進める上で欠かせない.
生物統計学の専門家と一緒にworkすることは,試験のデザインだけでなく試験事務局の設置やデータモニタリング,マネージメント,解析などデータサイエンス全般において,非常に大切で,試験成功のカギとなる.特に,医師主導型の試験ではデータの質の確保と予算立ての両立が相反する傾向があり,試験ごとに最善を尽くすしかないが,その際にも協働作業は大きな役割を演じることがある.
III.試験の遂行にあたり
乳癌の第3相試験は,進行再発症例が対象であっても1st patient-inからlast patient-inまで通常数年を要する.術後アジュバント試験では更に長期,試験によっては10年以上を必要とする.試験の根幹を担うprincipal investigator (PI)や研究責任者は長期にわたる継続的な努力を求められる.ストレスフルというよりエキサイティングと感じる人が多いかもしれないが,日常業務などに負担がかかることは避けられないので,それを見越した無理を生じないような事前の準備・調整は必要と考えられる.状況により臨床試験としてプロトコール上の対応,変更等が必要になる.変更,修正は試験の実行グループで細心の注意を払い行うが,その理由,経緯,結果は明確に記録されねばならず,論文化の際には全プロセスの開示を求められることが多い.
IV.データ解析チーム
データ解析は解析計画に基づいて行われる.出てくるデータ解析の結果を正しく理解し,考察することは,自らが中心で行った試験であっても,容易でないことがある.必ずしも想定していなかった結果が得られたとき,群中のばらつきが大きい時,交互作用が想定されるような場合は,上述の如く,分野の専門家との専門的な意見の交換が必要になる.過去の,あるいは施行中のRCTや種々最新のデータに精通しておくことは大切である.
V.論文・報告書の作成
乳腺領域では,第3相試験のPIはそれまでに相当数の論文を作成した研究者であることが多い.PCに直接つながる論文の作成には周到な準備と細心の注意で臨む必要がある.様々なイベントなどはタイムフェーズごとに綿密に正確に記録に残すことが求められる.修正の時間履歴,正確な内容が必要である.それらはそのまま論文のsuppl等の中で公表される.患者利益の最大化,不利益の最小化の視点から他の試験やこれから行われる試験の重要参考資料になる.論文作成は雑誌の求めるところに正確に従って作る外にないが,ある程度のものがみえてきた時点で,雑誌によっては概略をもって雑誌の編集者等に事前問い合わせすることを認めている.得られる意見や示唆により,雑誌の選択や作成内容を調整することもある.著者の知る限り,これらの作業はまったく公平に行われ,公表までの時間短縮や論文自体の価値の向上に寄与する.
VI.投稿からrevise
ハイグレード雑誌の場合,査読者の数は2人ではなく,相当数であり雑誌によっては5人を超す雑誌もある.専門性も分けられている.著者のチームも,専門性を分け,機能的に役割分担することが重要になる.文字数の制限もあるので,エッセンスをコンパクトに,様式に忠実に,記述する,極めて基本的なことだが,高い完成度が求められる.仮に査読を経てreviseの機会が与えられれば,各コメントに正確に厳密にベストの対応をすることが何より大切である.50を超すコメントがあることは珍しくない.その対応をPI一人で行うことには限界があり,著者チームとして修正を行い,修正表を作り,editorに返事をする.
VII.おわりに
著者の乳腺領域での経験を基に思いつくままに記述した.第3相試験に関しては,疾患ごとに状況が相当異なる.治療体系の違い,エビデンスの量,メタ解析の有無,進行中の同様な臨床試験の数の違い等もある.多くの事柄が関係するので,良い臨床試験を立案し遂行,解析,公表,論文化のプロセスに関するgold standardのようなものは無いというのが結論かもしれないが,主要な事柄,ポイントを図1にまとめた.
利益相反:なし
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