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日外会誌. 123(5): 403-408, 2022

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特集

低侵襲膵切除術の進歩

5.腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術

東京医科大学 消化器・小児外科学分野

永川 裕一 , 小薗 眞吾 , 瀧下 智恵 , 刑部 弘哲 , 三塚 裕介 , 中川 暢彦 , 本多 正幸 , 林 豊 , 石崎 哲央

内容要旨
腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(Laparoscopic pancreaticoduodenectomy ; LPD)は,内視鏡手術のエキスパートによって良好な手術成績が報告されているが,難度は高く,その治療成績は術者の手術経験数や施設症例数に大きく影響する.このため各施設における導入時の安全性の確保が大きな課題であった.本邦ではシステム化された安全管理体制や厳しい施設基準,各専門医・認定医制度により,各施設において安全にLPDが導入されている.一方で,ロボット支援手術の普及に伴い,低侵襲膵頭十二指腸切除術(MIPD)を行う上でロボット手術の有用性が報告されるようになった.現在,多くの外科医は高度な縫合技術を必要とするMIPDは,腹腔鏡下手術でなくロボット手術が主流になると考えるようになってきている.本邦では2020年にロボット支援膵頭十二指腸切除術が保険収載され,更なる普及が期待されている.今後,さらに進化したロボット手術の開発が予想され,MIPDを行う上で腹腔鏡下手術は一部のエキスパートでのみで行われる手技となるかもしれない.

キーワード
腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術, 膵頭十二指腸切除術, 低侵襲手術, ロボット支援膵頭十二指腸切除術

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I.はじめに
腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(Laparoscopic pancreaticoduodenectomy ; LPD)は.各領域での内視鏡手術が普及していく中,2010年頃より海外の内視鏡手術のエキスパートによってLPDが行われるようになった1)3).主要施設におけるLPDの治療成績は良好であったものの4),膵頭部周囲の解剖は複雑であり切除の難度は高く,膵再建では極めて高度な内視鏡手術の技術が必要であり,各施設における導入時の安全性の確保が大きな課題となった.本邦では高難度新規医療技術における導入プロセスが厚生労働省や日本外科学会により示され,厳しい施設基準のもと2016年に郭清を伴わないLPDが保険収載された.2020年には郭清を伴うLPDが収載され,主要施設を中心に徐々に行われるようになった.施設基準では関連学会との連携のもとLPDを施行することになっており,学会にて確立された導入プロセスにより本邦では安全にLPDが施行されている5).一方で,ロボット支援手術の普及に伴い,LPDと比較しロボット支援膵頭十二指腸切除術(RPD)の有用性が報告されるようになった6).現在では高度な縫合技術を必要とする低侵襲膵頭十二指腸切除術(MIPD)は腹腔鏡下手術でなくロボット手術が主流になると考えられるようになっている7).本邦では2020年にRPDが保険収載され,ハイボリュームセンターを中心に行われるようになっており,MIPDにおける腹腔鏡下手術の位置づけを考え直す時期にある.本稿では現在まで報告されたLPDの治療成績とその現状について解説する.

II.腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術の手術成績
LPDは1994年にGagner and Pompによって世界で最初に報告されたが,当時の内視鏡手術器具は十分ではなく,推奨できない手術として結論づけられた8).その後,内視鏡手術のエネルギーデバイスが開発され,様々な消化器外科手術で腹腔鏡下手術が普及して行く中,2007年にPalaniveluら1),2010年に米国のKendrickら2),2013年に韓国のKimら3)が LPDの良好な手術成績を報告し,海外のエキスパート中心に行われるようになった4)9)10).単施設からの報告では,術中出血量の減少や手術部位感染率の低下,入院期間の短縮などLPDの有用性が示された11)14).加えて,エキスパートによって施行された開腹膵頭十二指腸切除術(OPD)とLPDを比較した単施設での二つのランダム化比較試験(RCT)では,LPDの入院期間の短縮などLPDの有用性が報告された(表14)15).一方でLPDはOPDよりも大幅に手術時間が延長することが報告されている9)16).術後合併症率に関する検討では,LPDはOPDと比較し,術後膵液瘻発生率が高くなる報告があるが,メタアナリシスによる検討では膵液瘻や胆汁漏発生率においてLPDとOPDの間に差はなかったと報告している9)
LPD導入時の安全性を懸念する報告もされている.米国のNational Cancer Databaseの分析では,2010年から2011年にPDが施行された7,061例において,2年間でMIPDが10例以下の施設の術後死亡率は開腹手術よりも高かったと報告している17).Learning curveに関する検討では,中国の多施設におけるLPD 1,029例の解析にて,手術成績が安定するまで104例を必要とすると報告された16).単施設からの報告では,韓国のKimらはLPD導入から100例までの手術成績を検討し,導入から33例までの手術時間の中央値は9.8時間であったが,67症例から100症例までの手術時間の中央値が6時間と大幅に短縮され,術後合併症発生率が減少したと報告している3).本邦での成績では日本肝胆膵外科学会高度技能指導医が行ったLPDの切除時間が安定するまで30例が必要であり,導入期は郭清を伴う症例や内臓脂肪の多い症例は切除時間に大きく影響するため避けるべきと報告している18).欧州ではLPDの研修プログラムを構築し,そのトレーニングを受けた外科医によるLPDとOPDのランダム化比較試験(LEOPARD-2 study)が開始された.しかし症例登録期間中にLPDの術後の死亡率が高いことが判明し,安全上の懸念からこのプロジェクトは中断された(表119).このプロトコールの術者基準は,LPDが20例以上でかつ開腹術を含むPDが50例以上の経験をもった外科医であり20),Learning curveを検討した他の報告から考えると,外科医の経験数は不十分であったと思われる.2018年に米国マイアミで開催されたエキスパートによるコンセンサス会議では,learning curveが完了した施設でのみMIPDの臨床研究を実施するよう提唱されている21).各施設での症例数と手術成績の関連についても報告されている.欧州の14施設での検討では,年間10例以上のMIPDを実施している施設において,LPDとOPDの間で術後合併症率,術後死亡率および術後在院期間に差はなかったと報告している22).ハイボリュームセンターで経験豊富な外科医によってLPDが安全に施行されていることを考えると23),LPDの手術成績は外科医の経験数,learning curve,および各施設の症例数が手術成績に大きく影響していると思われる.

表01

III.本邦における腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術導入に向けた取り組み
本邦ではLPDの前向き登録など,諸学会によりシステム化された安全管理体制や厳しい施設基準,各専門医制度や認定制度により,諸外国と比較し安全に施行されている(表2).LPDの前向き登録における,232例の分析では術後死亡率は0.4%であり,経験数の少ない施設においても術後死亡率は0%と,海外からの報告と比較し極めて低率であった(表35).今後は,MIPDの普及に向け,技術習得に向けたトレーニングプログラムの構築が大切になる.ヨーロッパではRPDの技術習得にむけ,修練医に対するトレーニングプログラムが構築されており,そのプログラムの有効性を検証する臨床試験が行われている.本邦でもMIPD習得にむけ各学会・研究会で様々なトレーニングやセミナーが開催されているが,今後は,そのトレーニングプログラムの有効性について検証していく必要があるかもしれない.

表02表03

IV.低侵襲膵頭十二指腸切除術における腹腔鏡下手術の位置づけ
2003年にGiulianottiら24)によりRPDが最初に報告された後,RPDに関する報告が増えている.ロボット支援手術で最も多く普及しているda Vinci Surgical Systemは,三次元画像や高い自由度をもった多関節鉗子,手ぶれ防止機能,motion scalingを搭載しており極めて正確な縫合を可能とする.このため高度な縫合操作を必要とするMIPDではロボット手術が必要不可欠であり,RPDがMIPDの主流になると考えられている.一方で,ロボット手術は,開腹手術や腹腔鏡下手術とは異なる手術操作が必要であり,ロボット手術の操作を習得するまで時間を要する.特に切除においては,エネルギーデバイスが腹腔鏡下手術のデバイスより劣るため,一部のLPD熟練者は切除を腹腔鏡下手術で行い,再建をロボット手術で行うHybrid PDで行っている25).LPD未経験でかつロボット手術未経験者がRPDを導入する際は,PDを内視鏡手術で行う技術の習得に加えロボット手術特有の手術操作に慣れる必要があり,大幅な手術時間延長に繋がる可能性がある.このため,学会指針における術者基準では,RPD導入時に術者が二つの習得を同時に必要となることにならないように,腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術(再建は含まず)5例以上の経験(うち3例以上が術者)もしくは,ロボット支援下膵体尾部切除術10例以上の術者としての経験を有するものを術者とすることが記載されている.

V.おわりに
LPDは十分な経験を積めば,feasibleな術式になることが報告されている.しかしながら腹腔鏡下膵再建は非常に高度な技術を必要とし,その手技を習得できる外科医は限られる.今後,さらに進化したロボット手術が開発されることが予想される中,MIPDではロボット手術が主流となり,LPDは,ごく一部のエキスパートでのみ行われる術式となるかもしれない.

 
利益相反:なし

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文献
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