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日外会誌. 124(4): 365-366, 2023

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(133)

―待合室で患者に診療経過を伝えたことがプライバシー侵害とされた事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
美容医療, BNLS(脂肪溶解注射), 個人情報, プライバシー

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【本事例から得られる教訓】
待合室などにおいて,患者に対し診療内容,あるいは処方した薬剤等を,他の患者にも聞こえるような態様で伝えると,プライバシー侵害という不法行為に該当する可能性もある.十分に留意したい.
1.本事例の概要(注1)
今回は,看護師が他の患者もいる待合室において,患者に診療内容や経過を伝えたことがプライバシー侵害に該当するとされた事例である.
患者から過去の診療内容等について待合室で質問され,医療スタッフが回答するようなケースは,どの医療機関においても生じ得ることであり,外科医の関心も高いと思われることから紹介する次第である.
患者(女性・年齢は不明)は,平成29年頃から雑誌のモデルやレースクイーンとして芸能活動をしているが,平成27年頃から,本件クリニック(以下,単に「クリニック」)で,顔の脂肪を除去するためにBNLS(脂肪溶解注射)を受けるなどしていた.
平成29年6月3日,患者はクリニックを受診した際に,担当医に,これまでに受けたBNLSの施術歴について,どの箇所に何回受けたかを尋ねた.これを受け,待合室で看護師が患者に対し,手元のメモを参照しながら,どこに何回打ったのかを口頭で伝えた.その声量は,特に小声での伝達が意識されたものではなく,当時,待合室には,患者の他に少なくとも一名の来院者がいた.患者は,周囲に聞こえるのを嫌がり,メモを見せてもらうように求めたが,看護師はこれに応じずに,先ほどよりやや声量を増して,再度口頭で繰り返して,その場を立ち去った(以上は判決で認定された事実経過である).
2.本件の争点
患者は,クリニックの看護師が待合室にいる患者に対し,その周囲に他の患者がいたにもかかわらず,周囲に聞こえるような大きな声で,BNLSをどこに何回注射したか伝えてきたため,周囲の者に患者の施術歴を聞かれた(以下,「本件漏洩行為」)と主張した.
クリニック側は,待合室で患者に施術歴を伝えたこと自体は争っていなかったが,伝えた施術歴の内容や声の大きさ等を争った(注2).
3.裁判所の判断
本件では,患者の主張を裏付ける主な証拠は,患者本人の供述となるため,法廷での患者の供述の信用性が詳細に検討された.
裁判所は,患者が供述している内容と,患者が直後に担当医と会話した内容(患者と担当医が会話をしたことについては客観的な証拠が提出されているようである)が全体的に符合していることや,患者が看護師から,BNLSを顎に何回,鼻に何回打たれたといった説明をされたと供述している点について,美容整形であることから,単に時期と回数だけを確認しても意味がなく,施術箇所と箇所ごとの回数まで確認してこそ,今後施術を必要とする箇所および回数の見込みの判断に資するというべきであるから,患者の供述は合理的である等して,患者の供述は十分に信用できるとした.
一方で,患者に施術歴を説明したというスタッフも法廷で供述したが,クリニック側の主張と整合しない供述などがあり,裁判所は,当該スタッフの供述は信用性を認めがたいとして,最終的に看護師による本件漏洩行為はあったものと認定した.
そして裁判所は,本件漏洩行為については,一般人の感受性を基準として判断すれば,本件漏洩行為により開示された患者の施術歴およびその内容は,他者に開示されることを欲しないであろうと認められる事柄に当たるとして,看護師の本件漏洩行為により,患者のプライバシーが侵害されたと認定し,慰謝料3万円が認められた.
4.本事例から学ぶべき点
今回,本事例を取り上げたのは,本件のように待合室で患者から質問を受け,当日や過去の診療経過等について説明するといった光景は,どの医療機関でもみられ得る日常的な光景であると思われたためである.
医療スタッフからすれば,患者からの質問に親切に回答しているだけという認識や,厚意で丁寧に説明しているという認識しかないかもしれない.
しかし,そうした医療スタッフの回答等も,回答の内容によっては注意が必要で,診療した部位や医療行為・施術内容等によっては,患者の立場からすれば,他者に聞かれたくないと感じる内容が含まれ得る.そのような場合,他の患者が聞こえるような場所や声の大きさで説明をしてしまうと,患者のプライバシー侵害に至ってしまう可能性がある.たとえば本事例は美容医療の領域に関する事例であるが,美容医療をイメージすると,患者が施術内容を他者に知られたくないと感じる場合があり得ることは想像に難くないのではないだろうか.もちろん美容医療に限らず,外科においても,診療した身体の部位や疾患名,医療行為の具体的な内容によっては,プライバシーへの配慮がより必要とされるようなケースもあろう.
また,過去の医療行為や施術歴の他にも,たとえば処方した薬剤の名称等についても,患者によっては他者に聞かれたくないと感じるものもあるかもしれない.
医療スタッフは,患者に対し疾患や医療行為について説明するのが日常的な業務になっているだけに,その説明内容がプライバシー侵害になり得るという意識は,あえて常に念頭に置いておきたいところである.
さらに,個人情報の観点から例を挙げると,患者を診察室に呼んだ際,前の患者の医療記録が机の上に残っていたり,前の患者の診療情報がモニター画面に映ったままになってはいないだろうか.
本事例は,医療スタッフが普段の業務や言動の中で,患者のプライバシーについて配慮ができているかについて,振り返りの機会を与えてくれるもののように思われる次第である.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 東京地裁 令和2年6月24日判決.
注2) 本件については,患者がインターネットに投稿した内容が事実に反しクリニックの名誉権を侵害したとしてクリニック側から先に患者に対し訴訟提起し,患者はその後に反訴という形でプライバシー侵害の主張をしていたという事情があり,クリニックと患者の間で激しい感情的な対立もあったことが推測される.

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