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日外会誌. 124(6): 587-589, 2023

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定期学術集会特別企画記録

第123回日本外科学会定期学術集会

特別企画(5)「若手教育の光と影」
6.若手肝胆膵外科医の資格取得に対する教育理念

東京慈恵会医科大学 外科学講座

薄葉 輝之 , 小川 匡市 , 池上 徹 , 大木 隆生

(2023年4月29日受付)



キーワード
より高くより遥かへ, 幸福度, トキメキ, メンターシップ, 忘己利他

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I.はじめに
筆者は卒後30年目の外科医で,現在は肝胆膵外科高度技能指導医として,大学病院で若手外科医を指導する立場にある.肝胆膵外科手術は難易度が高い上に,術後合併症発生率や手術関連死亡率も他の臓器に比べて高率であるが,一方で,一部のハイボリュームセンターを除く施設では症例数が潤沢ではないため,若手に多くの経験を積ませることは容易ではない.若手外科医を「より高く,より遥かへ」導くために奮闘している指導医の思いをここに述べる.

II.若手肝胆膵外科医の目標
筆者の所属する東京慈恵会医科大学外科学講座のスローガンは「トキメキと安らぎのある村社会」,そして最優先事項は「医局員の総幸福度アップ」であるが,その真意は外科医自身の幸福度が上がれば,自ずと良い治療,良い手術を患者に提供できる一方,痩せ我慢しての「患者ファースト」はサステイナブルではない,というものである.当科の若手肝胆膵外科医の多くは,資格取得が幸福度アップにつながり,目標とする資格は,肝胆膵外科高度技能専門医と内視鏡外科技術認定医の,いわゆる「ダブルライセンス」である.

III.教育の光
筆者は2014年に指導医として東京慈恵会医科大学葛飾医療センターに赴任した.当院は地域密着型の大学附属病院分院で,2016年には肝胆膵外科高度技能専門医修練施設に認定された.直近では,年間40例程度の肝胆膵外科高難度手術と20例程度の腹腔鏡下肝・膵切除を施行しており,その約9割を修練医に執刀させているため,修練医は2年で資格取得に必要な症例数を経験でき,モチベーションも高い.この10年間で5名の若手修練医が派遣され,うち2名が肝胆膵外科高度技能専門医を取得した.彼らの成長やその後の異動先での活躍は望外の喜びであり,指導医としての達成感や彼らへのライバル意識などは,まさに教育の光であり,指導医にとってのトキメキでもあると実感している.しかし,一方で,指導医が若手に資格を取らせるために,日々悩み,模索しながらリスクを負いつつ指導していることを修練医には知ってもらいたい.手術を執刀させてもらえることは,当たり前ではないのである.

IV.教育の影
若手外科教育の現場においては,光より影の部分が多いと感じている.いくつか挙げていく.
1)葛藤:指導医は自らのスキルやキャリアアップと引き換えに,若手に手術の機会を与えている.筆者自身も内視鏡外科技術認定医を取得したい,新しい術式を執刀してみたい,という気持ちを抑えて若手に手術をさせているが,若手の成功体験を共有し,成長する姿を目の当たりにすると,その葛藤が消え去っていくことを最近肌で感じている.2) 忍耐:若手に執刀させることで,手術時間が長引いて帰宅時間が遅くなったり,予期せぬトラブルに対するリカバリーを強いられることがある.自分がやればもっと早く終わるのに,自分ならこんなに出血させないのに,という場面も時にはあるが,すぐに手を出しては上達しないので,患者に不利益を与えない範囲で,若手に主体性を持った手術をさせているのである.指導医のストレスは思いのほか強いものである.3)覚悟:出血,他臓器損傷などの術中トラブルや,高度局所進行癌へのアプローチなどに対して,指導医の手を借りずに自分の力で窮地を乗り越えさせるように,忍耐強く静観するように努めている.何かあっても最後は何とかしてやる,という覚悟を持って手術をさせている訳だが,門脈,肝静脈,下大静脈などの損傷は指導医にもリカバリーが困難な場合があるため,手は出さなくても,危険なゾーンでは常に注意勧告をしながら手術を進めていく必要があり,術者変更のタイミングも誤ってはならない.教育よりも患者の利益を優先させるのは当然のことである.4)決断:修練医が能力的に資格取得困難と感じた場合に,今後も高難度手術を執刀させ続けるべきか,キャリア修正を勧めるべきか,すなわち,肝胆膵外科医としての「ダメ出し」をすべきか,指導医は苦悩の中にも決断を迫られる.キャリアの修正は,修練医の人生を左右することになり,恨まれないだろうか,自分の指導能力に問題があるのではないか,新たな環境で輝いて欲しい,など指導医の苦悩は絶えない.何年後かに,修練医から「キャリアを修正して良かった.新しい目標が見つかった.」と言ってもらえたら,この苦悩は報われ,影が光に転じるのであろう.指導医がこういった様々な思いを胸に日々指導していることを,修練医は肝に銘じて欲しいと願っている.

V.影の解消
これらの影を解消するには,修練医が短期間で成長し,独り立ちすることが肝要で,それには,一定期間,同じ施設,同じ指導医の下で定型化された手術手技や術後管理の指導を受ける,いわゆるメンターシップ制度が有用であると考えている.メンターシップは,流儀の統一,暗黙の了解,安心感など正の効果があるが,一方で,不信感,依存性,相性の良し悪し,偏った思考など負の側面もあるため,指導医はこうした点に充分注意する必要がある.筆者もこれまでに多くのメンターの先生方にご指導いただき,今でも取捨選択したその教えや作法を忘れずに遵守し,若手に伝えている.また,修練医のパーソナルデータを常に把握し,能力に見合った症例選択をすることも重要である.以前,分不相応な難症例を若手に執刀させ,術中トラブルとなった苦い経験があり,術者選択はあくまでも患者ファーストであるべきで,ただひたすら若手に執刀させればいいという訳ではないのである.

VI.教育理念
己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり,「忘己利他(もうこりた)」という言葉がある.自分のことは後にして,まず人に喜んでいただく行いをする,そこにこそ真の幸せがある,という伝教大師最澄の教えである.この言葉は,筆者の憧れの外科医である幕内雅敏先生が,外科医の持つべき心得,あるべき姿として,座右の銘とされているが,若手教育にも通じる言葉であると考えている.時には「やってられない」と思うこともあるが,「もう懲りた」とは思わず,若手の成長を心から喜び,そして自分を超えて行って欲しいと願うのである.まさに若手教育の理念にぴったりの言葉であると思う.

VII.若手教育に必要なもの
以上をまとめると,若手外科教育に必要なものは,忍耐,覚悟,決断,把握,メンターシップ,そして忘己利他の精神と考えている.また,指導医は,若手にリスペクトされるような技術,知識,人格を身に着けていなければならず,日々の精進を怠ってはならない.

VIII.おわりに
「忘己利他」を教育理念に,若手外科医を「より高く,より遥かへ」導くことが,現在筆者に与えられた使命であり,喜びであり,トキメキである.指導医が愚痴を口にせず,笑顔とトキメキを持って若手に接すれば,必ずやわれわれの意思を引き継いでくれると信じている.

 
利益相反:なし

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