日外会誌. 124(1): 3-5, 2023
先達に聞く
手術の質を高める
地方独立行政法人奈良県立病院機構 上田 裕一 |
これまで20年間,筆者は24の医療事故(医療法に定められた狭義の「管理者が予期しなかった診療関連死亡」だけではなく,生存例も含む)の調査に関わる機会があった.初めての医療事故調査は2002年(心臓外科医24年目),それも委員長に任命されたが,専門外の手術関連死亡事例で,調査はどのように行うのかも理解できていなかった.病院長は「隠さない,誤魔化さない,逃げない」方針で外部委員主導の医療事故調査を行い,2カ月後には報告すると表明された.外部委員の方々の高い見識と支援によって事実経過を検証し,従事者の責任追求ではなく,どうして事故が起きたのか,何が要因なのか,根本原因分析の手法を用いて再発防止策を提言した医療事故調査報告書を病院長に提出できた.それ以後,関与した事故調査委員会では「医療事故から学ぶ」視点で,要因分析から再発防止策を提言する調査方針を一貫してきた.しかしながら,手術関連事故の調査では,手術の質や外科医ならびにチームの力量も評価対象となったが,この判断基準となる情報は乏しく,評価には苦慮した.
さて,2002年(奇しくも同年)に“Learning from Bristol”1)が公表された.これは,英国のブリストル王立病院で小児心臓手術が異常に高い死亡率のまま,1984年から10年以上にわたり継続されていたことが判明し,独立調査委員会が実施した報告書である.報告書は185ページに及び,その内容は心臓外科に限らず,英国のNational Health Service (NHS)の体制にも言及,そして外科系学会にとっては衝撃的な提言も複数記載されていた.特に,「手術の質」の評価と維持,医療提供体制の改善策などを提言,さらに学会の役割にも言及していた.筆者の専門領域の日本心臓血管外科学会や日本外科学会の活動にも関連する内容であり,“Learning from Bristol”からまさに学ぶことができた.20年前の提言ではあるが,外科領域に関連する数点を紹介したい.
Recommendation 99: すべての臨床医は,いかなる治療であっても初めて実施する時は,適切な程度の専門技量と知識が獲得されるまで,必要な技能,能力と経験を持っている上級医によって直接,監督されなくてはならない.
Recommendation 102:患者は常に自らが受けようとしている診療が,先進的,あるいは実験的であるのか,その程度を知る権利を与えられている.また,患者は診療を実施する臨床医の経験についても,同じく知る権利を与えられている.
Recommendation 103:英国王立外科医会は,医科大学およびNHSと協力して,特に新しいテクニックについては,外科医を訓練するユニットを開発すべきである.また,特に小児心臓外科などの分野では外科医が,新しい手術を試みるべきではない,あるいは特定の領域の外科手術を継続するべきではない,と判断する年齢について検討すべきである.
Recommendation 153:外科医のパフォーマンス指標は,全国レベルで医療専門家だけではなく,一般にも理解できるものでなければならない.その指標は多数ではなく,適切で高品質であるべきで,疑わしい場合には品質を維持する対応が求められる.
英国ではこれらの提言に従い,各施設の手術成績に加えて,Consultant Surgeon(認定されMr.の称号)の個人成績も毎年,公開されるに至った.心臓外科領域では,術式別の手術件数と死亡率も詳細に公開されたが,年を経るにつれ情報公開はさらに透明性の高い,一般にも理解できる内容となっている.ちなみに,最近の小児心臓外科領域では,「ここまで公開するのか」というレベルにあり,施設の集約化も進んでいる2)3).
なお,米国では,古くはErnest A. Codman(1895年 Harvard大学卒業)がMassachusetts General Hospital (MGH)で,外科手術のアウトカム“End Result”を評価するMorbidity and mortality conferencesを提唱したことに始まるとされる4).しかし,彼の提唱は「外科医の能力を評価する」と拒否され,解雇された.彼のアイデアは生涯にわたって受け入れられなかったが,現在の患者中心の医療行為において,手術の質を評価する基盤となっている.1989年,Society for Thoracic Surgeons (STS)がSTS National Database(当初は成人心臓外科領域)を設立したが,参加施設は限定的であった.その後,小児心臓外科,胸部外科にも拡大,近年では米国以外の医療施設からの参加もある.また,2001年にはAmerican College of Surgeons がNational Surgical Quality Improvement Program (ACS NSQIP)を設立し,「手術の質を高める活動」を展開している5).
一方,わが国では日本心臓血管外科学会が,STS National Databaseを参考にSTSの支援を得て,2000年に成人心臓外科手術の質向上を目的に,JCVSD (Japan Cardiovascular Surgery Database)を設立した.その後,小児心臓手術も加えて現在に至っている.さらに,2010年には日本外科学会が中心となって外科系関連10学会が参画してNational Clinical Database (NCD)を設立し,JCVSDも統合された.今や10年以上が経過しており,周知のように専門医の申請の実績登録に利用されており,各施設は手術成績のベンチマークも可能となっている.しかし,英国とは異なり,施設や外科指導医の実績は一般には公開されていない.
ところで,Harvard Business SchoolのMichael E. Porter教授は,外科系学会の手術の質に関する役割について,「真の実績評価を可能にする唯一の存在である学会が,患者にとっての医療の評価を改善するプロセスを主導しない限り,学会は自らの役割を果たしていない事になる.学会は情報が匿名化されているか否かを問わず,普遍的な情報収集と報告のための潤滑油,あるいは活動の中心としての役割を果たすことができる.」と,『医療戦略の本質 ― 価値を向上させる競争』(2009年)の中で専門学会の責務を記された.「ただし,学会の全会員が平均を上回る実績を残すことはあり得ない.」と厳しい現実も付言されていた.
今後,日本外科学会は総合外科,外科専門医制度の基盤学会として,認定施設・専門医が関与した手術の質を継続的に評価し,各施設の手術の質向上にも取り組む責務があると言えよう.
利益相反:なし
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