日外会誌. 122(2): 192-193, 2021
会員のための企画
医療訴訟事例から学ぶ(119)
―自閉症に対する未確立療法実施につき説明義務違反が認められた事例―
1) 順天堂大学病院 管理学 岩井 完1)2) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1) |
キーワード
自閉症, L-DOPA, 未確立治療法, 説明義務
【本事例から得られる教訓】
未確立の治療法を実施する際には副作用等のリスクの説明は特に重要であるが,治療が長期に及ぶ場合は,治療開始時に適切な説明をしていないと治療継続中も説明義務違反の状態が続くため要注意である.
1.本事例の概要(注1)
今回は,自閉症の小児に対し未確立治療法を実施した際の説明義務が問題となった事例である.未確立治療法の説明義務については,乳がんの術式選択が問題となった事例(注2)で以前にも紹介しているが(注3),本件は乳がん事例と異なり長期間の薬物投与の事例であり,留意の視点に相違もあることから,参考になると思われ紹介する次第である.
平成6年6月,患者(約2歳・男子)(注4)は,日本語の会話ができないこと等を主訴としてA病院を受診したところ,神経外来のB医師は自閉症の疑いと診断し,小児神経学の専門医であるC診療所のY医師(以下,担当医)に診察を依頼した.
平成6年9月2日,担当医は患者を診察し,両親からの主訴(患者が同年8月頃から,夜起きて,走り回ったり,泣いたり,おもちゃで遊んだりする)や臨床症状,検査結果等を踏まえ,自閉症と判断できると考えた.
平成6年10月25日,両親から夜間覚醒も多いと訴えがあり,担当医は,1日当たり6mgのL-DOPA(商品名:ドパストン散)の処方を開始した.この治療法は,当時,自閉症の治療法として担当医自身が提唱していた少量L-DOPA療法(以下,本件療法.)というもので,自閉症の症状は,ドーパミンの活性の低下がもたらすドーパミン受容体の過感受性に起因するとの仮説の下,ドーパミンの前駆物質であるL-DOPAを少量ずつ継続的に投与することで,上記の過感受性を抑えつつドーパミン伝達を改善させ,自閉症の症状の改善を期待できるというものであったが,イライラがひどくなる,睡眠障害が誘発されるなどの影響が出た症例や新たに症状が出現または悪化した症例も報告されていた.
平成10年9月1日までの間,患者には症状の改善も悪化等もみられていたが,担当医は,投薬開始から25mg/日まで順次増量し,その後一時的に15mg/日に減量したこともあったが,平成18年8月15日までの間に,担当医は再度35mg/日まで順次増量した.
平成18年9月15日の診察で母親(注5)から増量後,より多動目立つとの訴えがあり30mg/日に減量し,平成18年12月12日に母親から同年8月から奇声,自傷がひどくなる,母に他傷もある,外に出ることもできないなどの訴えがあり15mg/日に減量した.
平成18年12月28日以降は,L-DOPAの他,時期により向精神薬(注6)が処方された.
平成19年11月8日の診察の際,母親から,最悪,人格が変わったみたい,自傷が増加した,薬が効いている様子はみられないなどの訴えがあり,平成19年12月4日の診察の際も母親から先月自傷激しく,顔つきも変わったなどの訴えがあり,同日,L-DOPAの投薬は中止された.
なお,担当医は,本件療法の開始から中止まで,本件療法が未確立の治療法であることやその副作用等について説明していない.
患者の症状は,平成22年7月21日には固定し,IQ20程度の知的障害が認められ,コミュニケーションは難しく,指示にも従うことができない,チックの症状,等々がある(注7).
平成26年12月14日,担当医は死亡したが,平成27年2月13日,患者は担当医の相続人に対し訴訟提起した.
2.本件の争点
争点は多岐に渡るが,主な争点の一つは説明義務違反の有無であった(注8).
3.裁判所の判断
本件療法は,平成6年当時,臨床医学の実践における医療水準となっていない治療法というだけでなく,担当医自身が提唱したもので,自らも携わった研究でも悪化例に接していること等から,担当医には,本件療法を開始するに当たり,患者(の両親)に熟慮の機会を与える為,本件療法が未確立な治療法であることおよび副作用出現や症状悪化の可能性を説明すべき義務があるとした.
そして,本件療法が長期的かつ継続的な投薬を内容とする治療法であることに照らせば,投薬開始時点で適切な説明が実施されていないのであれば,その後の投薬継続中のできる限り早期の時点において適切な説明を実施し,改めて本件療法継続についての意思決定の機会を付与すべきであるとした.
しかし,担当医は,本件療法開始時に両親らに対し,本件療法が自閉症に対する確立した治療法ではないことを説明しなかった上に,本件療法による副作用出現や症状悪化の可能性を自身が携わった共同研究に言及するなどして具体的に説明することもしておらず,また投薬継続中においても,これらの事項について説明していなかったとして,説明義務違反を認めた(注9).
4.本事例から学ぶべき点
医療水準として未確立な治療法を実施する場合,患者側はその副作用のリスク等を含め関心があると言えるため,丁寧な説明は必須である(注10).
そしてその治療法が長期に継続的に実施される場合には,副作用等のリスクも継続するため,もし治療開始時に説明していないことに気付いた場合には,治療開始後であっても早期に説明を実施すべきである.本判決では,治療開始後の説明義務も認めており,参考になろう.
利益相反:なし
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