日外会誌. 121(6): 650-652, 2020
定期学術集会特別企画記録
第120回日本外科学会定期学術集会
特別企画(1)「夢を実現するためのキャリアパス・教育システム」
2.呼吸器外科医の教育について考える
東邦大学医学部 外科学講座呼吸器外科学分野 伊豫田 明 (2020年8月13日受付) |
キーワード
呼吸器外科, 教育, 初期研修
I.はじめに
呼吸器外科領域では,従来の開胸手術から胸腔鏡手術,ロボット手術と他の分野と同様に低侵襲化への発展を遂げているが,実際の臨床現場では,定型的な肺葉切除兼リンパ節郭清術や縦隔腫瘍摘除術ばかりではなく,隣接臓器合併切除や血管・気管支形成を必要とする手術などが稀ではない.今後若手外科医が定型的な手術に加えて拡大手術を安全に施行するためには,定型的な手術術式の際のトラブルシューティングなど学ぶべき手技は多い.特に肺動脈合併切除再建時や不意な出血に対する血管縫合手技,呼吸器外科では通常ない吻合手技を必要とする気管支形成などは定型的な手術の現場のみでは学ぶことができず,wet labo等によっても臨場感を含めて十分とは言えない.それらの課題を克服するためには呼吸器外科分野の手術トレーニングに加えて,消化器外科の消化管吻合手技や心臓血管外科における血管縫合手技を十分に積んでおくことは大変有用である.本稿では私のこれまでの経験,特に初期研修と現在の当科の教育方法を中心に記載したい.
II.私の初期研修
私自身は,大学卒業後に外科医を目指すことに決めた時,初期研修病院として三井記念病院を選択し,当時最先端の三井記念病院外科レジデントシステムを経験しながら初期研修を行った.同レジデントシステムは現在専門とする呼吸器外科のみでなく,消化器外科,心臓血管外科,乳腺内分泌外科,小児外科,地域病院・救急の各分野を麻酔科含めて十分な時間をかけてローテートし,すべての分野で十分な経験を有する指導医の崇高な理念の元,専門分野に偏らず,バランスの良い研修によりそれぞれの分野で多くの術者を経験しながら深く研修を行えたことは大変有用であった.その忙しさは想像に難くないが,その頃学んだことを基本にさらに大学病院において高度な専門研修を経験できたことがその後の指導にも生かせていると感じている(表1).
III.当院の特徴
当院の特徴としては前任の高木啓吾先生より「諦めない医療」を励行しており,Ⅱ/Ⅲ期Chronic Obstructive Pulmonary Disease(COPD)1)や間質性肺炎2)を併存疾患として有するハイリスク症例であるために他院で治療を断られた症例なども多い.疾患としては,肺癌が最も多く,その他,気胸などの嚢胞性肺疾患,縦隔・胸壁腫瘍,膿胸などの感染性疾患,気道狭窄,外傷など腫瘍性疾患のみでなく,移植以外の疾患を幅広く網羅している.
肺癌についてみると,Complete VATSの対象となるⅠ期のみではなくⅡ期以上の進行症例も多い.間質性肺炎合併肺癌症例は,術後に致命的な間質性肺炎急性増悪が起こる可能があることから,呼吸器内科,麻酔科を中心とした他科との連携が大切な領域である2).手技としては,残存肺を愛護的に扱うなど,胸腔鏡を用いた低侵襲な手術に加えて,再発率も高いことから根治性にも重点を置いた留意点の多い手術である.
IV.当科の研修の実際
現在は,自分の経験したシステムを現状に即したシステムに修正し,理想的な呼吸器外科医教育システムに近づけるべく努力を継続している.
当科では,毎朝カンファレンスを行い,術前患者の手術適応,手術方法,術中に予想外のことが起こった際の対処方法,術後患者の状態の報告および治療方針の決定を行っている.カンファレンスは月曜日と火曜日以外は基本的に朝行い,夕方は自己学修する時間をとるためになるべく自由にしている.
当大学の特徴の一つは,トレーニング施設が複数ある川崎のキングスカイフロントに最も近い大学病院であることで,現在のコロナ禍では休止しているがwet laboにおいて,血管縫合,気管支縫合のトレーニングも定期的に行っている.
実際の手術手技の習得は最初は上級医が術者の際の助手から開始し,手術の手順を理解し安定した外科手技が行えるようになると術者として執刀することになる.最初は胸腔鏡下肺嚢胞切除/肺部分切除から開始し,定型的な肺葉切除が安定して行えるようになると,感染症の手術や隣接臓器合併切除など様々な疾患の術者を経験するようになる.さらには難度の高い手術の助手として手術を経験し,短期間に多くの手術を経験することで,外科医としての感覚が身についていくものと考えている.
V.より難度の高い手術に挑むためには
新しい知識を学び伝えるために行う研究,資格取得,また,有名な外科医,研究者との出会いは,外科医としてのモチベーションをアップする.さらに,学生や自分よりも若い医師を指導することで,その成長を実感する喜びと,自分に足りない点を自覚する機会になる.
そのような過程を経て,長時間の手術,気管支形成術,肺動脈形成術などの手技を学び肺尖部肺癌に対する手術や胸膜肺全摘術などを経験していくこととなる.
VI.若手外科医に向けて
私がこれまで,三井記念病院,さらに大学病院の指導医の先生方からご教示頂いたことを以下に示す.
・外科医は徹底的に手術手技にこだわる.
・後輩に手術をさせるだけの技量を身につけ,トラブルがあっても適切に対処できるように技量を磨く.
・患者をよく診て,患者の不安,訴えによく耳をかたむける.
・良い外科医を教育によって育てることにより自分一人で診ることのできる何十倍の数の患者を救うことができることを意識して教育に臨む.
・簡単にできないとあきらめずどのようにすれば可能となるか,よく考える.
VII.おわりに
今でも最も印象深いのは医師になってすぐに研修を受けた三井記念病院で学んだことである.私が外科診療・教育・研究に情熱をもって現在でも取り組んでいられるのは,外科の醍醐味,魅力,素晴らしさを存分に感じさせてくれた当時指導していただいた先生方のおかげである.現在は以前と比べ研修システムも大きく変わったが,研修を受ける病院,および指導医の熱意によって研修医の成長も変わる.改めて初期研修は方向性を決めるうえでも極めて大切であると今になって感じる.呼吸器外科を専門としても他の分野を十分深く学ぶことが必要と思っている.私は熱意のある先生方に多くの手術を学ばせていただき,たくさんのことを教えて頂いたことに感謝している.
これからは,「恩返し」のつもりで理想的な研修システムの構築に挑んでいきたい.
利益相反:なし
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