日外会誌. 125(1): 5-15, 2024
対談企画
特集|日本外科学会雑誌リニューアル記念座談会
誰もが輝ける外科の未来へ
1) 高槻赤十字病院医監 平松 昌子1) , 馬場 秀夫2) , 小寺 泰弘3) , 島津 研三4) , 藤川 葵5) |
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ダイバーシティ推進を目指す新たな企画をスタート
平松:本日はお集まりいただき,誠にありがとうございます.現在,私が編集委員長を務める『日本外科学会雑誌』では,今号からオールカラー版へと変更するとともに企画内容も見直しを行います.その中で新たに外科医のダイバーシティ推進を目指して,「誰もが輝ける外科の未来へ」と銘打った特集を開始します.本特集では従来の依頼原稿だけではなく,一般投稿も受け付けていくなど多様な展開を考えています.今回は,その新特集のスタートを記念した座談会となります.本日はよろしくお願い申し上げます.
馬場,小寺,島津,藤川:よろしくお願いします.
外科医希望者をいかに増やすか?各大学のリクルートの現状と取り組み
平松:さて,外科におけるダイバーシティ推進に関する課題の一つに,外科医志望者の伸び悩みがあります.そこでまずは,各大学のリクルートの現況と若手医師が活躍できる環境づくりについて,各先生方にうかがいます.馬場先生,熊本大学について教えていただけますでしょうか.
馬場:私の実感としては,外科へ進みたいと考える学生は比較的多いはずなのに,初期臨床研修の間に希望進路が変わる人が多いように思います.そこで初期臨床研修中のリクルートをどうするかですが,コロナ禍の期間中は研修医と直接接する機会が失われたため,非常に苦戦しました.しかし,現在は飲食を共にしながら直接勧誘できますから,令和6年度の希望者は少々増える予定です.リクルートに関しては関連病院の先生方に頑張ってもらっているのが実状ですが,われわれと関連病院の間で定期的に情報交換を行い,外科希望者の希望レベルを四段階に分けて,それぞれにレベルに合った勧誘を行うなどの対策をしています.それから,私ども外科系の競合相手は泌尿器科なのですが,これは泌尿器科のロボット支援手術の資格を取るハードルが低いため,若い外科医にとって比較的早い段階で手術できることが魅力になっているようです.そこでわれわれも比較的早い段階で術者を経験できるような取り組みを行っています.特に女性医師には特有のライフイベントがあるため,若いうちに男性よりも多くの手術を経験できるように配慮しています.ただ現状では成果が十分に出ているとは言えません.
平松:ありがとうございます.小寺先生の名古屋大学ではいかがですか.
小寺:名古屋大学は主に関連病院で初期臨床研修を行うため,私たちが影響を及ぼせるのは名古屋大学に在籍する学生だけとなります.なるべく外科に来てほしいという思いから,教育には力を入れており,その教育内容はいまのところ好評だと聞いています.また,当大学の学生は,6年次の臨床実習で2科を選択するのですが,そこで消化器外科を選んでくれた学生の実習期間中には,コロナ禍以前は宴会などで歓待するようにしていました.他大学の学生には直接接する機会がなく,関連病院にリクルートをお任せしているのが現状ですが,いまのところは,まあまあうまく行っていると思っています.ただ.年を経るごとに勧誘が難しくなっていて,特に外科よりも泌尿器科を選ぶケースが増えています.以前,ラパロの技術認定をほしい人たちが以前なら若手に回していたような比較的やりやすい症例を自分で手術してしまう現象がありましたが,今はロボット手術で同じようなことが起き始めています.この問題を解決するアイデアを早急に考えて,若手医師の不満を取り除いていかないと,消化器外科を選ぶ人がどんどん減ってしまうのではないかという危機感を抱いています.
平松:島津先生,大阪大学はいかがでしょうか.
島津:大阪大学では外科学講座のくくりでリクルートを行っていますが,令和5年は外科系の5科合わせて,既に40人弱を確保しています,総数としては比較的順調だと思っていますが,内訳を見ると乳腺外科と心臓血管外科が増加傾向で,消化器外科は横ばいです.このリクルート活動では,なるべく交流を増やすように心がけています.例えば,毎年6月中旬に行う外科学講座全体の説明会の後には必ず懇親会を行うようにしていますし,今後さらに交流を増やすための新しい試みとして,令和6年春には運動会を計画しています.乳腺外科に関しては,関連病院の先生方に頑張って勧誘していただいていますが,一番はやはり,自分たちがいきいきと楽しく仕事をしている姿を見せていくことが重要だと思っています.関連病院から研修医が見学に来た際には「絶対に逃したらアカン」との思いで,私は必ず半日ほどの時間を割くようにしています.まず病院の正面玄関に迎えに行くところから始まり,食事の時間には病院最上階のレストランで一時間ぐらい話をして,夕方には私が最後をまとめて「また良かったら来てみてね」という感じで帰しています.また,乳腺外科医が少ない地方病院のリクルートをサポートするための日本乳癌学会の近畿地方会の取り組みとしては,令和4年からバスツアーを実施しています.令和4年は南紀白浜へ,令和5年は琵琶湖へと出かけました.令和4年はツアーに参加した5人が乳腺外科を選んでくれましたので,この取り組みはうまくいっているなと思っています.学生については,二週間を一単位としてポリクリに来るのですが,最初の月曜日に教授室で話をして,最後の金曜日にまた教授室で食事をしながら話をして「何か困ったことがあったら相談に来てね」ということをやっています.外科に興味があっても,敷居が高いと感じている学生が多いと思っていますので勧誘の際にはなるべく敷居を下げることを意識しています.
平松:ありがとうございます.藤川先生は現在行政の立場ですが,本日の参加者の中ではリクルートされた側に一番近い年齢です.当時のことも踏まえながら御意見をお聞かせください.
藤川:大学時代は,初期臨床研修でしっかり内科を見てから,外科系もしくは救急医療に関わりたいと思っておりましたが,最終的には消化器外科を選びました.選んだ理由は三つありまして,一つ目は最終的に疾病を治しているのは外科系の先生たちだなと強く実感したこと,二つ目は将来どうなるかわからない医師人生を考える上で,消化器外科の素養が揺るぎない基礎になるということ,そして三つ目は臨床研修医時代に受けた教育の影響です.臨床研修は聖路加国際病院で行いましたが,消化器外科を回った際に「急性期病院だからといって,急性腹症だけわかればいいわけではない,悪性腫瘍の治療をちゃんとやりなさい」ということで,非常に丁寧に,熱心に教えていただきました.この熱心な先生たちのグループに入りたいと強く思ったことが消化器外科を選ぶ大きな理由となりました.“飲み会”というのは,実は私は好きではなく,誘われても余り行きたくないなというのが正直なところなので(笑),それよりも熱意のある教育によって意識を変えられるのではないかと思います.私がリクルートする立場になった際も教育を重視し,例えば,内科志望の先生に対して,腹腔鏡のトレーニングでタイムアタックをしたり,皮膚縫いをひたすら一緒に教えたりといったことを行って,少しでも外科に興味をもってもらえるような工夫をしました.結果,当初は外科に興味がなかった先生が外科に入ってくれたこともあったので,外科医を増やすためには,やはり早いうちの教育が一番重要だと思います.
本年4月「医師の働き方改革」施行本制度の意図と各大学の対応状況
平松:続いて,「医師の働き方改革」について議論したいと思います.まずはこの制度について,厚生労働省の藤川先生より御説明いただけますでしょうか.
藤川:令和6年4月から医師の時間外・休日労働の上限を規制する「医師の働き方改革」関連制度が施行され,医師の基本的な上限は年960時間となりました.また特例として,都道府県が指定した医療機関では指定要件となる業務に従事する医師の時間外・休日労働時間の上限を年1,860時間とすることもできるという枠組みになっています.労働者の過労死に致る時間外・休日労働時間の脳・心臓疾患の労災認定基準は2~6か月平均80時間(年換算で960時間)ですから,その基準と比較すると,年1,860時間というのは少し驚く時間数です.ただ,これまでのわが国の医療は医師の長時間労働によって成り立ってきた背景がありますし,2040年までは高齢者が増え続けて医療需要の増加が見込まれていますので,最初から一気に一般労働者並みの制限をかけるのではなく,まずは特例的な上限水準を設けて,今後は地域医療の実情に合わせながら,段階的にゆっくり下げていこうという考え方になっています.年1,860時間以下の時間外・休日労働が可能となる「B 水準」(地域医療確保暫定特例水準)については,2035年度末目標で解消を目指していますが,コロナのような感染症の流行や予期しない自然災害などが起きる可能性や,医師の地域偏在解消などの状況もかわってくるので,その進め方などについては、今後も議論が必要だと思っています.なお,「B水準」が適用された施設で働く先生たちに対しては,休息を事前に確保する「勤務間インターバル(9時間)」を遵守することを管理医療機関側に義務付けていますので,長時間働く先生たちの健康を手厚く管理する制度となっています.厚生労働省としましては,先生たちに休息を意識した働き方に変わっていただくことがスタートだと思っており,“医師の健康も守りつつ地域の医療も守るための制度”であることをご理解いただきたいと思います.
平松:藤川先生は,外科医として働いていた経験がありますが,その経験から今回の制度について何か付け加えることはありますか.
藤川:私の個人の考えとしては,若い世代のうちは最初から最後まで手術に張り付いて参加するのも一つの学びだと思っています.その意味では「C 水準」(集中的技能向上水準:研修などを行う医療機関,時間外労働の上限年1,860時間)の医療機関では,必要な技能研修のためならば長時間労働を特例的に認めるものですので,張り付いて勉強したい人はこの制度をうまく活用してもらいたいなと思っています.
平松:ありがとうございました.病院長でもある馬場先生はどのようにお考えでしょうか.
馬場:まず前提として,例えば胃がんの手術では,開腹から腹腔鏡,そしてロボットへと手術の方法が変化するにつれ,手術時間がどんどん延びています.「医師の働き方改革」を実現するためには,相対的に数が少なくなった外科医で長時間の手術をこなしつつ,勤務時間を削減しなければなりません.このためには様々な工夫が必要ですが,私はまず制度の内容を周知した上で,意識改革を行うことが重要だと考えています.私どもでは,大きくは主治医制からチーム制に変更して,誰かが関わっていれば良いという意識への変革を促しています.チーム制を実現するために,マイクロソフト社の『Teams』を導入して,患者情報等を関係者全員がリアルタイムで把握できるようにしました.また,タスクシフトを促進すべく,医療事務作業補助者や特定行為看護師を増やし,さらに令和3年10月の医療法の一部改正により,診療放射線技師,臨床検査技師,臨床工学技士,救急救命士の携われる業務が増えましたので,この点も現場に周知して,お互いの業務量を減らしていこうという意識に変えています.さらには,患者さんのご家族への周知も行っています.例えば,病状説明等については医師の平日の勤務時間内にさせてほしいということを院内にポスターを掲示するなどして周知を広げる努力を続けています.加えて,当直体制も見直しました.私たちの科の入院患者は80名強で,これまでは夜の当直を二人つけていましたが,それを1人にして,1人はオンコールにしました.なおかつ,看護部に緊急時以外は夜間に医師を呼び出すことのないようにと強くお願いをしまして,呼ばれる回数を減らしています.また,大学病院に勤務していますと関連病院での宿日直がありますが,関連病院が宿日直の許可を取ってないと支援に行けなくなってしまいますので,許可を取ってもらうように働きかけています.最後は,カンファレンスのオンライン化です.週一回は全員が集まりますが,それ以外のカンファレンスはすべて『Zoom』に変更しました.最近ではこれらの意識改革が随分浸透しまして,手術が早く終わった時は皆が早く帰れるようになりました.若手の医師でも20時頃には病棟から出られていると思います.
平松:ありがとうございます.小寺先生の名古屋大学はいかがでしょうか.
小寺:私は若い頃からずっと,外科医の働き方は過酷すぎると思っていました.「医師の働き方改革」で,それがようやく改善されるというのはものすごくありがたいことだと思っています.しかし,この改革にいざ本気で取り組み,厳密にルールを守ろうとすると現在の医療は恐らく崩壊してしまうだろうと思います.ですから,病院管理者としてはどこまでやるのかという判断が非常に難しいですね.最近の病院の会議では超過勤務の申請をいかに上手に減らすかという議論ばかりしていますが,それは本質ではないと思います.また,タスクシフトについてですが,看護師不足の昨今では特定行為研修に出したくても,人手が足りなくて出せないといった事情があって即効性はないと感じています.「医師の働き方改革」について,私個人として総論は大賛成ですが,病院管理者としては非常に苦しい状況に置かれているというのが実情です.
平松:労働時間制限だけを進めると,矛盾点が次々と出てくるということでしょうか.島津先生はいかがでしょうか.
島津:乳腺外科は他の外科領域とは少々状況が異なります.私どもは現在入局者の95%が女性医師のため,「医師の働き方改革」イコール“女性医師が生涯を通じて働けるためのキャリアパスをつくる”という考え方になります.もともと乳腺外科は手術時間が短く,呼出しも少ないため,一般労働者の時間外労働の上限である年720時間を余裕で達成できています.とはいえ,カンファレンスの開始時間を早くする,タスクシフトを推進するといったさらなる労働時間削減のための努力は随時行っています.特にタスクシフトについては,そもそも乳腺外科は外来が多く,しかも検査が多数必要で,患者さん一人にかかる診療時間がどんどん増えているため,医師に事務補佐員をつけて事務作業を減らすようにしています.また,これまでは術後10年を過ぎても当院で診ていましたが,診るべき患者さんの総数を減らすために現在では化学療法が終わってホルモン療法になった1~2年目の時点で紹介元のクリニックに戻すという病診連携を実施しています.当初,われわれは開業医が忙しいため大学病院でできるだけ長く預かり,本当に大丈夫になってから開業医に戻すのがベストだと思い込んでいましたが,開業医との会議で意見を募ったところ,実は開業医としては経営の面から早く戻してほしいという意見が多数でした.ですから,この病診連携はお互いにWin-Winの関係ができた例だと思っています.
女性外科医がもっと働きやすくそして継続して働くために必要なこと
平松:引き続き,女性外科医について議論したいと思います.最近では学会ぐるみのサポートもあり,女性外科医の働く環境が改善されて,とても働きやすくなったと感じています.藤川先生は現在の女性外科医について,どのようなお考えをお持ちでしょうか.
藤川:私が聖路加国際病院の消化器・一般外科に勤務していた際,外科系の専攻医や中堅の女性医師からいろいろな相談を受けていました.結婚したい,子供がほしい,卒年に応じた業績を残すにも不妊治療などを行う場合には仕事と家庭の両立が難しい,という真面目な相談が多いのですが,そういった女性医師たちの中には,別の女性医師の「子供がいるから当直無しでお願いします」といった依頼は納得がいかないと言うこともよく聞きました.女性医師間でギスギスした雰囲気になり,「女の敵は女」といいましょうか,非常に働きにくそうな雰囲気の中で仕事をしている彼女達の様子を目の当たりにしたことがあります.令和3年度の医学部入学者数の4割超が女性となり,今後も女性医師の割合がますます増えていく中で,婚姻状態に関わらずバリバリと頑張りたいという先生もいるでしょうし,子供のお世話をしながらじっくりキャリアを積みたい先生もいるでしょう.置かれているプライベート環境も異なり,また目指すキャリアも異なる女性医師のそれぞれが,それぞれのキャリアに満足いくような職場環境を作るためにどうしたらいいのか,まずはよくお互いに話し合うことが大切なのではないかと思っています.
平松:ありがとうございます.小寺先生が会頭を務められる令和6年開催の第124回日本外科学会定期学術集会では「女性だからこそ外科医を目指す-Sustainableな外科診療のために-」というセッションが企画されています.小寺先生はどのようなお考えをお持ちでしょうか.
小寺:私どもの医局でも常時3~4名の女性医師が活躍しています.セルフ・プロモーションも含めて,ご自身のキャリアをうまく追求できている先生が多い印象です.実は最近,ライフイベントの相談をしてくる男性医師が増えてきました.具体的には,配偶者も働いているので自分が子供の送り迎えをしなければならないというレベルから,配偶者がキャリア上重要な時期を迎えているので自分が在宅で子供の面倒を見なければならないといった相談までありました.現在は性別を問わず,個々の事情への対応を真剣に考える時代であって,男性医師でも仕事を休まなければいけないことが起こり得ると強く痛感させられています.そういった個人の事情で一定期間は働けないという人に私は大学院入学を勧めています.通常勤務ができない時期には診療から離れて研究に専念できるように調整できる.研究なら配偶者が家にいられるときに出てきてやればいいし,大学に来られない時期があっても家でできることもある.勤務医ではそうはいかない.それでも困る場合には一緒に考えようと言っています.
平松:令和5年に私どもの病院でも初めて男性外科医が育休を取得しました.それはとてもウェルカムなことで,そういう人が出てくると医局全体のイメージや考え方が変わります.先頃までは,女性を支援しなければいけない・守らなければいけないという考えが前面に出すぎて,逆に男性からは批判的な意見が言えない風潮があったように思いますが,最近やっとイーブンな状態になって,お互いに思ったことが言えるようになってきたかなという印象を持っています.馬場先生のお考えはいかがでしょうか.
馬場:私の教室では,女性にも男性にも,どんどん育休を取得させています.最近では若い男性ほど取りたいと言ってきますね.先ほどの藤川先生のお話の中で「女性の敵は女性だ」というお話がありました.実は以前,大学の隣の部屋が産婦人科の教授の部屋だったことがあり,その方とよくそういった話をしていました.産婦人科は8割程度が女性医師で,結婚して子育て中の女性医師と,独身で当直をして田舎の関連病院にも行けるといった女性医師との間のやりくりが非常に難しいということでした.私の娘は既婚者で産婦人科医なのですが,まだ子供がいないため,急患にも全て対応しています.そういう現状を見ると,働き方にしわ寄せが来る人たちと, “ライフ”の方に重きを置く時短勤務の人たちがいる中,両方の人がうまくいく制度を早急に作るべきだと強く思います.そしてその制度内容を考える際には,諸外国の例を参考にすべきだと思います.例えば,私の教室から毎年留学生を送っているフランスのポールブルース病院では半数以上が女性外科医です.また,スペインのある地区では8割が女性外科医です.なぜ,これらの国で女性外科医が活躍できているかといえば,定時にきちんと帰るという制度があるからです.わが国で誰もが同じ条件で働くことができて,定時に帰れるという状況まで早々に持っていく必要があると思います.それから,大学病院特有の問題として,大学病院の中では時短勤務の女性医師を数でカバーできても,関連病院に出た際に外科医の数が少ないところでは時短で働きにくくなり,家庭の事情で市外にある田舎の病院には行けない・行きたくないという人もいるといったことがあります.この調整には非常に苦労しています.いずれにせよ,女性医師たちのスキルアップやキャリア継続のためには,個別の事情に合わせた“処方箋”を書かなければいけないと思っています.それぞれの女性医師に一番良いと思われる処方箋を用意することで,女性外科医が辞めずに続けていける体制になると考えています.
平松:確かに,高難度手術に挑戦したい人もいれば,時間の短い手術をメインにやっていきたいという人もいるわけですから,それぞれの希望に応じた環境作りをすることが必要ですね.島津先生のところは,ほとんどが女性医師ということですが,いかがでしょうか.
島津:大阪大学の乳腺外科の医局では,2022年までの10年間で女性医師の産休・出産・復職が22件ありました.私が医局長を務めていた2010年頃から徐々に発生し出して,その当時は一人が産休に入ってしまうと,人員のやりくりが本当に大変でした.ところが,2015年頃に産休所得者の全体の数が増えてくると状況が大きく変わり,例えば3人が同時に産休を取得しても,3人が育休から帰ってくるといった好循環が生じるようになりました.現在もその好循環が続いていまして,産休取得者が出てもほとんど影響がありません.それから,私どもの女性医師の結婚率は現在約8割で,子供のいる先生の方が多数派だからだと思いますが,これまでの話に出ていた子供のあるなしで生じる科内の軋轢といったものは感じたことはありません.逆に,女性医師同士で助け合いながらうまく調整できている印象があります.例えば,女性医師の当直について,当医局は女性の助教が3人いて,3人とも子供がいるのですが,2人が当直しています.これは当直をする2人のパートナーが必ず家にいる日があり,その日なら当直ができるからということです.当直ができない人は土日曜の日直担当になるため,助教の2人はそれよりも平日の当直をやりたいということです.今後の課題ですが,これだけ女性医師が増えてくると,次は女性医師が管理職になる時代が来ると思います.私どもの3人の助教は子供のために早く帰ってしまいますが,これは非常に困ったことだと思っています.というのも3人の助教は,出産前の大学院生の頃は夜遅くまで研究をしていたのですが,子供が生まれた途端に論文を余り書かなくなってしまいました.今後,女性医師の管理職を作っていくためには,パートナーの男性が育児や家事にもっと時間を割くようになってもらいたいと思います.そうすれば女性医師が勤務時間を短縮する必要がなくなり,子育て中でもキャリアを伸ばしていけるようになります.女性医師には優秀な人がたくさんいますが,これを私は“日本の埋蔵金”のようなものだと思っています.“埋蔵金”を掘り起こして,能力をさらに向上させることができれば,女性医師の管理職が増えて日本の医療は益々進化していくと考えています.
平松:島津先生がおっしゃったことは非常に大事で,これまでは女性医師支援というと,子育てを支援するために時短勤務にするとか,当直を免除しようとか,そういうことになっていましたが,本来は女性のキャリアアップを支援するべきですよね.有意義な御意見をありがとうございました.
シニア世代の外科医がますます活躍する時代が訪れる
平松:次に,シニア世代の外科医のキャリアについてうかがいます.民間企業では定年後の再雇用や定年の年齢引上げなどが行われていますが,医師は事情が異なると思いますし,外科医はさらに特殊な感じがします.今般の外科医不足の中,シニア世代の先生方にどのように活躍していただくか,皆さんの御意見をお聞かせください.
馬場:私は令和6年3月で定年退職になりますので,まさしく自分が今置かれている立場だと思います.今後の日本は働く世代の数がどんどん減っていきますから,日本社会や経済を回していくためにはシニア世代の活躍が求められるのは当然だという認識でいます.今後の医療界で,シニア世代の外科医がどのように貢献できるのかと考えますと,外科医は全身管理ができるという特徴がありますので,例えば,術後管理や緩和ケアなど,多様な領域でまだまだ活躍する余地があると思います.シニア世代の外科医の未来は明るいと強く感じています.私自身の退官後は管理職というよりも,患者さんに接していたいという希望があります.患者さんと接することが自分の心の一番の癒やしにつながるのかなと思っています.
小寺:ロボット手術が主流になって思うのは,体が楽になったということです.これまでの外科医は首や腰を悪くしてしまい,比較的若い年齢で手術から離れてしまう人がたくさんいたと思うのですが,今後はそういう人が減っていくでしょうし,ソロサージェリーである程度できるようになってきています.ですから,外科医が足りない時代が来るのであれば,ロボット手術に対応できる人が,今よりも長い期間,手術をするようになる気がしています.私自身は,定年後も何かしら貢献していきたいなとは思っています.ただ,どこまで続けるのかという問題がありまして,令和4年のThe American College of Surgeons(ACS)のセッションで大変興味深い話がありました.リタイアメントがないアメリカで辞め時を間違ったらどうなるかという内容で,皆に花束をもらって辞めるやり方もあれば,皆に石を投げられて辞めることもあるということでした.私自身にもこの先いろんなことが起こり得るなと思いまして,自分は石を投げられながら辞めたくないなと強く思いましたね(笑).
島津:もしよろしければ,乳腺外科,あるいは以外でも定年間際の先生には私どもに相談していただきたいなと思っております.と言いますのも,現在,乳腺の高度な手術は行わず,検診や外来を主に行う乳腺クリニックを開設したいという相談が私のところに複数ありまして,そういうところへシニア世代の先生に行っていただけたら,病診連携がもっとうまくいくのではないかと思っています.それから,日本乳癌学会は現在65歳前後の会員が非常に多くいますので,その先生たちが急に辞めると「現場がえらいことになる」と思っています.ですから,一定数は手術も続けるかたちで残っていただきたいと思っています.また,ある市民病院では,65歳くらいの先生を再雇用して,女性医師ばかりの科に入っていただき,“パパさん的”な役割で女性医師を心理的にサポートする仕事をされている方がいます.このようにいろいろな活躍の仕方がありますので,現在のシニア世代の方々にはまだまだ働いていただきたいと思っています.
藤川:行政の立場で申し上げたいのは「医師の働き方改革」は,医師が健康で長く働き続けるための施策でもあるということです.過重労働で心血管疾患を患ったり,メンタルに不調を来してキャリアを中断せざるを得なかったりといった先生を一人でも減らせるようにしていきたいと考えています.また,外科医の育成という観点で,質の高い外科手術を持続していくためには,いわゆる医療機関の“集約化”が重要だと思っています.また,わが国の医療を維持・向上させていく先生たちを育てる外科教育の場面で,シニア世代の先生に引きつづき御活躍いただきたいと考えています.また,これまでの先生方のお話を聞いて思ったのは,やはり若い頃から手術やメス以外の勉強もしっかりしておくべきだなということです.“全身を診る”という修練を受けた外科医のキャリアは,他の分野でも活躍の余地が多数あります.例えば,医療機器に興味があれば,産学連携の結果,新製品開発に携わることができるでしょうし,データヘルス時代には統計学的な分析技術を生かすこともできます.私のように行政の仕事に携わるのも一つの在り方だと思います.いつかメスを置かざるを得ない状況になった時のためにも,外科医としてのアイデンティティを生かすため若い頃から準備しておく必要があると思います.
外科医の誰もが輝くために明るい未来へ向けての提言
平松:最後に「誰もが輝ける外科の未来」について,一言ずつお言葉をいただけますでしょうか.
馬場:“誰もが輝き続ける”という言葉は,外科医にこそしっくりくる言葉だと思います.私は外科医ほど魅力的な職業はないと学生に常々言っています.例えば腫瘍内科では,医師と患者さんとの間には薬物が介在しますし,放射線診断科・放射線治療科では放射線が介在します.ところが,外科医と患者さんを結ぶ間には何もなく,外科医の持つ知識・経験・技術が患者さんのその後の経過を決定します.その分,喜びも悲しみも多く経験することになるかもしれませんが,この喜怒哀楽の振れ幅を感じられる,人間的な魅力にあふれた職業が外科医だと思います.若い世代の方にも是非この魅力を理解していただき,もっと多くの方が外科に入っていただきたいと思います.また,女性医師が増えて外科医の総数も増えることで,性別を問わずに育休などが取りやすくなって,外科医の“ライフ”がさらに充実する時代が到来することを期待します.私は令和6年に定年を迎えますが,まだまだ働きたいですし,生涯現役で行きたいと思っています.ずっと貢献していける外科医をもっと増やして,外科医療をもっと国民のために広げていきたいですね.
小寺:馬場先生が言われたように,外科医はとても魅力的な仕事だと思います.それはわかっていながら,若い先生には「でもちょっと……」と言われることが多いのも確かです(笑),もう少しアクセシブルな業務になって,外科の世界に入りやすくなるといいなと思います.技術の進歩で患者さんにとっての侵襲は低くなりましたが,外科の仕事も侵襲が低くなって欲しいですね.それから“誰もが輝く”ということですが,どうしたら個々の外科医が“輝いた”と思えるのかも多様であっていいと思います.皆が超高難度手術をかっこよくこなす必要はなく,それぞれの考えで自分が輝いたと思えればいいわけですから,これは実現可能かなと思います.
島津:“誰もが輝ける”ためには,まず女性医師が活躍できる土壌を育てることが重要だと考えます.実際,私どもでは土壌を少しずつ育んだことで,それがだんだんと医局全体の常識になっていきました.女性医師が働きやすい環境は,イコール男性医師の働きやすさにもつながります.女性医師が生涯を通じて活躍するためには,男性パートナーの育児・家事参加が欠かせません.子供と過ごす時間が増えれば,男性の“ライフ”も明るくなります.「医師の働き方改革」施行によって医療界に更なるパワーが出てくると期待しています.
藤川:本日,私が強く思ったのは,“誰もが輝ける”ために,お互いを認め合うような歩みよりが大切だということです.若手医師の「こうしたい」「こうやりたい」という意見を年長者が否定したり,先輩等からの「こうした方が良い」に対して,若手医師が「絶対嫌です」と拒絶したりということはせず,外科を魅力のある職場だと思ってもらい,“誰もが輝ける”ためには,世代や職種,意見の違いを乗り越えて,皆が輝けるようにするためにはどうしたらいいかということを常に考えながらやっていく必要があるなと思いました.外科医になる入り口のところで「ここ(外科)でもやっていけそう!」と好奇心いっぱいに思ってもらいたいので,まず医学生や臨床研修医から丁寧に話を聞くことをこれからも続けてほしいなと思います.
平松:皆様,貴重なお話をありがとうございました.本企画では今回の座談会を端緒とし,すべての外科医がハッピーになれるように,そして外科のやりがいや魅力を広く伝えていけるように今後も尽力したいと思います.本日はありがとうございました.
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