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日外会誌. 122(2): 186-191, 2021

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手術室におけるCOVID-19の感染対策

1) 国立国際医療研究センター 外科
2) 国立国際医療研究センター 手術管理部門

山田 和彦1)2) , 原 徹男2) , 林 由香2) , 北川 大1) , 竹村 信行1) , 清松 知充1) , 國土 典宏1)

内容要旨
【はじめに】外科医にとって,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延は手術数の減少や感染対策に直面することとなり,エビデンスもないまま,様々な対応をせざるを得なかった.手術室を中心としたCOVID-19の感染対策の経緯について報告する.
【手術室における感染対策の経緯】1,COVID-19チェックリストを作成し,多職種での確認を行った.2,手術室におけるシミュレーションを行い,感染防御や手術室の運用を計画した.3,手術症例のPCR検査の導入を行った.4,2020年8月からの対応:第2波より,臨床所見や画像では判定できない陽性例が出現するようになり,緊急,臨時手術に対しては,迅速検査(フィルムアレイ)を用い,全手術に関して入室前に必ず感染の有無についての結果を出すフローに改変した.
【考察】関係する部門において定期的なミーティングを行い,状況の変化に対応した検査法や職員への周知を行った.しかしながら,手術症例の増加には至らず,財政的な問題は課題が残る.
【ポストコロナに向けて】市中の感染状況に応じた,さらに進んだ対策を常に改変していく必要があると考える.

キーワード
COVID-19感染, 手術室, 感染対策, PCRスクリーニング

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I.はじめに
当院は国内に4カ所の特定感染症指定医療機関であり,2020年1月から病院全体で対応してきた.当初は傍観者であった外科医にとっても人ごとではなく,手術に際して様々な教訓を得ることができた.今回,2020年11月までの手術部門における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の対策について報告する.

II.病院全体の対応(図1
病院ではCOVID-19発生状況と診療体制を三つに分類した(図1).2020年1月にCOVID-19が最初に確認された武漢からの帰国邦人の検診から病院の取り組みが始まった.2月には大型クルーズ船の集団感染における一部の重症患者の受け入れが開始されるが,外科医へのCOVID-19感染に対する業務の負担はなく,淡々と手術をこなしていた.3月になり,COVID-19感染重症者は,一類感染症専用病棟の1床とICUの前室付陰圧個室1床の計2床で対応していた(Phase 1).しかしながら,3月下旬より到来した第1波には対応できず,4月1日より結核病棟を軽・中等症用に,ICU全室を重症用(挿管・ECMO管理を要する症例)のCOVID-19専用病棟に切り替え対応した(Phase 2).外科医にとっても良性疾患や早期癌手術の制限やICUが使用できないことで,厳しい状況になった.その後,6月からICUを通常診療とCOVID-19感染重症者との併用になった(Phase 1).それでも6月以降もICUには,感染症例が在室することが少なくなく,ゾーニングをしながらの併用状態が続いている.8月以降にはいわゆる第2波が出現した.

図01

III.ICUの対応
ICUは2020年4月1日よりCOVID-19感染症用となり,外科手術症例はハイリスクケア病棟での管理とならざるを得なくなった.重症者に対しては,集中治療科,救急科,呼吸器内科,感染症内科,腎臓内科,リハビリテーション科,呼吸器外科など多くの診療科が共同して診療にあたり,看護部,感染症対策チーム,臨床工学技師などの多職種を交え,チーム医療を行った.若手外科医もICU病棟管理のサポートメンバーとして交代制で対応した.6月1日に通常の運営状態(Phase 1)に戻るにあたり,2カ月間で,17例(ECMO 5名)の挿管患者の治療を行った.5名が死亡し12名は最終的に退院した.

IV.手術室の取り組み
手術室を運営する上で,1)COVID-19感染を持ち込まないこと,2)スタッフから感染者を出さないこと,3)感染症例の手術対応の三つの課題が求められる.COVID-19感染が蔓延化するにつれ,一般の患者数が減少し,手術数も減少することは病院経営的にも問題であり,感染状況を恐れつつも,日常と共存することが重要と思い知らされた.
1,手術室における取り組み
手術室における取り組みを図に示す(図2).職員の体温測定や体調のチェックなどの就業環境の整備を開始した.外科医も同様で,各自が体温や症状の有無を記載し,体調が悪い場合は上長に連絡して感染対策チームへの報告とその対応を相談することを必須とした.特に4,5月は入院患者の減少に伴い,外科医は業務が比較的に楽になり,各自の年休を取得することで,十分な睡眠時間や休養を取ることを推奨した.手術に関しては,当面の予定手術の減少を各診療科に依頼した.日本外科学会の指針を参考にしつつ1),特に良性疾患を中心とした不急の手術は中止や延期を検討し,直ちに手術数は約6割程度にまで減少した.東日本大震災の経験をもとに,手術室に影響する物品在庫の確認を開始した.外科医は長い時間の手術は避け,なるべく定型的な手術を選択するようにした.また,日本外科学会の指針でエアロゾルの危険性が指摘されたこと1) 2),今後未知のウイルスの感染が出現する可能性もあり,少しでも医療者に感染の暴露を減らす工夫として腹腔鏡,胸腔鏡などの鏡視下手術に対して0.01μm ULPA filterを有するAirSeal(コンメッド・ジャパン)を全例に使用した.麻酔方法の変更も日本麻酔科学会からの指針に従い3),無用な暴露を防ぐために,感染防御の徹底,迅速導入,少人数で短時間の麻酔方法を選択した.
2,COVID-19チェックリストの作成
手術の制限を開始してからは,術前の発熱や呼吸器症状がある手術症例が問題となった.主治医だけでの対応では不十分であり,多くのスタッフが確認できる体制を作ることにした.そこで,病棟看護師,担当医,手術室,麻酔科医が確認できるように手術室チェックリストを作成した(図3).当初は試薬数の限りがあり,PCRを全例に施行することは不可能であった.37.5度以上の発熱は手術延期を原則とし,原因検索を徹底した.感染症内科の医師にも協力してもらい,適宜PCR検査を行い,COVID-19感染の有無を確認するようにした.チェックリストの作成は2020年12月現在も行われ,入院での治療内視鏡等にも運用している.特に体温に関しては当日まで記載することとして,手術室の入室直前まで発熱患者が入り込まないようにした.
3,感染手術のシミュレーション
感染症例に対する手術シミュレーションを開始した.一つは,入室から陰圧室における動線の確認および役割に応じた感染防御の準備を行った.個人防護具(Personal Protective Equipment:PPE)の再確認や術者チームは動力付空気清浄マスク(Powered Air Purifying Respirator:PAPR)の装着方法を院内のホームページや紙で張り出し4),実際に各診療科の医師に練習してもらった.手術室では,器械出し看護師,外回り看護師,サポート看護師のPPEを決めて,予行を繰り返した.二つ目として,感染症例には陰圧室を第一選択とし,時間的余裕のなく,COVID-19感染を否定できない緊急手術に対して,2番目のCOVID-19対応の手術室の運用を,気流を確認の上,ビニールシートを使い簡易的ゾーニングで施行可能であった.ただ,4月時点でのCOVID-19陽性症例の外科手術の成績は極めて危険性が高いことが報告されており,手術となる対象は限られるだろうと予想していた.

図02図03

V.全手術症例のPCR検査の導入(図4
関係する部門において(診療科,手術部,検査部,感染対策チーム,看護部,事務)定期的なミーティングを行い,状況の変化に対応したスクリーニング検査を導入した.
4月当初は臨床所見やチェックリストから感染の選別を行っていたが,さらなる感染の拡大により,5月13日より待機手術症例の術前PCR検査を導入した.緊急・臨時症例は,蓋然性がなければ,迅速検査を行いつつ,結果は術中に判明することにした.しかしながら,8月からは蓋然性のない症例でもCOVID-19陽性例が出現するようになり,超緊急手術(出血事象や外傷など)を除き,手術症例に対する感染フローチャートを大幅に変更し,手術入室前に全ての結果を出す,というコンセプトに変更した.その後,侵襲のある治療内視鏡や血管造影も足並みを合わせてPCR検査を導入することとなり,COVID-19感染を病院に持ち込まないことを徹底した.PCR検査に関して,院外の外注検査から開始してその後,新規機器購入等により院内でも検査可能となった.検査の日時に関しては,手術や検査の1週間前を推奨とした.外来で検査を行い,結果が判明してからの入院となるので,院内への感染持ち込みを防ぐことができる利点がある.手術の種類(待機,臨時,緊急)もいろいろであり,いくつかのパターンを想定しつつ,判断に悩む時は,感染症内科やPCRスクリーニングチームに相談するようにした(図4).検体採取場所をどうするかも重要な案件であったが,検査部と看護部の協力で普段使用していない部屋を平日のPCR検体採取室として利用した.時間外や緊急症例は主治医が行うこととし,検体採取一式をセット化にすることで,医師なら誰でもPPEをしながら検体採取できることにした.8月からは緊急症例は迅速検査(フィルムアレイ法)も導入し,短時間(1時間程度)で結果が出るようにまで改善された.

図04

VI.まとめ
COVID-19陽性6症例の気管切開術は全例ICUにてPAPRの装着下で施行した.さらに陽性1例は,PAPRを装着して脊椎麻酔下での手術を行った.発熱や呼吸器症状など蓋然性が否定できない緊急手術8例は,手術前に迅速検査の結果が判明しなかったが,手術中に陰性を確認して一般病室に帰室した.
2020年11月末日までに手術室スタッフからの感染例は認めなかった.PCRスクリーニング検査では,約3,800件中7例の陽性例を認めたが,全て術前に判明し,陽性症例を偶然に手術室に持ち込むことはなかった.幸いにも術後に感染が判明した症例も認めなかった.感染に関しての相談は常に感染対策チームに助言をもらうことで,個別の勝手な判断がなされることはなく,病院をあげての一元的な管理が可能であった.時間の経過につれて,検査体制が拡充され,多くの症例で迅速検査が行うことができた.幸い,感染防御のための医療資材は比較的安定しており,病院に出入りする業者や事務方の尽力や様々な院外からの手厚いサポートであり,感謝申し上げたい.
11月に入り,COIVD-19感染状況が再び悪くなり,第3波のような状況となった.今後ポストコロナの問題として,陽性例に対する手術が今後増えてくることが予想され,手術室ではさらなる対応を開始している.1)COVID-19陽性の手術をどのようにマネジメントするか(手術前後の動線や術後の管理をどこで行うか,手術室での抜管をどうするかなど)まだまだ問題は多い.2)感染に対する備品の準備や陰圧室の拡充を行っている.
しかしながら,このような対策を行ってきたが,手術症例の増加には至らず,財政的な問題は課題が残る.

VII.おわりに
当院での手術室における感染への取り組みを報告した.手術室におけるCOVID-19感染対策は不明な点が多く,手探り状態であったが,幸いにも手術室での大規模な感染は生じなかった.最も不安であった4月に,日本外科学会からの『新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言』は多くの外科医にとって心強いメッセージであったと思う.いずれ本当に必要な感染対策が確定されていくことを期待する.また,新たな感染症への対応も含め,常に状況を把握しながら感染対策を進歩させていく必要性を感じた.

 
利益相反:なし

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文献
1) 新型コロナウイルス陽性および疑い患者に対する外科手術に関する提言(改訂版). https://www.jssoc.or.jp/aboutus/coronavirus/info20200402.html
2) 日本外科教育研究会「新型コロナウイルス感染症とサージカルスモークについて」. http://www.surgicaleducation.jp/surgicalsmoke.html
3) 日本麻酔科学会 指針 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(疑い,診断済み)患者の麻酔管理,気管挿管について. https://anesth.or.jp/img/upload/ckeditor/files/2004_07_01.pdf
4) 国立国際医療研究センター 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について. https://www.ncgm.go.jp/covid19.html

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