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日外会誌. 124(1): 58-64, 2023

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レジリエンス・エンジニアリング理論に基づく安全マネジメントへの統合的アプローチ―複雑で不確実な状況下での成功を確実にする―

大阪大学医学部附属病院 中央クオリティマネジメント部

中島 和江

内容要旨
レジリエンス・エンジニアリングは,統合的アプローチによる新しい安全マネジメントである.従来の患者安全は,安全を事故(失敗)のないことと定義し,失敗を減らす対策を行ってきた.レジリエンス・エンジニアリングでは,複雑で不確実な状況下で安全(成功)がどのように確保されているのかを理解し,成功をより確実にするために先行的な対策を講ずる.大小さまざまな変化や制約のある医療現場において日々の業務が成功しているのは,人々の状況に合わせたパフォーマンスの調整によるが,他方で複雑なシステムでは,様々なパフォーマンスの調整によって予想外の事故が発生したり,安全上のリスクが覆い隠されたりする.レジリエンス・エンジニアリングでは,業務を成功に導くパフォーマンスの調整を促進するとともに,失敗につながる可能性のあるものは低減させる.そのための方策として,計画や想像上の仕事の行われ方と実際の仕事の行われ方とのギャップを解消すること,システム(チームや組織等)の想定・モニター・対応・学習能力を高めること,変化への対応に必要なシステムの適応キャパシティを拡張すること,チームや組織の総合力を発揮すること等が提唱されている.

キーワード
医療安全, レジリエンス・エンジニアリング, 統合的アプローチ, 適応キャパシティ, チーム学習

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I.はじめに
1999年から本格的に取り組まれるようになった医療における安全マネジメント(医療安全)では,患者誤認,手術部位誤認,薬剤間違い等,ヒューマンエラーへの対策が中心に行われてきた.これらの対策の多くは,病院共通の確認手順の策定およびルールの遵守である.また,医療チームが安全で効果的なパフォーマンスを発揮するためには,テクニカルスキルに加え,ノンテクニカルスキル(状況認識,意思決定,コミュニケーション,チームワーク,リーダーシップ,ストレスマネジメント,疲労対処等)が重要であることが広く認識されるようになった1).手術安全チェックリスト,外科医のノンテクニカルスキルの評価表であるNOTSS(non-technical skills for surgeons)2),多職種医療チームのトレーニングプログラムであるTeamSTEPPS3)等が開発され,これらの効果が報告されている4).近年,安全および組織マネジメントの新しいパラダイムであるレジリエンス・エンジニアリング理論が医療のみならず海洋油田掘削,航空管制,原子力発電,鉄道輸送,宇宙開発等においても注目され,研究や実践が行われている.本稿では,レジリエンス・エンジニアリング理論の概要を紹介し,外科領域における本理論に基づく安全マネジメントの展開可能性について検討する.

II.レジリエンス・エンジニアリング理論

1 パフォーマンスの調整
従来から行われてきた安全マネジメントでは,安全を事故(失敗)のないことと定義し,インシデントの発生をきっかけとして,失敗を減らす対策に注力してきた.一方,レジリエンス・エンジニアリング理論に基づく新しい安全マネジメント(以下,レジリエンス・エンジニアリングと呼ぶ)では,複雑で不確実な状況下で安全(成功)がどのように確保されているのかを理解し,成功をより確実にするために先行的な対策を講ずる.
レジリエンスとは環境の変化にうまく適応し,機能する(意図した目標を達成する)ことができるシステムの特性を意味する.生命システム,環境システム,産業システム等は複雑適応系と呼ばれ,構成要素が多重多層の非常に複雑なネットワークでつながり,変化する環境に適応しながら機能している.レジリエントなシステム,またはレジリエンスを発揮しているシステムとは,状況に合わせて(例えば,計画とは異なる状況,リソースに制約がある状況,想定外の状況,チャンスの到来等),システムのパフォーマンスをうまく調整し,意図した目標を達成することができるシステムである.病院というシステムは,必要な手術器械が使えなかったり,外科医が少ない時に緊急手術が入ったり,麻酔科医が不足したり,災害が起こったり,新興感染症が現れたりしても,柔軟に対応し診療機能を発揮している.
このようなシステムのレジリエンスはどのようにして生み出されているのか,という疑問に答えたのがエリック・ホルナゲル博士やデビッド・ウッズ博士らによって2000年代はじめに提唱されたレジリエンス・エンジニアリング理論である5).本理論の最も重要な点は,人々のパフォーマンスは状況に合わせて常に調整されており,機械のような正常モードと故障モードの二値的なものではないということである.パフォーマンスをどのように調整するかの意思決定は,不確実性のもとで限られた時間内に行わなければならないため,理想的環境下の合理的な意思決定の様式とは異なり,ヒューリスティックス(直感による素早い推論),満足化(容易に利用可能なオプションからの選択),マドリングスルー(目標達成のための手段をやりながら決定する方法)等によって行われている.「迷ったら手術する」という先人の教えに従ったり,腹腔鏡手術での標本摘出の際に,創部にぴったりのEZアクセスがなければ手袋を代用したり,緊急手術が入った場合に同じ診療科内の予定手術を動かしたり,手術開始直後の血圧低下に対してまずは補液や昇圧剤で対応し(例えば,腸管膜牽引によると推測),反応状況をみながら原因を絞り込み(例えば,投与した抗生剤によるアナフィラキシーショックと推測)それに適した対処法を選択するなどは,その1例である.複雑で不確実なシステムでの日々の業務の成功は,個人,部門,組織など様々なレベルにおけるパフォーマンスの調整によりもたらされている.パフォーマンスの調整をある外科医は「何とかする力」と呼び,また別の外科医は「帳尻合わせ力」と呼んでいるが,わかりやすい表現である.

2 統合的アプローチ
自然科学には分析的(または要素還元的)アプローチと統合的(または全体的)アプローチの二つがある.従来型の安全マネジメントは分析的アプローチであり,失敗事例に関与したシステムの構成要素である人や機器のパフォーマンスの問題点を特定し,原因と結果をスイスチーズモデル6)に代表されるようなリニア(線形)な視点,すなわち単純な因果関係で説明する.一方,レジリエンス・エンジニアリングは統合的アプローチであり,システム全体のパフォーマンスはシステムの構成要素同士がどのように相互作用することで生じているのか,というプロセスと結果をノンリニア(非線形)な視点,すなわち複雑な因果関係で理解する7).ノンリニアな世界を,アリストテレスは「全体は部分の総和以上のものである」と表現し,数学者の合原一幸教授は「1たす1が2でない世界」と説明している.分析的アプローチによる安全マネジメントはSafety-Ⅰ,統合的アプローチによるものはSafety-Ⅱと呼ばれる.

3 成功と失敗は表裏一体
Safety-Ⅰでは,失敗はエラーやルール違反が原因であり,成功と失敗の道筋は異なると考える.一方,Safety-Ⅱでは,成功と失敗は表裏一体とみる.すなわち,人々のさまざまなパフォーマンスの調整により日々の業務は成功しているが,複雑なシステムにおいてそれらの調整が互いに影響しあうことで,結果が裏目に出たり,悪循環を引き起こしたり,思わぬ事故を引き起こしたりすることがあるため,成功と失敗は等価として扱う8).レジリエンス・エンジニアリングでは,日々の業務の成功には,個人,部門,組織等,あらゆるレベルでのパフォーマンスの調整が不可欠であることを認識したうえで,成功を人々の調整まかせにすることなく,これをモニターしコントロールする.すなわち,仕事を成功に導くパフォーマンスの調整を促進するとともに,失敗につながる可能性のある調整は低減させるようにする9)

4 Safety-Ⅱの着手点
Safety-Ⅰでは,手術の有害事象における術者の手術手技の未熟さ等,指摘された問題に対して,トレーニングやシミュレーション等の再発防止策が提案されてきた.Safety-Ⅱを実践するために,どこからどのように着手するかについて,現時点では確立されたものはない.あらゆる状況下で物事を成功させるための方策として,計画や想像上の仕事の行われ方と実際の行われ方のギャップを解消すること,システムの想定・モニター・対応・学習能力を高めること,変化に対応できるようにシステムの適応キャパシティを拡張すること,チームの総合力を発揮すること等がこれまでに提唱されている.これらについて次に簡単に述べる.

III.Work-as-imaginedとwork-as-doneとのギャップの解消
パフォーマンスの調整が必要な理由は,work-as-imagined(WAI,計画や想像上の仕事)とwork-as-done(WAD, 実際の仕事)との間のギャップを埋め合わせるためである.ギャップには,術前計画と実際の手術の状況,外科医の期待する器械出し看護師の力量と実際の力量,外科に割り振られている手術枠と実際に必要な手術枠,看護師配置人数を決定する際に想定した業務量と実際の業務量,行政や社会の想像する現場の仕事のなされ方と実際のなされ方等,様々なものがある7).例えば,高濃度塩化カリウム注射液の急速静注による事故防止のために,日本医療機能評価機構では,原則として全病院的に安全設計のなされたプレフィルドシリンジ注射液を使用するよう通知した10).しかし,重症の心不全患者を治療する医療機関の病棟では,同製剤を使用すると患者への相当量の水負荷が避けられないことから,プレフィルドシリンジ製剤の先端から別のシリンジを使って高濃度塩化カリウム注射液を吸い取り,高濃度注射液を準備する状況が発生した11)
パフォーマンスの調整は一般に即興でその場しのぎの工夫であるが,良い調整は取り入れ,余儀なく行っている危険な調整は行わなくて良いようにすることが求められる.医療現場では新たなルールやテクノロジーが次々と導入されるが,それによって生ずる仕事のやり方の変化について,注意深くモニターする必要がある.Safety-Ⅱの実践では,頻度の高い業務を対象とし,システムを広くみる.日常業務においてどのようなパフォーマンスの調整が行われ,その背景にあるWAIとWADのギャップを引き起こしている制約は何かを理解し,ギャップを解消するような対策を講じる12)

IV.想定・モニター・対応・学習する能力の向上

1 四つのポテンシャル
システムがレジリエンスを発揮する,すなわち状況に合わせてパフォーマンスを調整し,求められる機能を発揮する,もしくは意図した目標を達成するためには,「想定する(anticipate),モニターする(monitor),対応する(respond),学習する(learn)」という相互に関係しあう四つの能力(ability)が必要である13).想定力とは,正確な予測というよりも,次に何が起こるかを想像し,事前に対応の準備をしておく能力である.これには,事態の進展や状況変化に伴う新たな要求や制約の発生等も含まれる.モニター力とは,何をどのようにモニターするのかを知っており,実際にモニターできる能力である.対応力とは,状況に合わせて計画していたパフォーマンスを調整し,即興の工夫を行うことのできる能力である.学習能力とは,特定の経験から学ぶだけでなく,目標や目的,価値や基準を変更することのできる能力である.

2 「やりにくい」を「やりやすい」へ
ロボット支援下手術では,ロボットカメラで術野の近接画像が立体視できるが,細部の手術操作をしながら同時に広く全体を俯瞰することができず,また視野外にある鉗子の動きを制御する安全機構がロボット側には装備されていないことから,視野外の臓器損傷のリスクがある.また,助手や看護師には術者に見えている画面しか情報がなく,また助手の鉗子はかなりの時間にわたりロボットカメラの視野外にあることから,助手は執刀医とは独立して自律的に手術操作の一部を担いにくい状況がある.これらは開腹手術にはみられない環境上の制約である.
大阪大学消化器外科では,2018年よりロボット支援下食道切除術において直径5mmのフレキシブルサブスコープを導入し,手術システムの機能拡張をすることで,手術チームのモニター・想定・対応・学習の四つの能力を向上させている14).フレキシブルサブスコープの使用により,横隔膜側から縦隔全体を広く観察でき,臓器や鉗子類の頭側から回りこみ,硬性鏡であるロボットカメラでは見えにくい構造物を直視下で捉えることができる.これによって危険部位等のモニターが可能になり,より正確な予測と対処ができ,また対処の結果が学習として蓄積され,次のより良いパフォーマンスにつながる.この方法の特筆すべき点は,手術手技および安全性の品質を向上するのみならず,手術工数(ロボットカメラの遠近操作等)や手術時間を短縮し,また,助手が自律的に安全を確認しながらサブスコープと鉗子を動かすことができることである.手術チームのレジリエンスの発揮には,手術システムが内包する制約を解除し,「やりにくい」を「やりやすい」に変えるイノベーションが必要である.

3 手術チームメンバー間のコミュニケーション
手術チーム全体で想定・モニター・対応・学習能力を発揮するためには,コミュニケーションが不可欠である.われわれが行った心臓血管外科の大動脈弁置換術(開心術)のケーススタディでは,執刀医をハブとする双方向通信ネットワークが形成され,頻回で短い発話,早いテンポ,短いラリー数,継続的なやりとり等が観察された15).また,要所要所でリスクへの備えや場を和ませる発話が行われていた.代表的な術式におけるコミュニケーションの特徴を見出すことができれば,より具体的なノンテクニカルスキルの教育が可能になる.また,現在の手術チームメンバーの新人教育では,麻酔科医はon-the-job trainingにより,器械出し看護師は事前に手術手順書から知識を得ることにより,臨床工学技士は術中ビデオ(音声なし)を見ながら人工心肺の操作訓練することなどにより,新しい知識を身につけ手術に臨んでいる.もし音声情報を含めた総合的な手術映像を活用した教育システムを構築することができれば,手術チームの多職種メンバーのテクニカルおよびノンテクニカルスキルのより効率的な習得が期待できる.

V.適応キャパシティの拡張

1 レジリエンスに関する異なる概念
レジリエンスという言葉は,主として次の四つの意味で使われている16).以下,主語はすべてシステムである.①recovery(回復力):擾乱前の状態にすみやかに回復することのできる能力,②robustness(堅牢性):擾乱を吸収し安定動作することのできる能力,③graceful extensibility(適応キャパシティの拡張性):擾乱に対応できるよう適応キャパシティをうまく拡張できる能力,④sustainable adaptability(持続的適応力):さまざまな擾乱に対して適応し続けることのできる能力,である.ノンリニアで予測困難性に満ちた複雑適応系でのレジリエンスの発揮には,リニアで予測可能性の高いシステムを前提とした,現状への回復力と想定される出来事に対応できる能力(①および②)だけでは不十分であり,状況に応じてシステムの適応キャパシティを拡張し,ネットワーク構造を変えていく能力が求められる.

2 危うい成功
スペースシャトル・コロンビア号の事故調査のアドバイザーを務めたウッズ博士は,「faster, better, cheaper」という社会からの増大する要求に対して,NASAが組織として適応キャパシティをうまく拡張できなかったことが事故原因であると分析した.NASAに限らずあらゆる組織は,外部からの増大する要求に対し,システムのパフォーマンスを引き伸ばして対応する.その状態がニューノーマルになると,新たな要求に対してさらにパフォーマンスを引き伸ばして対応する(law of stretched systems,伸ばされるシステムの法則)17).これを可能にしているのは人々や部署のパフォーマンスの調整であるが,一方で,このようなパフォーマンスの調整は,日々の業務に伴う困難やリスクを覆い隠してしまい,一見,組織の運営は何の問題もなく行われているようにみえる(law of fluency,流暢の法則)17).現場の日々の業務が,許容できないパフォーマンスが生ずるぎりぎりの状態からどれくらい安全マージンが保たれた所で行われているのかを把握しないまま,個人や部署のパフォーマンスの調整まかせにしていると,いつかそれらの適応キャパシティの限界を超え,許容できないパフォーマンスとしての事故が発生する18).組織がレジリエントにパフォーマンスするためには,「危うい成功」を見抜き,適応キャパシティを拡張しなければならない.

3 適応キャパシティの拡張
一つの適応ユニット(例えば,外科学教室や病院)が有するリソースは有限であることから,自ずと適応キャパシティには限りがある.一つの適応ユニットのキャパシティを超えるような事態に対処するためには,時機を逸することなく適応キャパシティをうまく拡張しなければならない.そのためには「適応キャパシティの飽和リスクの管理」「複数の適応ユニットから構成されるネットワーク」「適応キャパシティ拡張に伴う制約の解消」の三つが必要である16)
このことは病院における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応を思い浮かべるとわかりやすい.世紀の大擾乱ともいうべきCOVID-19への対応において,病院の診療機能を維持するため,すなわち適応キャパシティを超える事態に陥らないようにするために,病床数,スタッフ数,ワクチン接種者数,感染防護具数,人工呼吸器やECMOの台数,PCR検査キット数,医薬品の確保状況,職員の士気等,様々な指標が常にモニターされた.また,院内外の診療ネットワークを利用して,さまざまなリソースのやりくりが行われた.例えば,ICUの多くの病床を新型コロナ重症患者の治療にあて,本来であればICUに収容する患者を一般病棟で管理し,また予定手術を減らし,減らした予定手術の一部は関連病院で行われた.また,ICUでの新型コロナ患者の治療は,集中治療専門医のみならず,外科系や内科系医師が当番を決め担当した.コロナ重症センター等の外部の施設にも応援の医師や看護師を派遣した.さらに,適応キャパシティを拡張するための制約を解消するために,全体像を把握し,キャパシティギャップを補正する必要がある.これらは,会議やメール等を通じて関係者から多面的に情報を収集し,良い意味での朝礼暮改ともいうべき頻回のキャリブレーション(計画と実際のギャップの修正)によって行われた.
COVID-19対応では,多くの医療機関で形は違えど,絶え間ない調整,連携,交渉等を通じて適応キャパシティの拡張が行われた.適応キャパシティの拡張には,要求スピードに対応が遅れないよう,またある部門が他の部門の適応キャパシティを減少させることのないよう,スピードと相互恩恵のポリシーが重要である.このような適応キャパシティの拡張は,災害対応のみならず,熟達者による手術応援,手術枠のやりくり,入院病棟やICUの満床時のドミノ方式による病床管理等,外科診療においても日常的に行われている.

VI.チームの総合力の発揮

1 チーミングと心理的安全
チリのコピアポ鉱山の落盤事故(2010年8月5日発生)で,事故発生から69日目に66人の鉱夫全員が救出された困難なオペレーションの成功の背景には,チーミング(teaming)があったことが知られている19).チーミング(チーム化)とは,所属や専門性等が異なり,普段一緒に仕事をしていない人たちが,所属の垣根(境界,バウンダリー)を超えて協働し,即興のチームワークを行うことをいう.医療現場では,予定手術,緊急手術,困難症例,化学療法,栄養管理,急変対応等,日常的にチーミングが行われ,関係者は不確実性と予測困難性の下でリスクをとって困難な目標に挑戦している.
チーミングが成功するためには,心理的安全(psychological safety)が必要である20).心理的安全はエイミー・エドモンドソン博士によって提唱された用語で,チームメンバーが共通して持っている「対人関係においてリスクを取っても安全なチームである」という信念である.人は自分が発言することで,他者から無知,無能,ネガティブ,邪魔な人などと思われたくない.心理的安全性の高いチームでは,人からどう思われるかを心配することなく,疑問点,懸念事項,人と異なる意見を気兼ねなく発言でき,周りの人達に意見や助けを求めることができ,失敗をオープンにディスカッションできる.

2 チーム学習を促すリーダーシップ
エドモンドソン博士は,心理的安全性が高いチームではチーム学習(team learning, collaborative learning)が促され,その結果,優れたチームパフォーマンスが得られることを明らかにした20).グーグル社の社員を対象としたプロジェクト・アリストテレスの調査結果でも,優れたチーム力の発揮には,「チームが誰によって構成されているか」よりも,心理的安全,相互信頼,チームの目標とメンバーの役割といった「チームメンバーの関係性」や仕事の意味や意義が大切な要因であることが明らかにされている21).手術チームにおいても,チーム学習が行われることで優れたチームパフォーマンスが得られる.米国の病院で低侵襲手術(MICS)の導入に成功し,少ない症例数で手術時間の短縮に成功した心臓血管外科チームでは,仕事は所定の作業ではなく「チーム学習の場」という認識が共有されていた.チームリーダーである外科医は単なる手術の達人ではなく,他のメンバーの協力なしでは目標を成し遂げられない存在であると自らを認識し,チームメンバーは技術に長けた補助者ではなく,権限を与えられ重要な役割を担っているという責任感を持ち,MICS導入プロジェクトは受け身ではなく,向上心あふれる目的を達成するものという位置づけであった22)
心理的安全を形成するためには,チームリーダーはチームメンバーに対して,仕事を学習の場と位置付け,目的を明確にし,良い質問を投げかけて発言と参加を促し,批判的でなく生産的な対応をすることが有効とされている20).当院の手術部スタッフへのアンケート調査(2022年8月実施)でも,手術開始前の医師との打ち合わせ,手術前後における医師と看護師間での声かけや交流,手術チームでの達成感や喜びの共有等があれば,自身のモチベーションが向上すると考えていることが明らかにされている.手術チームで優れた総合力を発揮するためには,これまで行われてきたような外科医の手技向上のための研鑽やイノベーションに加え,外科医にはチーム学習を促すリーダーシップの発揮が求められる.

VII.おわりに
医療現場への社会的,経営的,学術的プレッシャーは増大し,対処すべき業務量は増加の一途をたどる.また,複雑で密につながったグローバル社会においては,新興感染症の出現,世界経済の動向,紛争の勃発等が予期しない形で医療に影響を及ぼす.このような複雑で不確実な状況下であっても,医療チーム,診療科,病院等は,事故を起こしたり受容できない質の低い医療に陥ったりすることなく,診療機能を発揮することが求められる.そのためには,外科医個人や診療科単位の「何とかする力」のみに依存するだけでなく,システム全体としてレジリエンスを発揮することができるような安全マネジメントの展開が必要である.
謝  辞
本稿をまとめるにあたり,大阪大学医学系研究科消化器外科学講座の田中晃司先生,佐々木一樹先生,波多豪先生,浜部敦史先生,同心臓血管外科学講座の吉岡大輔先生,増田真一先生,国立病院機構大阪医療センター脳神経外科の中島伸先生のご協力に感謝いたします.

 
利益相反:なし

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文献
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