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日外会誌. 121(6): 683-685, 2020

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定期学術集会特別企画記録

第120回日本外科学会定期学術集会

特別企画(2)「夢を実現し,輝く女性外科医たち―求められるサポート体制と働き方改革―」 
3.「女性外科医」が「外科医」であるために

国立国際医療研究センター 外科

野原 京子 , 和氣 仁美 , 寺山 仁祥 , 八木 秀祐 , 榎本 直記 , 竹村 信行 , 清松 知充 , 徳原 真 , 山田 和彦 , 國土 典宏

(2020年8月14日受付)



キーワード
女性外科医, 働き方改革, 多様性, 外科医不足, 男女共同参画

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I.はじめに
近年,共働き世帯が増え,育児や介護などのライフイベントも女性だけの課題ではなくなった.社会が変革期にある今,女性医師達が各々のライフイベントに向き合いながら多様な働き方を実現していくことは,今後の外科医全体の働き方改革へ貢献できる可能性を秘めている.しかしながら,「働き方」はあくまでも手段であり,大切なのは外科医としてどのように貢献していくかということである.その点でも,われわれ当事者たちには,「女性外科医」の視点だけに終始するのではなく「外科医」として組織や社会全体の課題に目を向け主体的に取り組む姿勢が求められていると考えている.

II.「女性医師の活躍」と「外科医の働き方改革」は表裏一体
近年の外科を取り巻く課題には,①若手外科医の減少,②手術手技の高難度化,③長時間労働,④地域間の医師の偏在,などが挙げられる1).さらに,男女ともに家庭との両立を期待される昨今に於いては,外科医全体に多様なキャリアプランの実現が求められていると考える.
一方,女性外科医は緩やかに増加傾向にあり,その活躍に対する期待は高まるばかりである.しかしながら,出産・育児においては女性が担う役割は大きく,キャリアの継続には課題が多い.本邦でも女性医師支援制度が整った施設も増えているが,マンパワーの少ない施設では女性医師に特化した制度の実現は難しい上,それ以前に外科医不足が優先的な課題となる.そもそも,男女にかかわらず家庭背景は様々であり,必要とされる働き方も一様ではないはずだ.求められるのは,女性医師のみがサポートされる体制ではなく,お互いが支え合い,誰もが自分や家族を大事にできる働き方ではないだろうか.だからこそ,女性医師が本当の意味で外科医として貢献できるためには,外科医全体の働き方の見直しは避けて通れないのである.
家庭との両立を目指す外科医が最初に解決すべき課題は,「勤務時間」と「患者に対する責任」であると感じている.勤務時間については,チーム制によって解決できる点が多く,これ自体が外科医全体の働き方改革の一つにもなるだろう.その一方で,時間外の急変対応が困難である場合に,チーム全体がその働き方に納得している事が必要である.また,勤務時間に制限があると,どこまで責任をもつ事ができるのかという命題にも常に対峙することになる.患者にとっては,執刀医の存在は大きく,具合が悪いときにはその医師に会いたいと思うものだ.すぐにそれに応えられないとき,患者との信頼関係が揺らぐ恐れもある.幼子を抱えながら,今夜にも起こるかもしれない急変への不安に立ち向かっている医師達もいるのである.そのような矛盾の中で,当事者であるわれわれには,できることとできないことをきちんと整理し,周りに伝え,真摯に向き合う姿勢が求められると考えている.このように,働き方改革などの組織的な取り組みと同時に,体制だけでは解決しない外科医ならではの課題が残ることもまた現実なのである.

III.当院の取り組み
当院外科には現在8名の女性医師がおり,全体の26%を占めている.しかし,育児経験のある女性医師は2名のみであり,特別な女性医師支援制度もない.その一方で,2017年より外科医全体の働き方の見直しが進められ,結果として育児中の女性医師も働きやすくなった.この取り組みは,単に働き方改革を主眼にしたものではなく,合理的かつ実践的な体制にシフトすることで,長期的な視点で組織がより良くなることを目標としている(図1).また,若手医師に対しても,「ワークライフバランスへの理解」が明示されており,各々が主体的に個別のキャリアプランを描くことも可能となってきた.男女関わらず,必要に応じて上司との相談の上で働き方を工夫し,実際に,①育児中の時間外の応需を免除,②男性医師の育児休暇,③学位取得のための研究日,④家庭との両立が困難な時に一時的に週4日勤務を許可,等の多様な働き方が実践されてきた.リーダーの明確な指針の下,様々な働き方を受け入れチーム内で互いに補い合う空気が育まれている.結果的に,2020年度には卒後10年以内の若手外科医が16名(男性11名,女性5名)と,2017年度と比較しても倍に増えており,この医局の取り組みが何らかの功を奏していると期待したいところである(図1).

図01

IV.組織のために何ができるか
女性医師の働き方に纏わる問題は,立場によって視点が大きく異なるデリケートな側面をもっている.しかしながら,本来の主役はあくまで患者であり,われわれ当事者も医師として貢献することが求められる以上,置かれた場所で自分のできることを模索することが大切である.
筆者が産後の復職と同時に着任した数年前は,当院もマンパワーが足りず,専門とする腹腔鏡下胃切除については全面的に責任のある立場となった.現在の取り組みはなく,当該手術にも代わりがいない状況であったが,育児のために時間外の応需を減らしていただいたことで精神的な負担がおおいに軽減され,責務と育児に前向きに取り組むことができたと感じている.その後も,保育園の待機児童問題を受けて幼稚園受験を余儀なくされ,育児と介護のダブルケアをも覚悟する経験もしたが,共に奮闘してきた夫と常に理解を示してくれたチームのお陰で柔軟に対応することができた.その結果,臨床と並行して大学院での学位取得も叶い,今では高難度新規医療技術として肥満外科手術やロボット支援下胃切除術の導入まで実現した.働き方に制限がある医師にも役割を与え,当事者も主体的に周りに貢献していくことによって,多様な働き方が受け入れられる糸口ができると実感している.

V.おわりに
育児や介護は大変だが,大切な家族に求められることは幸せなことであるともいえる.できるだけ多くの外科医が,患者も子供も親も守るためにどう工夫するかという視点を主体的に持つようになったとき,「女性外科医」も自ら「外科医」になれるのではないだろうか.

 
利益相反:なし

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文献
1) 森 正樹,馬場 秀夫:外科医の働き方改革に関する課題と必要な取組.(Accessed July 1, 2019, at http://www.mhlw.go.jp/content/10800000/ 000349216.pdf)

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