日外会誌. 124(6): 472-477, 2023
特集
先天性嚢胞性肺疾患のup to date
2.疾患概念についての最新知識
神奈川県立こども医療センター 黒田 達夫 |
キーワード
先天性嚢胞性肺疾患, 先天性肺気道奇形, 先天性嚢胞性腺腫様奇形, 肺分画症, 分類
I.はじめに
先天性嚢胞性肺疾患は「肺実質内に気道以外で先天性に肉眼的あるいは顕微鏡的な非可逆的に拡張した腔が存在する状態」と定義される.気管支拡張症や原発性肺腫瘍内に形成された嚢胞性病変,結核性空洞やpneumatoceleの様な感染性の可逆性病変などはこれに含めない.先天性嚢胞性肺疾患の中には,いくつかの異なる発生学的背景を持つと考えられる疾患が含まれる.これらの疾患の詳細な概念は未だに未確立な部分があり,また,互いに排他的ではないために重複がみられ,それぞれの疾患の臨床像が曖昧にされていた.今日,少しずつ先天性嚢胞性肺疾患に含まれる疾患の詳細な概念が整理され,新たな疾患概念が提唱されつつある.1例をあげると,以前は先天性嚢胞性肺疾患のなかの一つの独立した疾患と考えられていた小児の肺葉性肺気腫は,実際には先天性気管支閉鎖症などいくつかの疾患で併存がみられ,成人の肺気腫のように病理学的に限界板の非可逆性の破壊を伴っていないため,病変の中枢気道の閉塞性病態を解除すれば可逆性である.このため今日では単なる兆候としてのみ扱われ先天性嚢胞性肺疾患には含められない.本稿では,先ごろ完成した先天性嚢胞性肺疾患診療ガイドライン(表1)1)に沿って,本疾患の現状での理解と問題点について述べる.
II.新たな分類の概念
先天性嚢胞性肺疾患はこれまで発生学的背景によるもの,病理学的背景によるもの,解剖学的背景によるものなどいくつかの分類が提唱されてきたが,未だに完全に整理されてはいない.先ごろまとめられたわが国のガイドラインでは,発生学的背景に基づいて1)肺気道奇形,2)過剰肺芽,3)前腸発生異常,4)気管支閉鎖,5)その他に大別している(表2)2).先天性肺気道奇形は,肺芽より気道が分かれて肺が発生してゆく過程のいずれかの段階で発生の停止または遅延が起こったために肺実質内に嚢胞が形成されたと考えられるもので,Stocker3)の提唱したCongenital Pulmonary Airway Malformation (CPAM)(先天性肺気道奇形)の概念に相当する.過剰肺芽のカテゴリーは,発生過程で肺発生原器である肺芽のほかに過剰な副肺芽が出現し,副肺芽からは本来の肺芽から発生した正常気管支系とは交通のない肺組織が発生して,ここに嚢胞が形成されたと考えられる疾患群を包含し,肺葉外・肺葉内肺分画症がこのカテゴリーに入れられる.一方で肺分画症の発生機序として,肺分画症に特異的にみられる大循環系から分画肺に流入する動脈に注目し,この血管が一次的な発生異常であり,この血管に牽引されて分画肺が形成されるとする考え方も一部にはある.肺葉内肺分画症の分類として,Pryce4)は大循環系から流入する動脈の流入領域により三つに分け,流入動脈が正常肺に流入するⅠ型,分画肺からさらに周囲の正常肺まで流入するⅡ型,分画肺のみ栄養するⅢ型とした.しかしながら,Ⅰ型は副肺芽から発生したと考えられる分画肺を持たず,ガイドラインで提唱された新分類とは合わない.したがって新分類では,旧来のPryceⅠ型肺葉内肺分画症は一部の肺動脈の起始異常により起こる血管の先天性疾患として,肺分画症には含めず,また古典的なPryce分類も採用していない.前腸発生異常は,前腸から肺芽が出て消化器系と気道が分離する際の分離異常により中枢気道や食道に嚢胞が形成されたと考えられるもので,気管支原性嚢胞や食道原性嚢胞などいわゆる中枢性嚢胞をこのカテゴリーに入れている.気管支閉鎖症は発生過程における気管支の閉鎖により,閉鎖部末梢側の肺実質に嚢胞や肺気腫が形成されるものである.気管支閉鎖の発生機序として,下高原ら5)は左上肺葉の気管支閉鎖症症例で高率に区域ないし亜区域気管支動脈の分枝・走行の異常がみられることを報告しており,血管の分枝・走行異常が一次的な発生異常で気管支閉鎖はこれにより起こる二次的な異常である可能性も考えられる.本来は発生学的背景に基づく分類は,発生過程の一次的な異常に基づくべきもので,区域・亜区域気管支動脈の起始・走行異常による二次的な気管支閉鎖は上記の肺分画症のPrice分類Ⅰ型のように血管の先天異常疾患として扱い,先天性嚢胞性肺疾患に含めるべきではないと言う議論もある.しかしながら,従来,先天性嚢胞性肺疾患と診断されてきた症例の中には気管支閉鎖症が非常に多く含まれ,気管支閉鎖症を先天性嚢胞性肺疾患と分離することは非常に難しく,臨床上も大きな混乱をきたすものと考えられ,今回のガイドラインでは気管支閉鎖症を先天性嚢胞性肺疾患の一つのカテゴリーとして分類している.さらに石田ら6)はそれまで肺葉内肺分画症と診断されていた症例の切除標本を再検討し,これらの中に分画肺内の気管支系が末梢に向かいそこに太い弾性動脈が入っているものと,気管支系は正常肺と同じ肺門部に向かい比較的細い動脈が複数分画肺に周囲より入っているものがあることを報告した.後者は副肺芽由来の分画肺と言うよりも,気管支閉鎖症の閉鎖部遠位肺に感染を起こし,二次的な血管増生したものとした方が説明しやすく,新分類では,表2の除外基準に示される様に,こうした症例は気管支閉鎖症とされている.リンパ拡張症などの先天的な異常に基づくものは,その他の先天性嚢胞性肺疾患のカテゴリーに入れられている.
III.先天性肺気道奇形(CPAM)
先天性肺気道奇形(CPAM)は最も代表的な先天性嚢胞性肺疾患である.Stockerら7)は小児の嚢胞性肺疾患の中に嚢胞壁に腺腫様の組織所見を呈する一群の症例があることを発見し,発生過程において形成された過誤腫的な病変であろうと考え,先天性嚢胞性腺腫様奇形 (Congenital Cystic Adenomatoid Malformation (CCAM))という疾患概念を提唱し,嚢胞の大きさにより径1.0cm以上のⅠ型,0.5~1.0cmのⅡ型,顕微鏡的嚢胞のⅢ型に分類した.しかしながらその後Stockerは自らこうした病変は過誤腫様の腫瘍性病変ではなく,発生過程において,気道の分裂や肺の形成が停止もしくは遅延して形成されるものであるとして,1994年にCPAMと呼称を変えた新しい概念を提唱した8).そして中枢に近い気道で発生が遅延もしくは停止して嚢胞が形成されるとして,従来のCCAMⅠ〜Ⅲ型に算用数字でCPAM 1〜3型を対応させ,これにより中枢気道で発生が停止する0型と,胸膜直下の最も末梢の気道で発生が停止する4型を加えた五つの亜型に分けた.今日,この考え方は広く受け入れられている.
近年,CPAMに関して新たな指摘も出されている.1型CPAMでは嚢胞壁でKRAS遺伝子の変異がみられる症例が多い.上述したmicrocystic parenchymal maldevelopmentの組織所見を呈する気管支閉鎖症は,肉眼的には2型CPAMと極めて類似した所見を呈する9)10).臨床的にも2型CPAMは気管支閉鎖症に類似して,CPAMでありながら生下時に呼吸症状を呈さない症例が多い.3型CPAMは顕微鏡的嚢胞で形成されており,最も重篤な臨床像を呈する.これらの特徴の相違は,Stockerの提唱した肺気道の発生過程における発生停止の起こった場所では説明が難しいように思われる.将来的には,CPAMの概念をさらに改訂し,遺伝子異常に基づくもの,中枢気道の閉塞機転に基づくもの,肺発生の異常とそれぞれ異なる別の疾患として再定義される可能性も考えられる.これは今後の検討課題になる.
IV.Broncho-pulmonary Airway Malformation(BPFM)
BPFM(bronchopulmonary-foregut malformation)は比較的稀な嚢胞性肺疾患で,今日では肺の一部もしくは全体を支配する気管支が食道など消化管と交通する疾患と理解されることが多いが,今回のガイドラインにおける分類においても議論が分かれた.古典的にはGerleら11)が1968年に副肺芽から形成される分画肺の中で消化管と開存した交通のあるもの,交通のないもの,線維性組織の連続のみで開存した交通はないものがあることを述べ,BPFMの概念を初めて提唱して,さらに横隔膜ヘルニアの合併の有無で細分類した.一方,Fowlerら12)はD型食道閉鎖症の下部食道が両側に肺組織をもつ気管に置換されていた自験例を報告し,その成因は副肺芽では説明できず,原始前腸の分離不全で,食道側に肺への分化能を持った前駆細胞が遺残したためであると考察した.すなわちFowlerらは,消化管と様々な形で交通した肺病変のみをBPFMとし,前腸分離不全に起因する疾患群として整理した.今回のガイドラインにおける分類では,BPFMはGerleらの説を採用して,過剰肺芽に起因する疾患の中に入れられ,消化管と交通を持った分画肺をもつものとして扱われている.副肺芽由来の分画肺は大循環系からの動脈支配を受けているはずで,正常肺動脈からの血流が流入している肺の気管支が食道などの消化器系と交通している症例は,気管支起始異常として先天性嚢胞性肺疾患とはされていない.しかしながらBPFMのそもそもの概念が定っておらず,再分類の是非については今後も検討を要する.
V.出生前診断の展開
先天性嚢胞性肺疾患の一部の症例は子宮内胎児死亡や出生直後の重篤な呼吸不全を呈し,致死的な転帰をとる.本邦における全国調査では,生後30日までに出生例の3.3%が死亡し,約10%の症例は周産期ハイリスク症例であった13).出生前に診断される胎児肺の肉眼的あるいは顕微鏡的な嚢胞性肺疾患の予後について,Crombleholmら14)は病変の容積を楕円球の容積に近似し,これを頭位で割って標準化した指数を予後指標として提唱し,これが1.6より大きいものは胎児水腫に陥る可能性が大きいことを報告している.わが国における全国調査でも,この肺病変の容積指数は生直後に呼吸器症状を呈する症例や,胎児水腫を呈した症例では有意に高かった15).病理学的診断では,これらの重症例は圧倒的に当時,CCAMと診断された症例に多い.にも関わらず本邦の全国調査では肺病変容積の指標は,CCAMと非CCAM症例で有意差がみられなかった15).これは,旧来の分類が曖昧で,本来CCAMではない症例を多数CCAMの範疇に入れていたためであると考えられる.本邦の症例の病理学的検討では,従来,CCAMに特異的であるとされたmicrocystic parenchymal maldevelopmentの組織所見は,確認された気管支閉鎖症の4割近くで認められている9)10).こうした病変はCCAMと気管支閉鎖症のハイブリッド病変などと呼ばれ,双方に分類されていたが,こうした重複が先天性嚢胞性肺疾患に含まれる各々の疾患の臨床的な特徴を曖昧にしていたように思われる.そこでCPAMの概念を採用した新分類ではハイブリッド病変と言う概念を棄て,microcystic parenchymal maldevelopmentは胎生期に,より中枢の気道に閉塞性機転があった場合に形成される二次性の組織所見であるとした.このようにして二次性の病変を可及的に取り除いて,各々のカテゴリーに属する疾患を詳細に再定義し,臨床的な特徴を明確にしようとしたところに,今回のガイドラインにおける分類の斬新さがある.
一方で,出生前に周産期の予後を正確に予測しうる指標は未だに確立されてはいない.肺病変容積指標やMRIなどの画像診断所見と胎児水腫発症の相関を報告した論文は散見されるが,容積指標に関しては基本的に特定の胎児治療施設の関連施設からの報告が多く,MRI評価についても後方視的な研究であり,超音波評価との乖離を指摘した報告もある16)17).いずれの指標も出生前治療,とりわけ胎児手術の適応を決定できるものではなく,今後も研究が必要である
VI.おわりに
先天性嚢胞性肺疾患の概念について,先ごろまとめられた本邦の診療ガイドラインで採用された分類を元に,解説した.発生学的な視点から,従来の疾患概念は相当に整理されてはきたが,現時点においても未確立な課題が多く,出生前治療の適応や将来の癌化リスクなどを考える上では,将来的により臨床的特徴と相関性の強い分類を確立してゆく必要がある.
利益相反:なし
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