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日外会誌. 124(5): 383-384, 2023

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先達に聞く

私たち(外科医)はどこから来て,どこへ行くのか?

日本外科学会名誉会員, 華岡青洲記念病院 

松居 喜郎



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現代の,われわれ高齢者と若者の意識のギャップは,年齢差だけではなく,最近の経済低迷(経済発展において世界で31位)との関連が強くあると思われる.悪いのは疑似成功体験(朝鮮・ベトナム戦争特需,アメリカモデルへの追随など)を自分たちの成果と勘違いしてきた世代が,「伝統は革新の連続である」といった歴史的真実に無関心で,単純に保守的で,教育への危機感も薄く,先を見通す力に欠け,人口減少という文明社会での自明の現象に手を打たずにいたことによるのは明白である.
私は2019年に北海道大学を定年退職し,華岡家9代目が設立した華岡青洲記念病院にお世話になっている.華岡青洲先生は,世界で初めて,全身麻酔を用いた乳がん手術を成功させたことで本邦近代外科の開祖とも言える.先生のもとには患者のみならず,多くの門人が全国から集まったが,修行を終えた門人には,以下のような心得の漢詩を送っている.「ただひたすらに思うのは,医術によって病人を死から救うことだけである.裕福に暮らそうとか,資産家になろうなどとは,私は少しも望まない.」1)まさに今から200年以上前に,医療者の心構えをみごとに言い当てられている(本質的には医療はビジネスと親和性はない).その希望に満ちた苦難の始まりから,医療(外科)は間違いなく長足の進歩を遂げてきた.しかし,いわゆる現在の形の外科手術は生き延びるであろうか.
野口悠紀雄氏によると,2018年から2040年までの本邦の15~64歳人口は0.8倍に減少,65歳以上人口は1.1倍と増加し,試算では,給付調整型の場合,社会保障給付やサービスは約1/4カットされ,負担調整型では一人当たり負担額4割程度引き上げになる(2人世帯の月額負担が,11万2,573円が15万7,602円になる).また産業別就業者数をみると,日本の花形だった製造業は2030年には卸売・小売業,医療・福祉業に抜かれ,2040年には医療・福祉業が最大の産業になる.医療・福祉産業においては,他の産業での売り上げに相当するものが,市場を通じるのではなく,医療保険や介護保険といった公的な制度を通じて集められるため,資源配分の適正化を市場メカニズムを通じて行うことができず,成長を前提とした経営戦略は成り立たない.
さらに厚生労働省の医師数の資料によれば,少子高齢化の影響で,不足していたはずの医師数は,2029年頃に約36万人で需給が均衡し,その後は過剰となるとされる.全社会保障費の制限は医療経済からは必至であるが,医師らの生き残りをかけた過剰診療も懸念の一部である.
成長を前提とした経済復興戦略は今後成り立ちそうにない.すでに現在の日本は,世界の企業の「時価総額」は1989(バブル崩壊前)年には,トップ50社中32社だったものが,2019年ではトップ50社中トヨタ1社のみという状況である.本田由紀氏によると,日本は管理職の起業家精神や国際経験が低調で,企業全体としても機敏さに欠け,ビッグデータを使いこなすこともできず,効率的でなくデジタル化の進展も遅れており,管理職以外の一般の人々についても柔軟性や海外の考え方を受け入れる姿勢に欠けているとされる.
ジャック・アタリ氏は,「なぜ日本は国際競争力のあるデジタル技術企業の創出において遅れをとっているか」という質問に,「研究にもっとお金をかけること,若者の創造性.そして最も大切なのは,異論を称えることです.大勢順応を称えるのではなく,異論を称え,前例のないことに挑戦するのを称えるのです.つまり彼ら彼女らは,『ルールを破らなければならないこと』を理解し始めています.日本社会が基づいているのは,ルールに反したら称賛されるのではなく,ルールに従って振る舞うということですから」と看破している.
さらにSNSを含めたスマホによる安易で過剰な情報供給が,若者たちの精神構造も変化させつつあるようだ.AIによる“ユーザーのお好みの情報”の自動選択,金銭欲や承認欲求を加速させるガソリンとしての知識を得たいという“ファスト教養”や,不快な場面を避け結論を確認することで,安心して“映画を早送りで観る人たち”の増加をどうみるか.稲田豊史によると,このことは,職場の新入社員にも顕著であり,年長世代が懐の深さをみせたつもりで口にする「失敗してもいいから,まずはやってみろ」は,彼らにとっては「いじめ」にも近い.その結果失敗して,上司から失敗の理由を指摘されたら「そんなに言うんだったら,先に正解を教えてくれればいいじゃないか」と感じるらしい.
これから違う感覚の新人類(スマホによるもの?)と,最大業種となる医療関係業務を営む世界はどのようなものなのだろうか.当然医療そのものも劇的に変化するだろう.ナノマシーン,多能性幹細胞を用いた細胞療法,バイオプリンティング,ゲノム編集,AI,スマートセンサー,メタバースを応用したメタ病院などである.スパイク・ジョーンズが映画「Her/世界でひとつの彼女(2014)」で予告した,“あいまいさ”を獲得し,人間らしくなったAIがさらにバージョンアップした際,シンギュラリティ(AIが人類の知能を超える転換点)は起こるのだろうか.とても遠い未来とは思えない.
少なくとも心臓血管外科においては,内科のインターベンションの進化も早く,さらなるイノベーションを考えた場合,近々外科・内科の区別は意味をなさなくなるだろう.興味はつきないが,私は間違いなく,その世界に“適応障害”となるだろう.しかし,これも私自身の“ファスト教養”が作り上げた妄想かもしれない.過去にとらわれた見方は私自身のものと考えよう.
司馬遼太郎の小説に坂本竜馬に関する好きな一節がある.弥太郎の竜馬への思いである.「あいつが,おれに優っているところが,たった一つある.妙に,人間といういきものに心優しいということだ」2).結局これが大切と思う.

 
利益相反:なし

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文献
1) 華岡青洲記念病院ホームページ:青洲逍遙 華岡青洲文献保存会.2023年7月1日. https://hanaokaseishu.com/literature
2) 司馬 遼太郎:人間というもの.PHP文芸文庫,東京,pp57,2004.

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