日外会誌. 125(1): 3-4, 2024
先達に聞く
NCDデータを利用した血管外科分野における全国規模研究
日本外科学会名誉会員,名古屋大学名誉教授,福岡県済生会八幡総合病院 古森 公浩 |
第123回日本外科学会定期学術集会は東京慈恵会医科大学大木隆生教授会頭のもとで開催され盛会裏に終了しました.コロナ禍が規制緩和され,現地での対面形式を主軸とした4年ぶりの通常に近い形式での開催でした.久方ぶりに会員の皆様にお会いでき,通常の対面形式での通常学会の素晴らしさを改めて感じました.
大木教授は外科学講座統括責任者ですが,専門は血管外科です.血管外科が専門の外科学会会頭といえば第94回を主催された東京医科歯科大学三島好雄教授以来29年ぶりであり,私ども血管外科医にとりましてもこの上ない喜びでありました.
血管外科領域における血管病治療には外科手術と血管内治療,そしてその二つを組み合わせたハイブリッド治療があります.大谷選手のお陰で“二刀流”という言葉を耳にしない日がないほどですが,この20年で血管外科領域における目覚ましい治療のパラダイムシフトが起こり,血管外科医は手術と血管内治療,二つの手技を習得しなくてはならなくなりました.非常に大変ではありますが,やりがいのある,まさに“二刀流”の治療を行える専門性の高い魅力ある分野です.
日本血管外科学会では,新たなエビデンスを構築し,会員に有益な情報を広く共有することを目的として,National Clinical Database(NCD)データを活用した血管外科領域の研究を推進しています1).日本血管外科学会が血管外科症例のNCDデータを利用する最初の試みの一つとして,“感染性腹部大動脈・総腸骨動脈瘤の治療と予後に関する後向き研究”を行いました2).また次に“膝窩動脈捕捉症候群の術式と予後の検討”を行い3),現在,“破裂性腹部大動脈瘤に対する開腹手術とステントグラフト内挿術の治療選択に関する全国多施設観察研究”を行っています.
また日本血管外科学会はJAPAN Critical Limb Ischemia Database (JCLIMB)を設立しました.近年,臨床現場において包括的高度慢性下肢虚血(Chronic Limb-Threatening Ischemia : CLTI)患者を診療する機会が増加してきており,その治療成績向上に向けての取り組みが重要かつ緊急の課題となっています.また日本では糖尿病,透析症例が多い,諸外国とは違う特徴があります4).JCLIMB は保存的治療も含めて診療した CLTI 患者の患者背景,治療内容,早期予後,遠隔期予後を登録するNCDを基盤としています.JCLIMBの概要は(1) 診療したCLTI 患者をデーターベースに登録し,遠隔期まで追跡,分析することで,日本における CLTI 患者の全体像,CLTI 治療の現状を明らかにする.(2) 様々な治療法を遠隔予後から評価することで,CLTI に対するわが国のガイドライン作成につなげ,増加しているCLTI 患者に対する診療の質を向上させる,ことです.2013年から2016年の間に血行再建術を受けたCLTI患者連続例をJAPAN Critical Limb Ischemia Database(JCLIMB)を用いて,CLTI患者における血行再建術30日後の治療成績に関するリスク予測モデルを作成し報告しています5).
また血管外科医の非常に大事な疾患に大動脈瘤があり,その代表的な治療法としてステントグラフト治療があります.日本では企業製造ステントグラフトの薬事承認を受け,日本ステントグラフト実施基準管理員会(Japanese Committee for Stentgraft Management : JACSM)が2006年12月に設立されました.そして同管理委員会は,“腹部大動脈瘤ステントグラフト術(EVAR)”の実施医,指導医,実施施設に関する基準の審査手順とこれに必要な書式を作成し,2007年6月より審査を開始しました.また,2008年3月より「胸部大動脈瘤ステントグラフト実施基準」に則り,その実施医,指導医および実施施設に関する基準審査を開始しました.
実施医には基本的に全例登録を義務付ける形でレジストリーの構築がはかられてきました.その最大の目的は,「データを収集分析することに,当該治療法の安全性の確立と質の向上をはかるとともに,その結果を一般公開して国民の医療知識を醸成し,以って福祉健康の増進に寄与することを目的とする」ことです.2010年に JACSM の introduction およびpreliminary dataを示した論文が報告されました6).2019年には腹部大動脈ステントグラフトの一部のデータを論文化し7),本委員会からは,overview 的な位置付けとしての上記2既報,および胸部ステントグラフトに関しての outcome に関する論文を2021年に掲載することができました8).また2019年から日本ステントグラフト実施基準管理委員会のデータを用いた臨床研究を全国公募しており,そのうちの一つが持続性Ⅱ型エンドリーク(p-T2EL)とEVAR術後の動脈瘤拡大,再介入,破裂,腹部大動脈瘤関連死亡などの晩期有害事象との相関を明らかにし報告しました9).
本稿では日本における代表的な血管外科症例の全国規模のレジストリーを日本外科学会の会員の皆様に紹介させて頂きました.これらの全国規模の血管外科領域のデータを利用して日本から世界への発信が今後も増加することを期待しています.
利益相反:なし
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