日外会誌. 123(4): 325-329, 2022
特集
医療訴訟のここがポイント―外科医にとって今必要な知識―
5.腹腔鏡手術関連の医療訴訟の光と影
1) 東京女子医科大学 小児外科 世川 修1)2) , 大塚 啓高3) |
キーワード
腹腔鏡手術, 医療訴訟, 医療事故, 合併症, インフォームド・コンセント
I.はじめに
本邦における腹腔鏡手術の歴史は,1990年に山川1)が腹腔鏡下胆嚢摘出術を成功させたことに始まる.腹腔鏡手術は,後述する多くのメリットのために急速に普及し,消化器外科から泌尿器科,産婦人科領域に拡大された.筆者が従事する小児外科領域においても,小児外科固有の新生児・乳児疾患に対する腹腔鏡手術の報告が1993年頃から散見されるようになった2)3).その後,各領域で適応疾患の拡大,技術革新,器具の開発が行われ,現在では腹腔鏡手術の適応疾患は多岐に渡り,多くの腹腔鏡手術が標準手術として第一選択となり,保険収載もされている.
手術術式に関しても,当初の多孔式腹腔鏡手術から単孔式腹腔鏡手術やNS(Needlescopic Surgery)を始めとするRPS(Reduced Port Surgery),NOTES(Natural Orifice Translumenal Endoscopic Surgery),LECS(Laparoscopic and Endoscopic Cooperative Surgery)などが次々と開発され,現在ではロボット支援手術(Robotic Surgery)が腹腔鏡手術に取って代わる勢いで広まり始めている.そのため,現在の若手外科医師は,疾患によっては腹腔鏡手術のみしか経験しておらず,開腹手術は知らない,できない,必要ない時代の外科医であり,腹腔鏡手術の開発により,外科手術はまさに大変革期を迎えたと言っても過言ではない.しかし,腹腔鏡手術はさまざまな点で開腹手術とは異なる特殊な手術であり,開腹手術では考えられないような合併症や医療事故が実際に起きている.
そこで本稿では,腹腔鏡手術の光(メリット)と影(合併症と医療事故)に関して,特に影の部分を中心に,実際の医療訴訟の判例も含めて解説し,外科医にとって必要な腹腔鏡手術による医療事故・医療過誤の再発防止策について考察する.
II.腹腔鏡手術のメリット
腹腔鏡手術は低侵襲手術と呼ばれ,その一般的なメリットとしては整容性に優れている,術後疼痛が少ない,早期社会復帰が可能である,癒着が少ないなど,患者の身体的負担が少ないことが挙げられ,入院期間の短縮や診療報酬の面からは医療経済面においても有用性がある.また,筆者の従事する小児外科領域では,小児の小さく脆弱な臓器が,拡大視効果により大きく明るく見え,それを麻酔科医,手術室看護師,学生など手術室スタッフ全員で観ることができるため,特に術野の狭い新生児や乳児では開腹手術よりも安全性が高いと考えられる.さらに,腹腔鏡手術はモニター画像を観ながら手術を行うため,画像を録画することで手術の予習復習や教育に活用でき,インフォームド・コンセント時の供覧資料としても使用可能である.
このように,腹腔鏡手術は患者の身体的負担,医療経済,医療安全,教育研修,情報共有などで多岐に渡るメリットが存在し,現在ではロボット支援手術への架け橋となっていることからも,腹腔鏡手術が外科医療にもたらした光の部分により,外科手術は開腹手術から腹腔鏡手術へと大きな変革を遂げ,さらにロボット支援手術への変革をもたらしていると言える.
III.腹腔鏡手術の合併症と医療事故
上述したように,腹腔鏡手術には数多くのメリットが存在し,多領域で多岐に渡る疾患が腹腔鏡手術の適応疾患となり,腹腔鏡手術が標準手術となっている.しかし,腹腔鏡手術は内視鏡視野下の手術野で,炭酸ガス気腹により作成された限られた操作空間において,特殊な器具を使用して行う手術である.そのため,開腹手術では考えられないような合併症や医療事故が実際に起きており,安全で確実な腹腔鏡手術を施行するためには,高度な知識と技術および経験が要求される.
腹腔鏡手術の合併症や医療事故に関する集計と分析は,日本内視鏡外科学会,日本医療安全調査機構,日本医療機能評価機構で行われており,腹腔鏡手術に携わる医師はこれらのデータを熟知し,インフォームド・コンセントなどに活用することが望ましい.
(ⅰ)日本内視鏡外科学会アンケート調査
日本内視鏡外科学会では,日本内視鏡外科学会ならびに日本産科婦人科内視鏡学会,日本泌尿器科学会の会員を対象に,内視鏡外科手術に対するアンケート調査を2年毎に行っており,1990年以降の各領域における手術術式別症例数や術中偶発症・術後合併症の種類と症例数を,死亡例も含めて詳細に調査している.
直近の第15回アンケート調査(2018年,2019年)4)において,腹腔鏡手術を行う消化器外科,産婦人科,泌尿器科,小児外科をみると,それぞれの領域による疾患,術式により異なるが,術中出血,臓器損傷,縫合不全などの術中偶発症が一定の頻度で発生していることが判る.また,腹腔鏡手術に特有な術中偶発症である,トロッカー刺入に伴う臓器損傷,炭酸ガス注入に伴う炭酸ガス塞栓や皮下気腫,器械の不具合なども,同様に一定の頻度で発生している.各領域で報告されている死亡例は,死亡原因が実際の手技に関連しているとは限らないが,手技に関連するものとしては出血,縫合不全,他臓器損傷が挙げられている.
(ⅱ)日本医療安全調査機構および日本医療機能評価機構の集計・分析報告・情報発信
一般社団法人日本医療安全調査機構は,医療法に基づく「医療事故調査・支援センター」として厚生労働大臣の指定を受け,医療現場の安全の確保を目指して,医療事故調査の相談・支援・院内調査結果の整理・分析,医療事故の再発防止のための普及・啓発などの取り組みを行っている.
2015年10月には「医療事故調査制度」が開始されたが,「医療事故調査・支援センター2020年年報」5)をみると,2020年1月1日〜同年12月31日までに医療事故調査制度に提出された医療事故発生報告件数は324件であり,324件中手術(分娩を含む)に関連した医療事故は157件で,この157件中の腹腔鏡手術による医療事故は19件(12.1%)であった.過去4年間の腹腔鏡手術/全手術と比較すると,2016年:29/224(12.9%),2017年:25/177(14.1%),2018年:22/163(13.5%),2019年:19/156(12.2%)であり,全手術における腹腔鏡手術の死亡医療事故の頻度は,ほぼ変化がないことが判る.
一方,公益財団法人日本医療機能評価機構は,厚生労働大臣の登録を受けた「登録分析機関」として,2004年10月から医療事故情報収集等事業(厚生労働省補助事業)を行っている.2020年には前年より279件多い過去最多の4,802件の報告が全国1,107医療機関からあり,その約90%にあたる4,321件が,報告を義務付けられている大学病院などからの報告であった6).
これらの収集された事例をもとに,事業の一環として総合評価部会委員の意見に基づき,医療事故の発生予防,再発防止のために医療安全情報が作成されている.2021年12月に発行されたNo.1817)では,「腹腔鏡下手術時の切除した臓器・組織の遺残」が取り上げられ,腹腔鏡手術の際,切除した臓器・組織を体外に取り出すことを忘れ,再手術を実施した事例が13件報告されている(集計期間:2017年1月1日〜2021年10月31日).
IV.実際の判例
腹腔鏡手術が関連した医療訴訟で,原告の主張が認容または一部認容とされた判例の一部を簡潔に述べる.
(ⅰ)大阪地裁平成10年2月23日
S状結腸癌に対して腹腔鏡下S状結腸切除術が施行され,術後に十二指腸穿孔による敗血症で死亡した事例.癒着剥離時の出血に対する止血操作で,出血点が分からないために電気メスで盲目的に焼灼したことが,遅発性の十二指腸穿孔の原因と判断され,手術手技の過誤が認容された.
(ⅱ)浦和地裁平成11年10月15日
高度右水腎症を巨大肝のう胞と誤診し,腹腔鏡下のう胞開窓術が施行され,術中に心停止し死亡した事例.のう胞内に多量の空気を注入したことが心停止の原因と推認され,術式の選択も含め,腹腔鏡下外科手術に内在する危険性が現実化したことによって発生した事例と判断され,誤診とともに腹腔鏡下手術と心停止との間の因果関係が認容された.
(ⅲ)横浜地裁平成13年7月13日
胆石症に対して腹腔鏡下胆嚢摘出術が施行され,十二指腸球部穿孔により大腸癒着の後遺障害が残った事例.術中の癒着剥離時に電極を腸管に接触させて穿孔させたか,または腸管壁の近くを剥離してこれに熱損傷を与えて術後に穿孔を生じさせたかの過失があったと認容された.
(ⅳ)名古屋地裁平成16年5月27日
肝臓癌に対して腹腔鏡下肝部分切除術が施行され,手術に伴う出血を契機に死亡に至った事例.本件手術が施行された当時,まだ一部の大学病院で施行され始めたばかりの段階で,保険適用外であり,この術式の適応や問題点が明確になっておらず,施行的な要素もあったことを,本件手術に先立って説明をしていなかった過失が認容された.
(ⅴ)東京地裁平成18年6月15日
前立腺癌に対する腹腔鏡下前立腺全摘術が施行され,術中の出血管理も行わないまま漫然と手術が続行され,開腹手術への変更の判断が遅れて大量出血となり,低酸素性脳症により死亡に至った事例.本術式を施行した医師三名に,いずれも本術式を完全に施行する知識,技術および経験がなく,本術式を避けるべき業務上の注意義務を怠ったとして,それぞれ過失が認容された.
(ⅵ)水戸地裁平成20年10月20日
直腸癌に対する腹腔鏡補助下直腸切除術が施行され,吻合部近傍の腸管穿孔により,術後の後遺症が残った事例.穿孔の原因として,吻合後の操作中に腸管把持鉗子等の医療器具の操作を誤って腸管を損傷したという過失行為が認容された.
(ⅶ)東京地裁平成26年2月6日
胆石症に対して腹腔鏡下胆嚢摘出術が施行された事例.手術痕の大きさが説明と異なった点,および手術創の縫合を形成外科医に依頼すると説明しながら,実際にはこれを行わなかった点について,手術を受けた原告に従前の説明およびこれに基づく期待に反する結果が生じたことになるとして,説明義務違反があると認容された.
V.医療訴訟における再発防止策の検討
判例から考察すると,腹腔鏡手術に関連した医療訴訟において過失として認容されるものは,技術的な問題とインフォームド・コンセントに大別される.しかし,前掲の裁判例を参照するに,説明義務違反のみを問うよりも,手技ミスや診断ミス等の過失を問うことに追加する形で説明義務違反を問う医療訴訟の方が多い8).腹腔鏡手術の技術や知識を習得し,一定の技術水準に達しているかを評価するためには,日本内視鏡外科学会の技術認定制度を活用することができる.
(ⅰ)日本内視鏡外科学会技術認定制度
1990年代,腹腔鏡下胆嚢摘出術が爆発的に広まる中で,技術の未熟さに起因する合併症や死亡例が数多く報告された.これに対し,何らかの教育システムの確立と内視鏡外科医の資格審査機構の必要性が喫緊の課題となり,日本内視鏡外科学会では2004年から技術認定制度を発足させた.この技術認定制度は内視鏡外科手術を安全かつ適切に施行する技術を有し,かつ指導するに足る技術を有していることを認定する制度であり,技術認定取得医には専門領域の内視鏡下のadvanced surgeryを独力で完遂でき,これらの手術の指導ができることが要求される9).
一方,腹腔鏡手術はモニターを通して術野をみる手術であり,遠近感が掴みにくく,視野が限られ,鉗子の可動範囲も限定されるため,的確な手術手技を行うには特殊な技能が要求され,知識・技術・経験が相互に補完されることの重要性が判例にも記載されている.
技術認定制度は,腹腔鏡手術を施行できる資格を認定する訳ではないが,手術手技による合併症で患者に重篤な後遺症を残したり,死亡に至らせたりすることを防ぐためには,この技術認定制度を活用し,自らの客観的な技術水準を謙虚に判断することが,腹腔鏡手術での医療事故を防止するためにも重要であると考えられる.
(ⅱ)インフォームド・コンセント
2014年の大学病院等での腹腔鏡手術による医療事故では,死亡例が相次いだのみでなく,不適切な手術操作,保険適用外手術,倫理審査の不備,診療報酬不正請求などとともに,インフォームド・コンセントの内容と同意書の記載不備も大きな社会問題となった.当時のマスコミ報道などからは,内視鏡手術の術前インフォームド・コンセントとして,手術以外の治療法,内視鏡手術以外の手術方法,合併症の発生率や死亡率の全国データ,当該施設での手術成績の4項目が,社会一般的に要求される最低限の内容であることが判る.そして,単にそれらを口頭で説明するのみでなく,同意書または別紙にて,きちんと文章や図示にて記録に残すことも,患者および患者家族との信頼関係を築き上げるために極めて重要なポイントである.インフォームド・コンセントは,既述した学会のアンケート調査や各機構の集計・分析データ,および各領域でのガイドラインなどに基づき,できるだけ具体的な数字を用いて行うことが,医療事故調査制度との関係も含めて重要である10).
VI.おわりに
医療訴訟における腹腔鏡手術の光と影について,実際の判例も含めて解説を加えた.腹腔鏡手術が外科医療にもたらした光の部分により,外科手術は開腹手術から腹腔鏡手術へと大きな変革を遂げ,さらにロボット支援手術への変革をもたらしていることは,明白な事実である.しかし,ロボット支援手術でも死亡例が報告されており,将来,腹腔鏡手術やロボット支援手術で術中偶発症が起き,開腹手術に移行しなければならなくなった時に,開腹手術ができる外科医がその場に居るのだろうか.開腹手術はできないまでも,少なくとも腹腔鏡手術でロボット支援手術の合併症をリカバリーできるだけの技術と知識は習得しておくべきと考える.
また,これからの外科医師は,疾患によっては開腹手術も腹腔鏡手術も経験せず,ロボット支援手術から手術修練を開始する時代となってくる.しかし,患者は人間であり,その患者とインフォームド・コンセントを行うのは,現段階ではAIやロボットではなく,われわれ外科医であることも忘れてはならない.
利益相反:なし
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