日外会誌. 123(6): 546-552, 2022
特集
ロボット支援下手術の現況と展望
6. ロボット支援下手術の現状と展望 <肺・縦隔>
鳥取大学 医学部呼吸器・乳腺内分泌外科学分野 中村 廣繁 , 春木 朋広 , 窪内 康晃 , 城所 嘉輝 , 松居 真司 , 大野 貴司 , 大島 祐貴 , 宮本 竜弥 |
キーワード
ロボット支援下手術, 呼吸器外科, 現状と展望
I.はじめに
呼吸器外科におけるロボット支援下手術(以下,Robot-assisted thoracoscopic surgery: RATS)は,2000年当初より応用が始まったが,なかなか普及に至らなかった1).しかしながら,2018年度に肺癌に対する肺葉切除と縦隔腫瘍手術,2020年度に肺癌に対する区域切除と重症筋無力症に対する胸腺摘出術の4術式が保険適応となった後から急速に普及し,現在では年間約6,000例の手術が行われるようになり,日常診療の一つとなるまでに発展した(図1).本格的なRATS時代が到来したと言えよう.手術支援ロボットも主流機種であるda VinciⓇ(Intuitive Surgical Inc.)以外にも国産ロボットhinotoriⓇ(Medicaroid Corp.)が登場し,新たなステージに進んでいる.RATSの現状とメリットを考え,今後を展望する.
II.RATSのメリットと呼吸器外科における現在地
RATSの最大の利点は,3次元視野下に関節を有する自由度の高い鉗子を用いて精緻な手術操作ができるところである.2021年の肺癌診療ガイドラインで胸腔鏡補助下手術(video-assisted thoracic surgery;以下VATS)がグレード2B(行うことを弱く推奨<提案>する)となっている中で,RATSはVATSの弱点を補う新技術として期待されている.これまで多くの後方視的研究がなされており,RATSとVATSを比較した大規模試験のメタアナリシスをまとめると,根治性,安全性(周術期合併症を含む),長期予後には差がなく,将来性,操作性,ラーニングカーブでRATSは優るが,利用できる器具が限られていること,手術時間が長いこと,コストがかかることがRATSの欠点とされる(図2).長期予後については,RATS,VATS,開胸の3者の比較においても有意差はない2).特に,最新のシステマティックレビューとメタアナリシス解析をみると,2020年にAiolfi Aら3)は34論文,2021年にWu Hら4)は25論文をまとめて報告し,RATSとVATSは周術期成績,OS,DFSのすべてで同等であると結論づけている.大切な肺癌の長期成績は症例数は多くないが,多施設共同研究による325例の肺がんに対するRATSの解析から,手術死亡0.3%,5年生存率は全体80%,Stage ⅠA 91%,Stage ⅠB 88%,Stage Ⅱ 49%と良好な成績が報告されている5).
それでは,RATSの良好な操作性は,呼吸器外科においてどのようなメリットがあるだろうか?図3に一般的にRATSにおいてメリットがあるといわれる手術手技を示した.肺癌においては,血管・気管支の剥離操作,肺門・縦隔のリンパ節郭清を高い精度で行うことが可能であるし,進行癌や術前治療後の手術,複雑区域切除など,難易度の高い手術であるほど,その威力を発揮する.愛護的操作が必要な肺気腫合併肺癌などの低肺機能患者に対する手術にも,ロボット手術の正確な操作が活かされる.実際にリンパ節郭清においては,VATSと比較して多くのステーションやリンパ節個数を郭清でき,リンパ節郭清後のアップステージング率が高かったという報告がある6)7).術後のQOL維持が良好であることもRATSのメリットとされる.
また,縦隔疾患では,大きな腫瘍径,浸潤傾向のある胸腺腫,重症筋無力症に対する拡大胸腺摘出術,胸頂部や横隔膜近傍に発生した腫瘍にも,従来の胸腔鏡手術では困難を感じる操作を容易にしてくれる1)8).しかし,このように術者が様々な場面で実感するRATSの優れた点が,実際にどれくらい患者へ恩恵をもたらしているだろうか.
近年,RATSのメリットを明らかにするために多くの臨床試験が計画されてきた(表1).RATSとVATSを比較した前向き無作為化試験(RCT)が,4本行われている中で,2021年にROMAN study(NCT02804893)9)とRVlob trial(NCT03134534)10)の結果が示された.その結果,RATSとVATSの周術期成績は同等で,リンパ節郭清(個数,ステーション数)ではRATSにおいて改善が認められている.さらには,cN2肺癌に対するRATSと開胸手術のRCT(ChiCTR-INR- 17012777)11)12)では,周術期成績の中で出血量においてRATSの有意性が示され,予後は同等であった.従って以上より,RATSはVATSと同様に低侵襲手術のオプションの一つとして臨床病期I期の非小細胞肺癌に対して,選択可能な位置付けとなったと考えられる.
縦隔腫瘍に対しても,精緻な操作を可能とする手術支援ロボットの有用性は高く,良好な成績が報告されてきた1).特に,胸腺腫に対するRATSは欧米を中心に増加しており,VATSと比較して,手術時間,術後在院日数,再発率など,ほぼ同等の成績であると報告されている13).重症筋無力症等の自己免疫疾患を合併した胸腺腫で拡大胸腺摘出術を必要とする症例も良い適応となる.腫瘍径の大きな胸腺腫や浸潤型胸腺腫に対する適応の拡大も検討され,良好な成績が報告されている8).
本邦では,2010年にRATSは導入され,2014年には9施設から集積された112例の多施設共同研究の成績が報告された14).肺癌60例,前縦隔腫瘍38例,後縦隔腫瘍14例で,初期症例であることから手術時間は長かったが,注目されたのは術後合併症発生率が肺癌4例(6.7%),前縦隔腫瘍3例(7.9%),後縦隔腫瘍0例(0%)であり,一定の選択バイアスがあったとはいえ,術後合併症が少なく,安全に導入できたことが評価できる.その後,肺悪性腫瘍,縦隔腫瘍,重症筋無力症に対するRATSが保険収載されて4年が経過し,現在では毎月500例以上の手術が行われるようになった.2021年度には約160施設において,肺悪性腫瘍に対して約4,200例,縦隔腫瘍に対して約1,100例,重症筋無力症に対して約40例の手術が全国で行われている.今のところRATSとVATSの保険点数は全ての術式で同じとなっており,コストがかかる分だけRATSには不利な状況の中ではあるが,本邦では欧米と比較してRATSの普及率が高いと言える.
III.RATSの実際と上手に行うコツ
肺悪性腫瘍に対する適応は,リンパ節転移のない早期症例から始まって,次第に進行期の症例にも適応され,小柄な患者や高齢者にも良好な成績が示されるようになった1).適応の拡大とともに,小型肺癌に対する区域切除術15)や肺門部肺癌に対する気管支形成術など16),複雑な手技への応用も報告されてきた.最近は多施設共同の後方視的解析で進行癌に対して術前治療後に安全に手術が可能であったという報告もされている17).本邦では近年,早期小型肺癌症例の増加に伴い,区域切除(単区域切除や亜区域レベルの区域切除)を行う機会が増えてきている.肺癌に対する肺区域切除術に対しては,インドシアニン・グリーン投与とda VinciⓇ(Intuitive Surgical Inc.)の蛍光造影カメラ(Firefly)による区域間の同定が有用で,周術期成績,中・長期予後も良好であったという報告がされている16).手術手技に関して,CO2の送気による気胸作成下に4アームを使用したCompletely Portal Robotic Lobectomy 4 Arm(CPRL-4)は,優れた視野での精緻操作により良好な周術期成績が報告され15),これを基本手技とする施設が多い.ポート位置は下位肋間に設定する見上げ式アプローチと対面式VATSと同様に設定する前方アプローチがある.また,エネルギーデバイスや,自動縫合器も手術支援ロボットに装着されると,術者が自在な方向に向けることができ,適切に使用すれば正確で安全な切離操作を行うことができる.
縦隔腫瘍に対しては,胸腺関連腫瘍が良い適応であるが,特に5cmを超える大きな腫瘍や浸潤型腫瘍など,高難度症例に対しても操作性が良好で,RATSのメリットが活かされる8).しかしながら,大血管(上大静脈,腕頭静脈,大動脈など)への浸潤や胸腺癌に対しては,いまだ慎重にすべきである1)8).後縦隔において横隔膜の腫瘍や,胸頂部腫瘍に対しても良い適応である1). 縦隔腫瘍は狭い縦隔空間に存在するため,CO2送気によるワーキングスペースの拡大は有用である.前縦隔腫瘍では,側胸部アプローチが一般的には行われるが,剣状突起アプローチも有用で,両側横隔神経が容易に確認でき,胸腺上極の切除には極めて有用である.基本手技として,腫瘍には直接触れずに操作することが原則で,腫瘍の展開にはロールガーゼ等を介して愛護的な操作を行う.
IV.RATSの安全性とリスクマネジメント
RATSの課題として安全性の議論が常にある.その多くは,回避可能な医原性のトラブルであり,頻度と種類については整理しておく必要がある.米国の後方視的研究で,2,498例のロボット支援下肺葉切除と37,595例の胸腔鏡下肺葉切除の比較をした結果,周術期死亡率や全合併症率は両群で変わらないが,ロボット支援下手術においては,術中の医原性合併症,特に術中の血管損傷による出血のリスクが胸腔鏡手術より高いことが示された(調整オッズ比:2.64,95%信頼区間, 1.58~4.43)18).さらに大規模データベースである米国FDAの報告では,14年間で1,745,000例の全領域におけるロボット支援下手術の解析で,術中損傷もしくは死亡は0.1%の頻度で生じ,胸部外科手術(心大血管手術を含む)では開胸コンバート率が16.8%と高く(主たる原因は血管損傷による出血),泌尿器科,産婦人科,一般外科と比較してそのリスク比は2.2倍と報告されている19).最近の中で衝撃的であったのは,欧米の熟練したロボット外科医から,肺切除1,810例中35例(1.9%)に壊滅的(カタストロフィック)と言われる術中の出血イベントを生じたと報告されたことである20).好発部位は左上葉,肺動脈であり,リスク因子としては進行した臨床病期,呼吸機能低下,術前放射線療法があげられた.結果的には,致死率は2例(5.7%)で,熟練したロボット外科医により何とかトラブルシューティングできた症例が多かったことは不幸中の幸いである.
日本呼吸器外科学会では,RATSの安全な普及のために,①ガイドラインの整備,②プロクター制度の導入,③NCDへの症例登録(レジストリー制),④セミナーの開催,⑤テキスト(実践マニュアル)の作成など,体制作りを進めた.プロクター制度は2018年9月から運用しており,これまでに102名のプロクターを認定し,報告書は学会事務局で管理している.2022年3月4日時点で集計された590件の報告書を解析すると,術中合併症は15件 (2.5%),器機トラブルは31件 (5.3%) ,コンバート 6件 (1.0%)で,手術死亡はなく,幸い大きなトラブルなく安全に導入できている.
しかしながら,RATSの特性はコンソールサージョンが術野から離れていることであり,手術助手,麻酔科医,看護師,臨床工学技士などすべてメディカルのスタッフ間のコミュニケーションを良好にすることが大切である(図4).呼吸器外科の手術は,わずかなミスが甚大になることもあるため,常日頃からメディカルスタッフ間で綿密な連携をとり,手術前から大切な事項や問題点の確認,共有を怠ってはならない.術中の重篤な出血に備えて,定期的に緊急時に備えたシミュレーションを行っておくことも重要である.
V.今後のRATSの展望
呼吸器外科のロボット手術は急速に普及し,症例が蓄積されてきており,精緻操作がどのようなメリットをもたらすかの検証が急がれる.今後の展望としては単孔式ロボットであるダビンチSpの使用開始,新型ロボットの呼吸器外科での導入が待たれる.一番の課題であるコストについても競争化により,価格の低下が期待できる.将来はAI(Artificial Intelligence)との統合やナビゲーション機能の充実にも期待がかかるが,何よりも患者に安全・安心の医療を提供できる手術となることが重要である.
VI.おわりに
呼吸器外科におけるRATSは,2018年の保険収載以降,急速に普及している.新たなデバイスや新型ロボットの登場でさらなる発展に期待がかかるが,解決しなければならない課題も多い.特に安全対策とリスクマネジメントには常に注意を払わなければならない.RATSのメリットを追求することは,外科医と患者の双方にとって大切であり,RATSを呼吸器外科における魅力的な低侵襲手術として確立するためにも必要である.
利益相反
講演料など:インテュイティブサージカル合同会社,株式会社メディカロイド
奨学(奨励)寄附金:中外製薬株式会社
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