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日外会誌. 123(3): 213-215, 2022
先達に聞く
人間と肺内細菌叢の関係
I.はじめに
次世代シーケンサーなどの細菌ゲノム解析機器の開発により,細菌培養法では検出されなかった下気道や肺組織にも細菌が存在していることが明らかとなりました1).肺の手術においても,手術の侵襲によって体の免疫系は低下し肺内細菌叢とのバランスが崩れ,大なり小なりの感染症は発症することになります.さらに,肺の手術に限らず全身麻酔下の手術では,人工的な強制換気により,肺の病態や肺内細菌叢の影響は全身に及びます.われわれには,肺内細菌叢の存在,その役割,そして様々な疾患との関係について理解した上で,医療的対応をとることが求められています.
II.肺と肺内細菌叢の特徴
肺(lung)と肺内細菌叢の生物学的特徴を浮き彫りにするために,腸(gut)と腸内細菌叢と比較して記します2).
肺と腸ともに内胚葉由来の組織です.内腔面は円柱上皮細胞よりなり,肺は繊毛(cilia),腸は微絨毛(microvilli)で被われ,表面積は肺胞70m2,小腸200m2,大腸100m2にもなります.ゴブレット産生細胞から粘液やIgAを分泌し,外敵(外来性の細菌,ウイルス)や有害化学物質に対するバリア機能を担っています.肺はoxygen-rich(酸素分圧160mmHg),腸はoxygen-poor(酸素分圧1mmHg)な環境で,肺は双方向性,腸は一方向性(口→肛門)の動きをします.肺の温度は環境に依存して変化し,腸は37℃程度と一定です.したがって,存在している細菌構成は大きく異なります.肺や腸に存在する樹状細胞やマクロファージは管腔からの抗原を捕縛し,リンパ組織のリンパ球はリンパ管を通して全身免疫(systemic immunity)に影響を及ぼします.腸に存在する細菌は,吐瀉物の誤嚥や食道逆流によって肺に到達します.肺,腸ともに細菌叢共生不全状態(dysbiosis)の時には,細菌とその成分,代謝物は血中に入り込み,全身炎症(systemic inflammation)を引き起こします2).
III.人間と肺内細菌叢の関係
人間と肺内細菌叢の関係は共存共栄の関係であると考えられます3).出生の時より,周囲の環境から新生児肺内に宿った細菌は発達途上の免疫系と会話を始め,3歳頃までに免疫系の確立とともに,その人の個性ともいえる特有の肺内細菌叢となります.そして幼少期から成人期にかけて安定した細菌叢が続き(healthy airway microbiome)1),高齢に伴い,体の免疫系の低下とともに大きく変化すると考えられます.肺内ウイルス叢についても同様のことが考えられますが,肺内細菌叢以上にほとんどわかっていません4).
肺は肺内細菌叢の成分や代謝物,生理活性物質を通して腸や脳,肝などの臓器と会話を行っており(肺腸軸:lung-gut axis2),肺脳軸:lung-brain axis5),肺肝軸:lung-liver axis6)),その情報伝達は双方向性と考えられています.肺内細菌叢のゲノムは,口腔内細菌叢や皮膚細菌叢のものと類似しており7),肺は口腔内や皮膚と,呼吸を通して常に交流していることになります.
気道内は呼吸を通して常に大気汚染や喫煙,アレルゲン,有害物質などに曝露されます8).気道上皮から粘膜固有層に炎症が惹起され,粘液産生亢進,血管透過性亢進,炎症性サイトカイン産生,炎症細胞の活性化が引き起こされ,肺内細菌叢の発育環境が変化し,dysbiosisがもたらされます9).そのphenotypeとして特定の菌が優位となったり,各人の共生状態(symbiosis)の形成菌ではない外来性の細菌の感染を許してしまうことになります.Ⅱ型肺胞上皮細胞で作られる肺サーファクタントの産生も大きく影響を受ける可能性があります.
その結果,dysbiosisから気管支喘息や間質性肺炎,COPD,嚢胞性肺繊維症など慢性疾患の発症1)9),dysbiosisに炎症の持続,免疫系の乱れ,代謝の変化やROSによるDNA傷害が加わり,肺癌の発症につながります10)
~
12).
喫煙や慢性肺疾患は新型コロナウイルス感染症のリスク因子でもあり,その理由として,喫煙や慢性肺疾患では,気道系上皮細胞に新型コロナウイルスが結合する部位であるACE2受容体の発現増加が指摘されています13).新型コロナウイルス感染症制御の観点からも,dysbiosisの改善は重要課題です.
IV.肺癌組織内における細菌の存在
肺癌組織では,肺癌細胞内や免疫細胞内にも細菌の存在が指摘されており,腫瘍微小環境(tumor microenvironment:TME)の一部を形づくっています11).喫煙者の肺癌組織には喫煙由来の有害物質の代謝に関与している細菌や,タバコの葉由来と考えられる植物性細菌の存在も指摘されています14).
V.健康・長寿でいるための方策
人間をはじめとする哺乳類は一生の間に5億回呼吸すると推定されており15),成人の一回換気量(tidal volume)が500mlとすると,一生で2.5億リットルの換気を行っていることになります.換気を行う肺胞の表面積は70m2にもなります16).よって,呼吸する大気に含まれる様々な物質やdysbiosisの人体に与える影響は想像以上に甚大です.肺内細菌叢を健全に保つには,大気の衛生状態や喫煙について地球規模で議論・対策が必要です17)18).肺内細菌叢の供給源でもある口腔内細菌叢や皮膚細細菌叢を健全に保つには,日頃からの口腔ケア19)
~
21)や皮膚の手入れも重要な医療行為です.今後,肺内細菌叢から,腸内細菌叢における乳酸菌や酪酸菌のような善玉菌が同定されれば,口腔内にプロバイオティクスとして投与することも可能になるのかもしれません1).
VI.おわりに
人間にとって肺内細菌叢は,生きてゆく上での大切な友ではありますが,dysbiosisを改善するため,医療的に介入するにはまだまだ解明されていない点が多いというのが実情です.より良い外科医療を実践するためには,肺内細菌叢の生物学的役割について研究・解明を進めるとともに,口腔内細菌叢や皮膚細菌叢との関係も明らかにし22)23),臨床の現場に還元・適用してゆくことが是非とも必要です.
利益相反:なし
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