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日外会誌. 124(6): 526-528, 2023

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会員のための企画

医療訴訟事例から学ぶ(135)

―深夜早朝の患者管理に関し看護師らの過失が否定された事例―

1) 順天堂大学病院 管理学
2) 弁護士法人岩井法律事務所 
3) 丸ビルあおい法律事務所 
4) 梶谷綜合法律事務所 

岩井 完1)2) , 山本 宗孝1) , 浅田 眞弓1)3) , 梶谷 篤1)4) , 川﨑 志保理1) , 小林 弘幸1)



キーワード
統合失調症, 患者管理, 深夜帯, 看護記録

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【本事例から得られる教訓】
深夜早朝の患者管理は主に看護師が担っていることが多いため,夜間帯の事故においては看護記録が重要となる.看護師による適切な記録と管理が正確な臨床経過を示すと共に,医療スタッフを守ることにもなる.看護記録の記載の在り方について改めて確認しておきたい.

 
1.本事例の概要(注1)
今回は,救急搬送された患者が,深夜帯(早朝を含む)に急変した事例である.こうした深夜帯の急変は外科医も時折遭遇し,関心があると思われ紹介する次第である.また,本件は深夜帯の看護記録の重要性に関して教訓にもなると考える.
患者(男性・死亡時44歳)は,平成26年11月13日頃,本件病院(以下,「本院」)で統合失調症の診断を受け,定期的に本院を受診していた.
平成27年10月26日,患者は,心臓が苦しい,舌がもつれる等と訴え,A病院の循環器内科を受診し,完全房室ブロック,睡眠時無呼吸症候群(SAS)の疑い,びまん性左室肥大と診断され,平成27年11月2日,通院中であった本院に紹介された(注2).
平成27年11月4日午前,患者は自宅駐車場において足がなえて立ち上がれない状態(意識障害)となったことから,本院に緊急搬送された.診察でも頭部CT検査でも異常は認められなかったが,低ナトリウム血症が認められ,ナトリウム補正が必要であったことから,12:13頃,本院に入院(個室)となった.
同日の深夜帯はB看護師(副師長,リーダー),C看護師,D看護師が看護を担当していた.
患者は不穏状態で寝たり起きたりを繰り返し転倒・転落等の危険があったことから,B看護師らは,11月4日夕方から翌11月5日朝までの間,看護上注意を要する患者であると考え,ベッドからの転倒・転落等を避けるため,被服装着型離床センサーを取り付け,また心電図モニターによるモニタリングをする等した.さらに,C看護師は,患者の見守りの必要があると判断し,病室入口の扉を全開した状態で業務に当たっていた(スタッフ室の廊下を挟んだ向かい側に患者の病室がある).
11月4日の19:44頃および11月5日の1:25頃,B看護師らは,患者について安全カンファレンスを実施した.
11月5日の3:30頃,患者に喘鳴があり,患者のSpO2は86%に低下したため,ネーザル(装着の負担の少ない酸素投与器具)を後頭部に固定する措置をとったが,患者がネーザルも外してしまう状態であったことから,患者の両手にミトンが装着された.これにより,酸素投与の継続が可能となり,患者のSpO2を90~94%に維持できるようになった.
4:00頃にはSpO2の改善がみられ,5:00頃もSpO2は93%(ネーザルで3ℓ/分の酸素投与下)であった.
5:30頃の安全カンファレンスでは,患者が安静を保持することができないためミトンの使用が検討されたが,ミトンの違和感で興奮し危険性が増してしまうことを考慮しミトンは装着せず,できる限り見守りで対応する方針とされた.
6:00頃,C看護師が患者の病室を訪れた際,患者に体動はあるがチアノーゼはなく,声掛けに対してうなずく様子があった.
6:00以降,B看護師らは適宜患者を訪室し,SpO2を計測するなどしており,B看護師,D看護師も,6:00頃~6:30には複数回,患者の病室を訪れた.
6:30頃,D看護師が患者の病室を訪れたところ,患者は,ネーザルを外しており,酸素投与のない状況下でSpO2が65%等であったが,7:00頃には,酸素流量15ℓ/分のリザーバー付き酸素マスク下でSpO2は90%前後となった.しかし,患者に呼吸状態の悪化があったことから,E医師はCT検査の指示を出したものの,その後,患者の呼吸状態の悪化によりCT検査は中止され,患者が心肺停止状態になったことから心肺蘇生が行われが,11月6日のPM12:08頃,患者は死亡した.死亡診断書における直接死因は窒息とされた(注3).
2.本件の争点
争点は多岐にわたるが,以下では,5:30~6:30頃の看護師らの患者管理に関する争点について説明する.
3.裁判所の判断
患者側は,5:30の時点において,看護師らはパルスオキシメーターが一定値以下でアラームが鳴るようにするなどして患者の呼吸状態を継続的に管理すべき注意義務を負っていたと主張した.しかし裁判所は,B看護師らは,患者について3回にわたって安全カンファレンスを行い,心電図モニターによるモニタリングを行うとともに,適宜,患者の病室を訪れてSpO2を計測するなどしており,またその後,5:00頃までにSpO2も改善されており,既に行っていた看護上の各種の処置に加えて,SpO2を常に看視しなければならないほど気道が閉塞しやすい状況にあったとはいえないため,患者側の主張するような注意義務は認められないとした.
また,患者側は,看護師らは5:30~6:30の間に患者の異変に気付き,早急に状態を確認すべき注意義務を怠ったと主張した.しかし裁判所は,B看護師らは,5:30頃の安全カンファレンスにおいて,患者が興奮しないようミトン装着をせずできる限り見守りで対応する方針とし,6:00頃には患者を訪室しチアノーゼがないこと等を確認しており,朝のケア等が開始された同日6:00以降も,複数回患者を訪室したことが認められる等として,B看護師らの対応に過失はないとした(注4).
4.本事例から学ぶべき点
本判決では,深夜帯における看護師らの患者管理状況,患者のバイタルサイン,投薬状況等がかなり詳細に認定されており(本誌では紙面の都合上一部しか記載できていない),看護記録等の詳細な記載が前提になっていることは間違いないと思われる.そしてこの詳細な管理状況の認定が,看護師らの対応は適切であったとの裁判所の判断につながっている.
深夜帯の患者管理に関する医事紛争は非常に多く,そこでポイントになるのは,筆者の経験上もやはり看護師による記録である.各医療機関において,看護記録の重要性と看護師への指導について,改めて確認してみて頂きたい.

 
利益相反:なし

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引用文献および補足説明
注1) 大阪地裁 令和2年6月5日判決.
注2) 患者は身長約173cm,体重約127kgと肥満体で高血圧であり,精神病薬を多飲する傾向があり,多量の喫煙・飲酒をしていた等の事情もあった.
注3) 上記の患者の素因等もあり死因も争われているが,紙面の都合上割愛する.
注4) 7:00頃に医師が気管挿管すべきだったという争点もあるが,医師の過失は否定されている.

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