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日外会誌. 123(3): 216-217, 2022

項目選択

理想の男女共同参画を目指して

「別の畑に寄ってみる」を考える

東京医科歯科大学 医療イノベーション推進センター

石黒 めぐみ

内容要旨
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に出向した経験から,キャリアの中での一定期間を医療機関や教育機関以外の組織に所属して,普段と違う業務を経験することで自分のキャリアに他の人と違う特徴(売り)を付けるとともに,ワーク・ライフ・バランスをコントロールすることも,女性外科医がキャリアを継続する方法の一つの選択肢となるのではと考えた.

キーワード
ワーク・ライフ・バランス, ライフイベント, PMDA

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I.はじめに
2018年10月から約3年間,所属大学の包括連携協定の一環として,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に出向する機会を得た.PMDAは,医薬品・医療機器等の承認審査,安全対策,健康被害救済の三つの役割を一体として行う,唯一の公的機関である(https://www.pmda.go.jp/about-pmda/outline/0001.html).私自身は平成10(1998)年卒業,未婚で子供もなく,大学勤務でのワーク・ライフ・バランスに不満はなかったが,年齢も考慮し,診療業務から離れ,セカンドキャリアとして自身の特性を活かした臨床試験開発業務に移行することを決心して,出向を選択した.本稿は従来,女性外科医が手術を主とした診療業務・キャリアをいかに継続するかというところに主眼が置かれているかと認識しているが,実際に出向先での勤務を経験したところ,卒後10年目前後で結婚・出産を考えている,または子育てに時間を割きたい女性外科医にとって,キャリアの中での一定期間を医療機関や教育機関以外の組織に所属して,普段と違う業務を経験しつつ,ワーク・ライフ・バランスをコントロールすることも一つの選択肢となるのではと考えたので,本稿で述べる.

II.「気持ちの負担」が少ない勤務となる可能性
PMDAの職員は,医師が約10%で,他には薬学部,獣医学部出身の方(さらにその中でも専門領域も様々),統計家等々,多様なバックグラウンドの方が在籍しており,女性も多い.私の所属した抗悪性腫瘍薬の新薬審査部門は,約50人の部員のうち,4割強が女性であった(他部署含め,女性の上席職の方も複数いる).
勤務し始めて,軽くカルチャーショックであったのは,世の中的には当たり前なのだろうが,自分で勤怠管理のWebシステムで申請すれば「有給休暇」や「時間休暇」がちゃんと取れること.申請理由の欄のプルダウンには「子の看護」という項目があり,女性職員のみならず男性職員にもよく利用されていた.また,私が出向している間にも複数の方が産休・育休を取っており,それが特別なことという雰囲気はなかった.育休から復帰後には時短勤務している方もいるが,それで周囲がやりづらいと思うこともなく,勤務形態を把握して打合せを設定する等で十分対応できた.加えて,今般のコロナ禍に伴ってテレワーク環境も整備され,大半の業務が在宅で対応可能となった.そのため,たとえば曜日を決めて,夫婦で在宅の日を調整している方もいた.
患者相手の臨床の現場では突発的な事態が多々起こり得るため,制度として時短勤務が可能であっても,同僚の先生方への気兼ねや,自分の仕事を全うしたいという気持ちとの戦いがあるのではと拝察する.私が所属した部署は大学勤務時と同程度に業務量的にはハードな部署であったが,それでも,計画的に業務をこなせば突発的な事態は稀であり(しかも人命にかかわるようなことは絶対にないため),気持ちの上での負担感が少なくて済むものと思われる.

III.自分のキャリアの特徴(売り)として活かす
私は以前より大腸癌の薬物療法(主に術後補助化学療法)の多施設共同の市販後臨床試験の運営に携わっていたことから,希望して,抗悪性腫瘍剤の審査業務を担当する部署に所属させていただいた.また,医療機器の審査部門,安全対策部門にも併任という形で関与させていただいた.医薬品・医療機器の承認審査にあたっては,その有効性・安全性を示すデータが企業より申請され,そのデータに基づいて,承認に値するか否かを科学的な評価を行う.自分では抗悪性腫瘍剤の臨床試験についてはそれなりの経験があると思っていたが,市販後に行われる臨床的位置付けの検討を目的とした臨床試験と承認申請を目的とした臨床試験(治験)とでは内容を吟味する目線が若干異なる少し違ってくること,個別の事例について柔軟な判断をしつつ過去事例との整合性をとるさじ加減が重要なこと等,規制当局としての業務には,自分が臨床現場の側に立っているときからでは伺い知れなかったことばかりであった.また,審査部門でのもう一つの重要な業務に治験デザインに関する各種相談業務があり,様々な試験デザインを吟味→その問題点を抽出→考えを言語化→チーム内で検討→さらに整理→相談者側に伝えるという作業を繰り返すことで,論理的に考えるスキル,考えを言語化するスキルが上がったと感じる.これは自分の中で,医師として,科学者として,大きなステップアップであった.
一方で,これまで外科医(消化器外科医)としてがんの診断,外科治療,術後病理評価,フォローアップ,再発後の治療までの一連の流れに携わってきた経験・人脈,学位取得の際に行っていた研究の経験は,PMDAでの業務に十分に活かすことができた.医療機器の審査部門に専従した場合ならば,より直接的に外科医としての経験が活かすこともできると思われる.
また,現在,2018年4月1日施行の臨床研究法において,認定臨床研究審査委員会(Certified Review Board:CRB)の設置について厚生労働省の認定を受けるには,構成員に審査業務経験者が一人以上含まれることが条件となっているため,CRB設置をしたい施設にとって,PMDAにおいて審査業務を経験した人材は必須の人材となる.PMDAの業務は,他の機関では経験できない日本で唯一のものであり,他の人と違う自分のキャリアの特徴(売り)の一つとして位置付けることができると考える.

IV.おわりに
現在の臨床現場では,女性外科医が気持ちの負担なく時短勤務等を行える環境はまだ稀であると思われ,それに対する根本的な解決策は持ち合わせていないが,ライフイベントに合わせて,キャリアの中での一定期間を医療機関や教育機関以外の組織に所属することも一つの選択肢となる可能性があるのではと考えた.外科医としてのキャリアの中断はデメリットでもあるが,期間を限定すれば復帰も可能と思われ,かつ一方で,その間に通常とは異なる業務に臨むことで,自分のキャリアの一つの特徴(売り)を形成するメリットが得られると考える.

 
利益相反:なし

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