日外会誌. 124(1): 32-37, 2023
特集
独自の進歩を見せる日本の甲状腺癌治療学
5.甲状腺未分化癌治療における最近の進歩
信州大学医学部 外科学教室乳腺内分泌外科学分野 伊藤 研一 , 森川 大樹 , 網谷 正統 , 清水 忠史 , 大場 崇旦 , 伊藤 勅子 , 金井 敏晴 |
キーワード
甲状腺未分化癌, precision oncology
I.はじめに
甲状腺未分化癌(以下,未分化癌)は,甲状腺癌全体の1~2%を占めるに過ぎないが,甲状腺癌による死亡の半数近く(14~39%)を占めている1)2).未分化癌は,ヒト悪性腫瘍の中でも最も悪性度が高く,全生存期間中央値4カ月,1年生存率5~20%,疾患特異的死亡率98%と,その予後は極めて不良である3)4).頸部から縦隔での腫瘍の急速な増大による窒息を回避するために,oncologic emergencyとして緊急での気管切開や気道確保が必要になることも珍しくはない5).一方で短期間に遠隔転移も起こすため,局所制御と平行して全身的な治療も必要になる.未分化癌の多くが分化癌の「未分化転化」により発症してくることが示されているが,「希少癌」であることと高齢者に多いことなどからこれまで治療戦略の開発が進んでいなかった6).
しかし,海外ではprecision oncologyの進歩に伴い,近年その予後には明らかな改善が認められており,本邦の状況とはかなりの違いが出てきている.一方,本邦では「甲状腺未分化癌研究コンソーシアム」により,世界に類をみない未分化癌のデータベースが構築され,その解析から複数の知見が発信されている.本稿では,未分化癌コンソーシアムからの知見を紹介し,海外の状況を参考に今後の未分化癌の治療戦略を展望する.
II.甲状腺未分化癌研究コンソーシアムの成果
未分化癌はその希少性と不良な予後のため,それに関する知見の多くが単一機関の症例追跡研究によるものであった.そこで,2009年に杉谷巌,吉田明,鈴木眞一が中心となり,「甲状腺未分化癌研究コンソーシアム(Anaplastic thyroid carcinoma research consortium of Japan: ATCCJ)」を設立し,本邦の未分化癌の臨床情報を蓄積した多施設データベースを構築し,これを基に多数症例のデータを解析する後方視的研究や,前向き臨床研究を行い,未分化癌患者の予後の改善を目指した取り組みを展開してきた.ATCCJには現在までに60施設以上が参加しており,1,200以上の症例が登録され,世界に類をみない未分化癌の大規模データベースが構築されている.ここでは,ATCCJの集積データから得られた知見の一部を紹介する.
Sugitaniらは,ATCCJに登録された1995年から2008年に治療された未分化癌677例を,通常型(common type)(n=547),偶発型(incidental type)(n=29),頸部リンパ節の未分化転化型(anaplastic transformation at the neck)(n=95),遠隔転移の未分化転化型(anaplastic transformation at a distant site)(n=6)の4タイプに分類した場合7),通常型の未分化癌の6カ月および1年疾患特異的生存率は,それぞれ36%と18%で,1年以上生存は84例(15%)で,さらに通常型症例の病期別解析では,生存期間中央値と6カ月疾患特異的生存率は,それぞれIVA期236日,60%,IVB期147日,45%,IVC期81日,19%であり,いずれの病期においても根治的切除が施行できた症例の予後は,非切除または姑息的切除のみの症例より良好であること,さらにIVB期症例では,根治的切除に加えて放射線外照射と化学療法が施行された症例の生存期間の延長が認められていることを報告した.いずれの病期においても,根治的切除ができた症例で生存期間の延長が示されているが,最近,Kanaiらは単施設での未分化癌62症例の解析で,根治的切除を施行できた症例の多くで,終末期に至るまで頸部での腫瘍増大に伴うQOLの低下を回避できたことを報告しているが5),SugitaniらのATCCJの解析結果と併せ,予後不良な未分化癌であっても,切除の可否を迅速かつ慎重に見極め,その時機を逸することがないように努めることで,生命予後とQOLの改善が得られる症例があることを示していると考えられる.
Yoshidaらは,2010年までにATCCJに登録された症例中,組織学的な確認がなされている未分化癌675例を,通常型546例,分化型癌の転移巣の未分化転化95例,偶発型34例に分けて解析し,通常型では1年生存率18.6%,2年生存率8.5%であったのに対し,偶発型はそれぞれ71.8%,58.3%と,偶発型の予後は良好であること,多変量解析では腫瘍径のみが有意な予後因子であり,根治的切除に続いて放射線外照射が行われた症例は予後良好な傾向が認められたことを報告した8).未分化癌でも偶発型であれば,決して予後は不良ではないことが示されたが,切除検体の病理組織診断で同定された小さな未分化癌であっても,40%以上の症例が2年以内に原病死していることは,未分化癌の極めて高い悪性度と有効な全身的治療の必要性を示すものと考えられる.
予後因子に関しては,2001年にSugitaniらは,未分化癌の予後予測因子として,急性症状(腫瘍の急速な増大,呼吸困難の出現など),白血球増加(10,000/mm3以上),腫瘍径5cm以上,遠隔転移,の4因子からなる“prognostic index”を提唱したが9),ATCCJ症例の解析でも,これらの4因子のいずれもが有意な予後不良因子として認められ7),未分化癌診断時の予後予測因子としての有用性が大規模コホートでも検証された.
上記の様に,ATCCJの大規模データベースでの解析でも,根治切除を施行できたとしても未分化癌患者の長期生存例は極めて少ないことが示されたが,ATCCJを設立した当時,未分化癌に対する有効な薬物療法はなく,その開発も大きな課題であった.そこで,2012年からATCCJでは,医師主導前向き臨床試験,「未分化癌に対するweekly paclitaxelによる化学療法の認容性,安全性に関する前向き研究(UMIN 000008574)を行った.この試験では病理学的に未分化癌と診断された患者に対するパクリタキセル(80mg/m2)週1回投与の認容性と有効性の評価が行われ,約2年間に全国の28施設から71名の未分化癌患者が登録された.このうち56例で解析が行われ,生存期間中央値6.7カ月,6カ月生存率54%,PR 21%,SD 52%,PD 19%,臨床的有用率73%,無増悪生存期間1.6カ月であり,パクリタキセル投与後に根治的切除を施行できた症例での予後は有意に良好であった.この結果から,未分化癌に対するパクリタキセル週1回投与法の認容性と術前投与の有用性が示された10).
これらのATCCJで得られた知見は,2018年末に発刊された「甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2018年版」の未分化癌に対するアルゴリズムに反映されているが11),近々改訂が予定されている.
本年,ATCCJで行ったレンバチニブの未分化癌に対する医師主導第二相試験(HOPE試験)の結果が報告された12).主要評価項目である全生存率に関しては,1年生存率11.9%と生命予後の改善は認められなかったが,全奏効率(CR+PR)は11.9%と,一部にレンバチニブに良好な反応を示す症例が認められており,今後,他剤との併用などによる新規治療戦略の開発が期待される.
III.海外での甲状腺未分化癌治療の現状
近年,precision oncologyによるがんの治療戦略が急速に進歩している.甲状腺癌は他癌腫に比べドライバー遺伝子変異の頻度が高いことが知られていたが,2017年に改訂されたWHO内分泌腫瘍分類第4版では,The Cancer Genome Atlas (TCGA)などから集積された甲状腺癌のドライバー遺伝子変異の情報が記載され,病理組織診断に分子診断を加えた統合診断が提示されている13)14).特に,甲状腺癌の大部分を占める分化型癌は,これまでは増殖様式の違いから乳頭癌と濾胞癌に分類されてきたが,近年の遺伝子変異の解析結果から,BRAFV600EやRET/PTC融合遺伝子,H/K/NRAS変異など,相互排他的な腫瘍発生のドライバー遺伝子変異の存在が明らかになり,さらに,TERT promoterやp53,CDKN2Aなどの変異が加わることで,予後の悪い低分化癌や未分化癌が発生してくると考えられている15)
~
17).ドライバー遺伝子変異を標的とする治療は,既に多くの悪性腫瘍で有効性が示されているが,未分化癌も例外ではなく,既に米国のNCCNガイドライン(本稿執筆時はVersion 2.2022)では,遠隔転移を有する未分化癌に対しては,BRAFV600E,NTRK融合遺伝子,RET融合遺伝子変異に基づく治療が推奨されており18)
~
21),tumor mutation burdenが高スコアの症例に対しては,抗PD-1抗体pembrolizumabの使用が推奨されている.また,診断時に切除の判断が難しい症例に対しては,ドライバー遺伝子変異に基づく分子標的薬によるneoadjuvant therapyが推奨されている22).
2019年に未分化癌に関する米国の過去30年間のSEERデータベース解析結果が報告されたが,生存期間中央値3.16カ月で,この期間の生存期間の有意な改善は認められなかったとされた3).しかし,2020年にManiakasらは,2000年から2019年までのMD Anderson Cancer Center単施設での未分化癌の臨床成績を,2000~2013年(n=227),2014~2016年(n=100),2017~2019年(n=152)の3期間に分けて比較した結果を報告しており,2013年までは17%の症例にしか行われていなかったBRAFV600Eの免疫組織染色法または次世代シークエンサーでの変異解析が,2017年以降は97%に施行され,治療期間ごとの全症例の生存期間の比較では,2000~2013:8.0カ月,2014~2016年:10.6カ月,2017~2019年:15.7カ月と,近年生命予後の改善が認められ,2017以降の症例では2年生存率が42%に達することを示した23).さらに,2016年までは施行されていなかった術前薬物療法後の外科的切除が,2017年以降は未分化癌症例の15%で施行され,BRAF遺伝子変異を標的とする薬物療法後に手術を施行された症例の1年生存率が94%まで改善したと報告している.
上記報告が示すように,未分化癌の治療戦略ではドライバー遺伝子変異に基づく治療の有効性は明らかであり,今後は免疫療法との併用や,早期に薬物療法を導入してからの外科的切除が生命予後の改善に繋がる可能性が考えられる.
IV.今後の甲状腺未分化癌の治療戦略
ATTCJによる本邦の大規模データの解析結果が示すように,未分化癌の予後は極めて不良であり,新規治療戦略,特に薬物療法の導入が必須であることは明らかである.しかし,上述した米国のNCCNガイドラインに記載されている治療薬の中で,未分化癌で最も頻度が高いと考えられるBRAFV600E変異陽性症例に適応となるBRAF阻害剤とMEK阻害剤の併用療法が,本邦では甲状腺癌に対しては未承認である.また,NTRK阻害剤も,包括的がんゲノムプロファイリング検査がそのコンパニオン診断になっており,どの施設でも速やかに検査を施行できる状況ではない.前述した最近の米国からの報告が示すように,甲状腺癌では変異遺伝子に基づく分類と分子標的薬選択が必須な時代になってきており,これに免疫療法や外科的切除,放射線照射を加えた集学的治療により未分化癌患者の生命予後の改善が得られることが明らかになってきている.本邦では,まずBRAFV600E変異に適応となる治療薬を可及的早期に未分化癌に使用できるようにし,分子標的薬の選択のためのコンパニオン診断を速やかに施行して,未分化癌患者が変異遺伝子に基づく治療を待機時間なく受けられる診療体制を作ることが急務である.
現在本邦でレンバチニブとニボルマブの併用療法の医師主導試験が行われている(JapicCTI-194835).レンバチニブの未分化癌に対する国際協同第2相試験では,無増悪生存期間中央値2.6カ月,生存期間中央値3.2カ月で予後の改善は示されず24),上述の本邦でのHOPE試験も同様の結果であった12).しかし,半数以上の症例で腫瘍縮小が認められており,他の薬剤との併用療法の可能性が期待される.ドライバー遺伝子変異を有さない未分化癌や,まだ治療薬が開発されていないドライバー遺伝子変異を有する症例もあり,また既に海外の報告が示しているように,ドライバー遺伝子変異に基づく治療を行ってもPDとなる症例があるので,これらの症例に対しては,レンバチニブの様なmulti-kinase inhibitorと免疫チェックポイント阻害剤の併用療法の効果が期待され,本試験の結果が待たれる.
V.おわりに
甲状腺未分化癌は「稀少癌」であるが,局所で進行すると患者のQOLは終末期に至るまで著しく損なわれる.増大した腫瘍により生ずる悲惨な症状は,患者の尊厳を損なうだけでなく,患者の家族や医療者にとっても大きな心理的負担になる.未分化癌に対し高い治療効果が臨床試験で示され,既に海外のガイドラインに記載されている薬剤が,本邦では他癌腫に対しては保険収載されているが,現状では未分化癌に対しては使用できない.Precision oncologyの進歩により,未分化癌患者の予後が長い年月の後,やっと改善しつつある.近い将来診断される未分化癌患者のためにも,一刻も早い本邦での治療薬の承認が望まれる.
利益相反
研究費:大鵬薬品工業株式会社
奨学(奨励)寄附金:エーザイ株式会社
PDFを閲覧するためには Adobe Reader が必要です。