日外会誌. 124(1): 131-133, 2023
定期学術集会特別企画記録
第122回日本外科学会定期学術集会
特別企画(9)「過去から未来に繋げる災害医療と外科医の役割」
2.災害復興期における地域に密着した外科診療と実地研究の両立―福島第一原子力発電所事故の経験から―
ときわ会常磐病院 外科 澤野 豊明 , 尾崎 章彦 , 金本 義明 , 神崎 憲雄 , 江尻 友三 , 黒川 友博 (2022年4月16日受付) |
キーワード
地域医療, 被災地, 新専門医制度, カリキュラム制, 過疎地
I.はじめに
災害は世界中・日本中どこでも起こり得る.災害時にどのように医療を継続的に,そして持続可能性をもって支えていくべきかは重要である.しかし,現段階で完全な答えはない.日本は災害大国だ.その一方で医療の提供体制には地域格差が大きく,災害が過疎地で起きた際に,だれが,どのように,地域医療を支えていくかは大きな課題の一つである.
II.被災地&過疎地の福島県南相馬市
私は2014年に医学部を卒業した9年目の消化器外科医師である.千葉大学を卒業後,2014年4月から東日本大震災および福島第一原発事故によって被災した福島県南相馬市にある,南相馬市立総合病院で臨床研修医として勤務を開始した.私にとって福島県は縁もゆかりもない土地で,ただ被災地で働いてみたいという純粋な気持ちから研修先を南相馬に決めた.
南相馬市立総合病院は福島第一原発から23km北に位置する病院で2013年4月から基幹型臨床研修指定病院になった病院である.南相馬市は福島県の沿岸部,北東に位置する市町村で,当時の人口あたりの医師数は10万人あたり83.2人(全国:233.6人)と全国平均の約1/3で,医師不足が深刻な過疎地であった.また当時,市の南側10kmが福島第一原発事故によって避難指示区域となっていたこともあり,原発に最も近い最前線の中核病院としての機能も持ち合わせていた.
過疎地で災害が起こった場合には,限られた人的資源の中で,通常診療を継続しつつ,災害復興に関わる臨床データの蓄積まで行う必要がある.診療側については,短中期的に外部からの支援を受けることである程度の効果が期待できる.一方で,臨床データの蓄積には時間がかかる上,外部から来た短期支援者がそれを担うのは難しく,現地での活動にある程度コミットしている者でなければ担うことが難しい.そのため,診療が逼迫している状況では担い手がいないという状況が起こりうる.中長期的に,どのようにそのような診療と研究をそれぞれ担う人材を確保するか,ということは過疎地で災害が起きた時の大きな課題の一つである.
III.過疎地&被災地での外科研修
本稿では,災害後の被災地における中長期的な人材確保の一解決策として若手医師の活用があげられるのではないかという一つのモデルケースを示したい.以下に私のこれまでのキャリアパスを示す.
臨床研修を終えてから約3年半,南相馬市立総合病院で外科専門研修を行った.この期間に専門医取得のため呼吸器外科・心臓血管外科の病院へそれぞれ1カ月ずつ研修に行かせていただいた.専門医を取るのと同じ頃に,腹腔鏡手術の勉強のため,消化器外科ハイボリュームセンターへ1年程度病院を移した.2020年度の途中から現在の福島県いわき市の病院に拠点を移し,2021年に消化器外科専門医を取得した.結果的に毎年年間100例以上の術者をやらせていただき,外来から手術,化学療法,緩和治療まで,そして疾患も幅広く,自らが責任を持って治療にあたることができたが,そのような活動の幅広さこそが過疎地で外科医を行うことのメリットと言えると思う.
IV.外科研修と被災地での実地研究の両立
診療の傍ら,臨床研修医時代から研究を開始した.現在までに共著者も含め約100報の論文に関わらせて頂いている.内容としては,除染作業員の健康状態や障害者の中長期的な避難の健康影響,病院に入院している患者の緊急避難時の健康影響など,特に健康弱者を研究課題としており,外科臨床とは一線を画した内容の研究を行ってきた.
その一方で,被災地で外科医として臨床医を行っていることが,災害地域での研究のやりやすさに直結していると感じることもしばしばあった.例えば,私はこれまでに除染作業員に関する論文を7報発表しているが1),研究を始めたきっかけは研修医の頃,除染作業員を診察する機会が多くあり,「この人たちはきちんと健康を気にしているのか,生活習慣病の有病率が高いのではないか」というクリニカルクエスチョンをもったことであった.これを示すためにまずは症例報告を書き,続いて後方視的研究を行い,最後にはアンケート調査による横断研究まで行う事ができた.
そもそも現地で地域医療に従事していなければ,このような自分の患者を対象としない前向き研究を行うことは非常に困難であった.なぜなら実際にいくつかの除染作業員を有する企業に研究協力を仰いだところ,健康状態が悪いことが明らかになることを懸念してか協力してくれる企業がみつからなかった.最終的に協力してくれたのが,元々診療において関わりがあった企業で,その企業の協力のもと,健康講和を行ったり,病院に関係ないところで除染作業員の方と関わる機会をいただくことができた.
以上のような働き方は過疎地での災害時に人材が不足する状況を好転させるための解決策の一つのモデルケースになる可能性がある.このような働き方は,「臨床も研究もやりたい」という若手の希望に沿うことができ,さらに医師不足の被災地における医療の向上にもつながる可能性がある.
V.二足の草鞋を履くための障壁
ただし,過疎地での外科研修および研究活動になるがために,いくつかのデメリットがあることには注意が必要である.外科研修においては最新の手術に触れる機会が少なくなったり,専門医取得のための診療科が足りないという状況が起こり得る上,研究についても指導者がいない,研究時間の捻出が難しいというような状況が起こり得る.過疎地で診療と研究を両立することによってどちらかの活動の質が低くなることは本末転倒であり,どうやって質を担保するかは,もちろん自分次第という部分も小さくないが,指導する側が特に注意しなければならない部分となる.
VI.今後の展望
そういったデメリットも踏まえて,今振り返ってみて思うのは,外科研修と臨床研究を支援する仕組みがあって然るべきである.実際に私自身の専門医取得のため他院で専門研修を受ける時の調整には大変苦労した.診療と研究以外に自分の時間や労力を割かなければならず,せっかく両方やりたいと手を上げてくれている若手のモチベーションを阻害しかねない.
また,私が専門医研修を行っていた頃には専門医制度の過渡期であり,カリキュラム制であったために南相馬で外科診療を行いながら継続的に外科研修に従事することができた.現在はプログラム制となってしまったため,事実上そのような働き方はできない.
一方で,カリキュラム制を復活させようという動きも外科学会から2021年秋に発表されている.例えば臨床研究医コースの者はカリキュラム制の対象となる可能性があると公式HPで公表されている.今後も大規模災害は日本中で起こりうることを考えれば,具体的にこのような働き方を支援する体制が将来的に構築されることに期待したい.
VII.おわりに
過疎地の被災地では診療医も研究医も不足する.若手医師が臨床医(外科医)を行いながら研究を行うことは医師・地域の双方にメリットがある可能性がある.福島第一原発事故後の被災地には臨床医と研究者の両立を行っていた若手医師が複数いた.一方でそういった研修を希望する若手医師を支援する仕組み作りは現状不十分ではあるが,少しずつ支援しようとする動きがあり,今後に期待したい.
利益相反:なし
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