日外会誌. 124(2): 168-171, 2023
特集
糖代謝異常と外科医療
4.人工膵臓療法の現状と展望
1) 高知大学医学部 外科学講座 北川 博之1)2) , 宗景 匡哉1) , 前田 広道1) , 並川 努1) , 花﨑 和弘1)2) |
キーワード
人工膵臓, 周術期血糖管理, 重症低血糖, 血糖変動, Time in range
I.はじめに
重症患者や周術期患者は,ストレスによるサイトカインの変動や,カテコラミン分泌などによる耐糖能低下に加えて1),ステロイドや栄養療法などの医療的介入に伴う高血糖が生じやすいため2),インスリンを用いて管理する必要がある.従来,血糖値とその変化を元にインスリン量を調節して皮下注射,あるいは静脈注射を行うスライディングスケール法が行われているが,欠点として,インスリン量の間違いを主としたヒューマンエラーと,インスリン過量投与による重症低血糖,さらにはその対策に要する労働負荷の問題がある3).Closed-loop型人工膵臓は,それらの問題を解決できるため,重症患者や術後患者の血糖管理での使用が普及しつつある.
II.Closed-loop型人工膵臓の仕組みと 基礎実験
Closed-loop型人工膵臓は,患者の末梢静脈血を少量持続的(2mL/h)に採血しながら,グルコースセンサーで血糖値をリアルタイムに測定する.さらに,測定した血糖値と血糖変化率に基づくアルゴリズムを利用して,設定した目標血糖域を維持するようにブドウ糖またはインスリンを注入する4).基礎研究では,膵全摘を施行した大型犬に対して,術後3日間Closed-loop型人工膵臓を用いて,目標血糖値90~110mg/dLで血糖管理を行った.その結果,低血糖を生じることなく,ほぼ目標血糖域での管理が達成可能であった5).また動物実験で間欠的に従来の測定器で測定した血糖値との誤差が21%以内であることなどを確認し6),2010年に現行のClosed-loop型新型人工膵臓STG-55TM(日機装株式会社)の開発,販売に至った7).
III.Closed-loop型人工膵臓の臨床応用と現状
われわれはこれまで消化器外科手術の中でも特に侵襲が大きく,周術期の血糖変動が大きい肝切除,膵切除,食道切除術において,Closed-loop型新型人工膵臓を用いた周術期血糖管理を行ってきた.その結果,Closed-loop型新型人工膵臓を用いた血糖管理は,従来のスライディングスケールを用いた血糖管理法に比べて,肝切除,膵切除後のSSIの発生頻度抑制効果,その結果として,肝切除術後入院期間の短縮,入院費用の削減効果が示された8).特筆すべきは,従来から行われている血糖管理法の最大の問題点であった低血糖発作を回避できた安全性と,高い目標血糖値達成率,および血糖変動の少ない安定性である9).
一方で,以前は人工膵臓療法に診療報酬がついておらず,臨床研究として行っていた.そのため装置の準備などを医師が臨床に並行して行うなどの負担があった.そこでわれわれは,看護師や臨床工学技士に教育を行い,人工膵臓療法における問題点の洗い出しと解決に取り組んだ.特に,装置の準備後のダブルチェック,使用中の脱血不良による停止やアラームの対応についてのマニュアルを作成した.また,人工膵臓関連学会協議会による活動と厚労省への要望を経て,2016年の診療報酬改正で人工膵臓療法が保険収載された.そして従来外科医が行っていた装置の準備や治療中の管理を臨床工学技士や看護師が行うチーム体制を構築した.現在日本人工臓器学会において,人工膵臓ハンズオンセミナーが開催されており,多職種での人工膵臓療法の取り組みに向けて教育啓蒙が行われており,2024年から始まる医師の働き方改革に向けた取り組み(タスクシフト)にもつながっている.
IV.Closed-loop型人工膵臓療法の展望
今後人工膵臓療法がさらに普及,発展していくためには,臨床的有用性を示すエビデンスの蓄積が不可欠である.
日本外科感染症学会のガイドラインでは,術後SSI対策として,血糖値を150mg/dL以下にすることが推奨されているが,その期間や血糖変動についての推奨は示されていない10).Closed-loop型人工膵臓療法の利点は,血糖変動が小さいことと,低血糖リスクが低いこと,そして連続血糖データを得られることである.これらの強みを生かして,従来の血糖管理法では示されなかったエビデンスの創出が求められている.例えば,近年では持続血糖測定における血糖値が目標域に管理されている時間の割合:Time in range(TIR)の重要性が報告されており,TIRの低下は,網膜症や微量アルブミン尿などの糖尿病性合併症11),さらには心血管系合併症や予後12)と相関することが報告されている.2019年米国糖尿病学会学術集会において,持続血糖測定の管理目標としてTIRに関するコンセンサスレポートで病態別の目標が示された13).これによると,1型または2型糖尿病では70〜180mg/dL のTIR >70%が目標だが,高齢または高リスクの1型または2型糖尿病では70〜180mg/dLのTIR >50%,180mg/dL未満のTIR <50%と許容しており,病態に応じた目標値が示されている.われわれの過去の検討では,代表的な高侵襲手術である食道切除術後でも,Closed-loop型人工膵臓を用いた血糖管理のTIRは78%以上と良好であった14).今後周術期・重症患者においても,人工膵臓による連続血糖値から感染性合併症防止に最適なTIRが示される可能性がある.
また,1型糖尿病患者に使用される人工膵臓は,携帯可能で患者の負担も少ないが,皮下組織液から血糖値を推算する仕組みになっており,周術期に大きく変動が生じる血糖値に対してはタイムラグを生じるため15),リアルタイムで血糖値を測定するには,現状ではベッドサイド型人工膵臓が適している.今後さらなる装置の軽量化により,ベッドサイド以外でもClosed-loop型人工膵臓が携帯可能となれば,術後一定期間,安全で高精度な血糖管理が行えるかもしれない.
さらに,近年は様々な分野で人工知能の応用が試みられており,人工膵臓も例外ではない.1型糖尿病患者では食事などによる血糖値の上昇とインスリンの投与が最適なタイミングで行われる必要があるが,Tylerらはインスリンと炭水化物の生理的吸収モデルをRecurrent Neural Networkを用いた機械学習アルゴリズムの前処理工程に組み込み,そして血糖値と血中インスリンおよび炭水化物濃度の推定値の間の関係をディープラーニングで学習することで,60分間の血糖値の最適な予測を行うための,インスリンと炭水化物の吸収曲線を推定するモデルを報告した16).1型糖尿病症例に対する血糖変動予測には,腸管からのグルコース吸収および全身へのグルコースの分布,末梢におけるグルコース利用率,腎グルコース排泄率など,グルコース濃度の経時変化に関する日常の不規則な食事の吸収や代謝を考慮する必要があるのに対して,周術期患者においては,ほとんど一定の速度でグルコースが投与されるため,より容易に血糖変動予測モデルを構築できるかもしれない.現在の人工膵臓は,現時点での血糖値と過去の血糖変化率を元にアルゴリズム構成されているが,今後人工知能を利用して血糖値の未来予測が追加されれば,さらに質の高い血糖管理ができる可能性がある.
V.おわりに
周術期管理・重症患者におけるClosed-loop型人工膵臓療法は,高い安全性とTIRが得られる一方で,装置の軽量化と,蓄積される膨大なデータの活用という課題がみえてきた.現在急速に発展している人工知能を活用した新たな展開と新知見が期待される.
利益相反:なし
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。