日外会誌. 122(2): 265-268, 2021
定期学術集会特別企画記録
第120回日本外科学会定期学術集会
特別企画(7)「NCD(National Clinical Database)の10年を振り返る―課題と展望―」
2.ACS-NSQIPに学ぶ,外科医療成績向上に向けた取り組み
1) 福島県立医科大学 肝胆膵・移植外科 丸橋 繁1) , 掛地 吉弘2) , 宮田 裕章3) , 瀬戸 泰之4) , 北川 雄光5) , Lina Hu6)7) , Clifford Ko6)7) , 後藤 満一8) (2020年8月15日受付) |
キーワード
NCD研究, 内視鏡外科学会技術認定制度, 腹腔鏡下低位前方切除術, 短期成績
I.はじめに
NCDはACS-National Surgical Quality Improvement Program(NSQIP)を参考に2010年に設立され,2011年から年間120万件以上,一般外科手術の95%以上が登録される,わが国最大の手術データベースである.また,NCDは,単なるデータベースとしてだけでなく,⑴専門医制度との連動,⑵各種新規高難度手術の保険収載の必須条件,⑶各種がん登録,⑷データ解析による医療品質評価,⑸様々な学会プロジェクト研究のソース,など大変重要な役割を担っている1).
ACS-NSQIP(以下,NSQIP)は,ACS(American College of Surgeons)のもと1994年に設立された組織で,その名の通り,外科医療品質の向上を第一の目標に掲げている.そして,NSQIPの四つの柱(pillar)として,①スタンダードの確立,②正しいインフラ,③正確なデータ(Rigorous data),④検証(Verification)を挙げている.さらにNSQIPはこの目標を達成するため,新たにスタンダードを“Optimal resources for Surgical Quality and Safety(通称Red book)”という380ページに及ぶ冊子にまとめ出版すると共に,スタンダードの理解と実施状況を確認するため,アメリカ国内各施設を訪問するRed book site visitを2019年に開始した.Red bookは,ACSのホームページにおいて,定価約45ドルで販売している(https://www.facs.org/quality-programs/about/optimal-resources-manual).
アメリカ外科学会と日本消化器外科学会では,2011年に国際研究協力協定書が調印されて以来,データベースを用いた様々な消化器外科手術の国際比較研究を行ってきた2)
3).
II.Red book standards
Red book standardsは,三つのカテゴリー,⑴Infrastructure,⑵Quality Improvement,⑶Clinical Careから構成されている(図1).
このスタンダードのなかで,日米で異なる,特徴的な項目についてご紹介したい.
① Credentialing (資格信任)と Privileging(権限)(図2-1)
各々の外科医が行う事ができる術式を病院長が許可するシステムで,定期的に評価や見直しが行われるものである.アメリカではごく一般的であるが,日本では馴染みが薄い.Credentialingでは,個々の外科医の資格や合法性を評価する.例えば医師免許,外科専門医,過去の全ての勤務施設での状況,身体的・精神的・認知機能障害がないこと,薬物・アルコール依存がないこと,などが評価される.また,Privilegingでは,個々の医師の様々な手技を病院長が許可するもので,腹部や胸部手術といったCore Privilegeと各術式を規定するSpecial Privilegeに分けられる.術式によっては経験症例数なども含めて,状況に応じて施設ごとに定められる.
② Disease Based Management(DBM)(図2-2)
プログラム化され,診療科を越えた「治療グループ」による医療を指し,基準の遵守についての評価も含まれる.いわゆるCancer Boardとは異なる.DBMでは,外科医はあくまでもチームの一員で,多職種チーム員それぞれが役割を果たし患者の治療を行っていく.周術期治療や入退院業務などの責任分散化を行う事で,外科医の負担軽減に繋がり,さらにはケアの効率化と低コスト化が期待される.
III.Red book Site Visit(NSQIPによる病院訪問)
今回,NSQIP, DirectorであるClifford Ko先生の来日にあわせ,日本でのRed book site visitが企画され,これまで日米国際協力研究を行ってきた経緯から,福島県立医科大学附属病院と大阪急性期総合医療センター(総長 後藤満一先生)の2病院でそれぞれ行われた.まずNSQIPからRed bookに基づいたChapterごとの質問項目が事前に送付され,これに対し各病院で事前準備として回答書を作成し,NSQIPへ返信した.この書類審査と追加の質問などのやりとりを経て,最終的に実際の現地訪問が行われた.以下,福島医大への訪問とその結果について報告する.
NSQIPによる訪問は,病院長はじめ,医療安全管理部,看護部などのスタッフと共に外科医療安全と成績向上について再度見つめ直す大変良い機会となった.現地訪問は,テーマごとの詳しい調査と,NSQIP側と各部署による活発なディスカッションが,ランチを挟み午前・午後の1日をかけて行われた.終了後,NSQIP側から調査の講評を頂いた.後日,福島医大での医療安全および外科医療における取り組みが評価され,立派な修了証が送られてきた.一方,改善を指摘された項目(Opportunities to Consider)もあり,次のようなものであった.
⑴ リーダーシップの強化:Surgical Quality Officer(SQO)を中心とした講座を越えた情報共有と安全文化の推進を行うこと.
⑵ ピア・レビューの強化:術者ごとにデータが集まる仕組みを作り,外科医個人レベルの成績まで踏み込んだ評価する客観的方法を取り入れること.
⑶ Credentialing and Privilegingの標準化:様々な術式執刀基準の標準化と病院内での共有を推奨すること.
⑷ データ利用とQI(Quality Improvement):専任の職員を配置したデータ利活用と情報共有の推進.例えば,PC端末にダッシュボードとして公表し,容易に確認出来るようにする.
⑸ Disease-Based Managementの推進:外科医がケアの中心的役割を担いすぎている.もっと責任を分散し,多職種チームによるアプローチ(=DBM)を目指すべき.これは外科医の働き改革にも繋がる.
これらの改善点の指摘は,病院にとっても大変参考になるものであり,外科医療の効率化と成績向上に向けた取り組みのヒントとなった.さらに,Dr. Koは,Red book site visitを受審することにより,部署を越えて様々な情報共有・意見交換を行う良い機会となり,その結果,管理体制改善や医療成績向上に繋がるとして,病院訪問の重要性を強調していた.
IV.まとめ
ACS-NSQIPによるRed book site visitを受け,NSQIPの外科医療成績向上のアプローチを詳しく理解することができた.また,NSQIPによる外部評価を受けることにより,私たちの取り組みの妥当性と改善点を正確に把握することができ,今後の課題として共有することができた.これらの課題は,日本の多くの病院にも当てはまると考えられ,学会などが主導して,日本の現状に即した日本版スタンダードを作成・公開し,日本版Red book site visitを組織的に施行する必要性を感じた.
V.おわりに
わが国においても,NSQIPの四つの柱を参考に,日本の現状に即した日本版スタンダードを確立し,これに基づいた日本版Red book site visitを組織的に施行する必要性を感じた.日本版Red book site visitには,今後のわが国における外科医療成績のさらなる向上と外科医の働き方改革への効果が期待される.
利益相反:なし
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