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日外会誌. 123(4): 304-309, 2022

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特集

医療訴訟のここがポイント―外科医にとって今必要な知識―

2.外科手術の医療訴訟から学ぶインフォームドコンセントのポイント

順天堂大学病院 管理学
弁護士法人岩井法律事務所 

岩井 完

内容要旨
外科手術は,その高度の侵襲性から術中のイヴェント発生やそれに伴う術式変更の可能性をゼロにすることは難しい.
しかし術式変更については,事前に患者に説明をしていない場合もあり,いざそのような事態に遭遇した際,対処に迷うこともあり得る.実際に,急な術式変更の場面において,インフォームドコンセントを取得していないとして説明義務違反が問われた事例も存在する.
こうした事態への対策としては,やはりまず事前の予測と検討が重要であり,術前カンファレンスで術中の想定外の事態や術式変更の可能性を検討するほか,さらに一歩進めて,変更後の術式の合併症等のリスクについても検討したいところである.
一方,想定外の事態により術中に説明の必要が生じた場合等には,患者は全身麻酔下にあり付添いの親族等に説明することも多いと考えられるが,患者の自己決定のためには患者本人への説明が原則であるため,その親族(キーパーソン)が説明すべき客体として適切かについては,注意が必要である.また,仮に親族への説明で足りるケースであっても,切迫した状況で説明漏れが生じるリスクもあるため,複数のスタッフで説明に臨む等の対策が重要である.
本人からインフォームドコンセントを取得していないため閉創すべきか,術式変更し続行すべきかの判断に迷うような場合には,判断の客観性を極力担保すべく,術中に複数の医師でカンファレンスして決定すること等が考えられる.

キーワード
医師の説明義務, インフォームドコンセント, 自己決定権, 患者の判断能力, キーパーソン

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I.はじめに
年間800件前後にも上る医療訴訟において(注1),説明義務違反が問われるケースは非常に多いことから,術前のインフォームドコンセントに関しては,様々な場面で議論されてきているところである.
一方,外科手術はその高度の侵襲性ゆえに,術中の急なイヴェントの発生や,術式変更等が必要になる場合もあるが,変更後の術式については必ずしも事前に十分な説明をしていない場合もあり,実際にそうした場面に遭遇した際には,判断に悩むことも起こり得る.実際に,急な術式変更等に関する説明義務違反が問われた事例も存在する. しかし,こうした急な方針変更等の場面を意識したインフォームドコンセントの取得の在り方については,これまで検討の機会も多くはなかったように思われる.
そこで本稿では,説明義務の考え方の原則を示した上で,術中に術式変更等が生じた場合を意識したインフォームドコンセントの取得の留意点について,幾つかの裁判例を紹介しつつ,検討をしてみたい.

II.説明義務の考え方の原則
1.説明義務の種類
法律上問題となる説明義務には2種類あると言われており,①患者の有効な同意を得るための説明義務(典型例は術前の説明)と,②療養方法の指導としての説明義務(典型例は処置後に患者に対し注意点を説明する場合等)がある(注2).いずれも重要であるが,実務上は,①の説明義務に関するクレームの方が多いと思われ,インフォームドコンセントは,この①の説明に基づく患者の同意を意味する.
2.説明義務の根拠
患者の有効な同意を得るための説明義務については,自己決定権(憲法13条後段)を根拠と考えるのが一般的であり,従って,医師が適切に説明を実施したか否かは,医師の説明により患者が「自己決定する機会」,つまり,「悩んで検討する機会」を提供したかという問題である.
3.説明すべき内容
自己決定のための「悩んで検討する機会」が確保されるためには,当該手術に対する利点を説明するだけでは足りず,リスクも併せたメリット・デメリット(利害得失)の説明が必要となる.

III.裁判例の紹介
1.人工血管置換術(プルスルー法)に関する事例(注3)1)
患者(71歳・男性)には,遠位弓部瘤(以下,瘤A),および下行大動脈瘤(以下,瘤B)が存在し,人工血管置換術(以下,本件手術)が実施されることになった.
術前カンファレンスでは,胸骨正中切開と左開胸を併用し,大動脈弓および下行大動脈の人工血管への置換をともに行うこととされた.また,侵襲軽減目的で下行大動脈の置換についてはプルスルー法(注4)も検討されたが,具体的な術式は術中に最終決定することとなった.なお,患者への術前の説明では,肋間動脈の再建を行わないプルスルー法を選択する可能性があることは説明されなかった.
平成18年5月15日に手術が実施されたが,術中に,腕頭動脈と左総頚動脈との間の大動脈後壁から出血が生じたため,用手圧迫で止血しつつ冷却を続け食道温20℃で循環停止の状態とした.執刀医らは,循環停止時間の延長を避けるため,循環停止後に,左開胸を必要としないプルスルー法により下行大動脈を人工血管に置換し,手術は終了した.しかし,本件手術直後から,患者の下肢の動きが認められず対麻痺が生じた.
裁判所は,瘤Bに対してプルスルー法を用いた場合,対麻痺発生の危険が高まると考えるべきであったとし,瘤Bに対する手術の必要性(判決によれば瘤Bの手術適応は異論なく認められる事例ではなかった)等を考慮すると,プルスルー法を採用するにあたっては患者の同意の有無を確認する必要があり,瘤Bについてはプルスルー法が適切であると判断した時点で瘤Bの手術を断念し,瘤Aのみの手術にとどめるべきであったとした.
2.卵巣嚢腫摘出手術の術中に子宮筋腫であることが判明した事例(注5)
患者(29歳女性・未婚)は下腹部痛を訴え病院を受診し,検査の結果,左右の卵巣嚢腫と診断され,患者の同意を得た上で開腹手術が実施された.しかし術中に,左卵巣には嚢腫があったが右卵巣には嚢腫はなく,右側部の腫瘤は子宮筋腫であることが判明した.執刀医らは,子宮全摘が相当と判断し,全身麻酔で患者の意識がなかったことから,付添いで来ていた姉を手術室に呼び,子宮全摘がよいと思われるが子供は産めなくなる旨を説明し,子宮全摘について承諾を得た.そして子宮全摘を実施した.
裁判所は,患者に対する軽微な侵襲を除いては,特段の事情がない限り患者の個別の承諾が必要であり,子宮摘出が軽微な侵襲とは到底言えず,当該子宮筋腫については緊急に手術を要するものではないことから,姉の承諾を以って患者の承諾に代えることはできないとした.
3.胃瘻造設中の術式変更の説明に関する事例(注6)2)
担当医は,患者(死亡時76歳・女性・認知症あり)について,夫から食べ物が飲みこめない等の相談を受けており,入院による中心静脈栄養等の栄養管理を提案したが,夫がこれを拒否ししたため,経皮内視鏡的胃瘻造設術(PEG)を行うこととした.
PEGの当日(平成16年7月22日),患者は息子に連れられて来院し,担当医はPEGによる胃瘻造設を試み,胃内送気をして,患者にげっぷをしないよう注意したが,患者がげっぷをしてしまうため,担当医は,PEGによる胃瘻造設を断念し,小切開による開腹で胃瘻を造設する術式(本件手術)に切り替えることにした.
担当医は,息子に対しその旨を説明したが,息子は異議を述べなかったため,本件手術を実施し,午後1時30分頃に終了した.午後6時頃,担当医は患者の呼吸が停止していることに気付き,気管内挿管等を実施したが,18時50分,死亡が確認された.死因は,高齢かつ栄養状態不良による衰弱の中,身体的侵襲を伴う手術が実施されたことが主な原因とされた.
裁判所は,担当医はPEGから本件手術に切り替えることについての説明はしているが,本件手術の危険性等は説明をしていないとして,説明義務違反を認めた.

IV.考察
1.プルスルー事例について
(1)判決の検討
本事例においては,医師側は二期的手術の危険性等も主張しており,判決には異論もあり得るが,実際にカンファレンスでプルスルー法の実施の可能性が検討されており,プルスルー法を実施した場合には合併症が生じる可能性もあったことからすると,プルスルー法が実施された場合の合併症のリスクを考慮しても瘤Bの手術を受けるかについて,患者が「悩んで検討する」機会が不要であったとは言い難い.少なくともその限りにおいては,判決の判断も妥当な範囲内と言えよう.
(2)本判決から得られる留意点
本事例でも事前カンファレンスが実施されているとおり,事前のカンファレンスの重要性に異論はないであろう.
ただ,本事例もそうであったように,カンファレンスで術式変更の可能性が検討された場合,その可能性の検討にとどまってしまうと,いざ術式変更を行い合併症が生じた際には,説明義務違反を問われるリスクが残ってしまう.
本事例から,事前の術式変更の可能性が検討された場合には,併せてその変更後の術式に伴う合併症やリスクについても検討し,患者に説明しておくことが重要である.こうした事前の検討とリスクの説明が,急な術式変更の際に,医師を助けるとも言える.
(3)一歩進めた検討
本事例のように,術中に術式変更の必要が生じた場合,執刀医は常に整然と判断できるものだろうか.
例えば,瘤Bについて手術適応が認められ早めに手術をした方がよいと思われたが,緊急性があるかは疑問がある,しかし患者の基礎疾患や年齢等を踏まえた時,患者が二期的手術に耐えられるか不安がある,といった場合はどうだろうか.
自己決定権を重視すれば閉創かもしれないが,二期的手術により患者が死亡した場合には,医師は責任を問われる可能性もある.
このような場合,執刀医は続行か閉創か,進退窮まる状況にもなり得る.
しかし,患者が目の前にいる以上,執刀医はその場で決断していかなければならない.医師としては,なるべく判断の客観性を担保することが望ましく,従って例えば,術中においても複数の医師によりカンファレンスをして決断していくこと等が考えられる.
2.子宮全摘事例について
(1)判決の検討
本事例は,プルスルー事例と異なり,術式変更について術中に医師による説明が実施されたが,説明の客体(相手)が患者本人ではなく,患者の姉であった点が問題とされた.
患者自身の判断能力には問題がないため,原則としてインフォームドコンセントは本人から得る必要がある.
本事例では,子宮筋腫については緊急を要するものではなかったため,一旦閉創して患者の同意を得るべきという判決の判断は,子宮全摘という重大な局面における自己決定権の確保の観点からは,妥当と言えよう.
(2)本判決から得られる留意点
患者の判断能力に問題がなければ,患者本人への説明が必要であることは,事後的な検討においては,当然のことと思われるかもしれない.しかし,いざ想定外の事態が生じた場合,時間と気持ちの余裕もない中,執刀医が常に適切に判断できるとは限らない.ましてや本事例のように,患者は全身麻酔中で意識がない状況で,患者の姉が手術室の外で待機していたような場合,医師が姉へ説明しようと考えることは,発想としてはある意味自然とも言い得る.
キーパーソンが誰かということと,説明すべき客体(相手)は誰かということは,あくまで別の問題である.術中に話ができるのは患者ではなくむしろキーパーソンであることが多いと思われることから,誤解も生じかねないため,改めて確認しておきたい.
3.胃瘻造設事例について
(1)判決の検討
本事例では,子宮全摘事例と同様,術中に医師から患者の親族(息子)に説明がなされたが,患者に認知症があるため,息子へ説明で問題ないとされている.しかし,説明の内容が不十分とされた.
本事例では胃瘻の早期造設が求められていたこと等に照らすと判決には疑問もあり得るが,やはりリスクの説明がなければ訴訟では過失と認定される危険があることになる.
(2)本判決から得られる留意点
術中は時間的余裕もないこと等から,通常以上に説明の「漏れ」のリスクが生じ得る.
この漏れをいかに防止するかという,方法論の検討が必要であろう.
方法論の例を一つ挙げると,説明の際には,なるべく執刀医一人で対応せず,複数のスタッフで対応することが考えられる.医療スタッフが隣で聴いていることで,説明漏れのチェック機能となる.
(3)一歩進めた検討
本事例では,PEG当日の患者の付き添いが息子であったが,それ以前の外来受診には,患者の夫も何度か付き添っており,患者の入院を拒否したのは夫であった.とすると,本件のキーパーソンは夫とも考えられ,判決でも,夫または息子への説明で足りるとされている.しかし,果たして息子のみへの説明でよいかについては,検討の余地もあると思われる.
この問題は,特に終末期医療の場面では先鋭化する可能性があり,親族に説明する際には,当該親族が家族ときちんと協議し意向を集約しているキーパーソンと判断してよいか等について,留意する必要がある.実際に,医師が,患者のキーパーソンと認識していた長男に説明をし,同意を得て医療行為を実施していたところ,患者死亡後に,長女から「聞いてない」というクレームがなされ,訴訟化した実例もある(注7)3)

V.総括
以上の検討を基に,術中の術式変更が生じた場合を意識したインフォームドコンセントの取得において留意すべき点をまとめると以下の通りである.
①先のリスクを見越した事前カンファレンスの重要性
急なイヴェントの発生による術式変更とは言え,いかにその可能性を事前に予測し,変更後の術式の合併症のリスク等を含めて検討するかが重要である.
②術式変更に関する患者への説明の必要性
カンファレンスで術式変更があり得ること,そしてその際に合併症が生じ得ると判断されたのであれば,患者にその旨を説明し,術式変更についての意向を確認する必要がある.そして説明漏れを回避するには,術式変更の検討の際に,患者への説明事項も同時並行してカンファレンスすること等も考えられる.
③手術を続行するか,閉創し二期的手術とするかの決断について
術式変更のインフォームドコンセントを得ていない場合の,術中における手術続行の可否等の判断については,なるべく判断の客観性を担保すべく,できるだけ複数の医師で協議して決断すること等が考えられる.
④説明すべき客体の確認の重要性
術式変更の説明の客体は,患者本人が原則である.患者が全身麻酔下で意識がなく手術室の外に親族がいる状況等では,説明の客体について誤解も生じ得るため,改めて留意したい.また,患者が高齢等で説明の客体が親族で足りる場合には,当該人物が家族の意向を集約しているキーパーソンと言えるかにつき,留意が必要である.
⑤説明内容の漏れを防ぐために
術中に親族等への説明の必要が生じた場合には,極力複数のスタッフで対応したい.なお,事後の説明の有無を巡るトラブルを防止すべく,術後速やかに説明内容をカルテに記録するのは当然である.

VI.おわりに
外科手術において,急な術式変更の可能性等は不可避である.本稿が,そのような場面を意識したインフォームドコンセントの取得や,医師の対応についての参考になれば幸いである.

補足説明
注1:最高裁統計によれば,令和2年(速報値)の医療訴訟の新受件数は834件である.
注2:高橋譲,医療訴訟の実務(商事法務),288頁等.
注3:鹿児島地裁平成25年6月18日判決.
注4:一般の下行大動脈に対する人工血管置換術と異なり,人工血管に置換する大動脈の瘤より中枢部側および末梢部側の各前壁だけを切離し,切離した中枢側部位から人工血管を大動脈に挿入してこれを末梢側に引っ張って通し,中枢部,末梢部とも切離していない後壁側正常血管に人工血管を吻合する方法.手術侵襲が小さい反面,人工血管に置換した範囲の肋間動脈を視認できないため,その再建はできなくなる.
注5:広島地裁平成元年5月29日判決.
注6:千葉地裁平成31年1月25日判決.
注7:東京地裁平成28年11月17日判決.

 
利益相反:なし

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文献
1) 岩井 完,浅田 眞弓,梶谷 篤,他:―術中に変更した術式を術前に説明していないことが不適切とされた事例―.日外会誌,118(5): 556-557, 2017.
2) 岩井 完,浅田 眞弓,梶谷 篤,他:―胃瘻造設中の術式変更についての説明義務違反が認められた事例―.日外会誌,121(5): 540-541, 2020.
3) 岩井 完,浅田 眞弓,梶谷 篤,他:―終末期患者の延命措置を実施しなかった医師に過失はないとされた事例―.日外会誌,119(4): 414-415, 2018.

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