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日外会誌. 123(2): 176-179, 2022

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特集

Corona禍で大きく変わった学術活動,After Coronaでどう舵を切るか

7.外科教育におけるE-learningの現状と展望

日本外科学会E-learning委員長,国立病院機構大阪刀根山医療センター院長 

奥村 明之進

内容要旨
日本外科学会は学術集会の補完的教育資源として2019年からE-learningコンテンツを発信している.2021年11月現在,本学会のE-learningは専門医制度のために運用されており,専門医共通講習として医療安全,感染対策,医療倫理のコンテンツ,専門医領域講習として外傷講習(ダメージ・コントロール,治療戦略,手術手技),臨床研究,卒後教育についてのコンテンツで,合計10のコンテンツを配信している.視聴者数は,2019年度は97人であったが,新型コロナウイルスのパンデミックが発生した2020年度は3,981人,2021年度は2月から10月までの9カ月間で2,666人と急増し,これまでに6,744人が受講している.
本学会のE-learningは現状では専門医制度のための運用に特化しているが,今後は外科教育全般への展開が理想的と考えられ,基本的手術手技を習得するためのコンテンツの提供などは若手の教育には非常に有効になるものと期待される.本学会のE-learningプラットフォームを外科のサブスペシャルティ学会と協力して運営することにより,外科系学会の共通のプラットフォームとしての役割を果たすことも考えられる.
E-learningの用途は今後ますます広がっていくと思われる.

キーワード
医療安全, 感染対策, 医療倫理, 外傷講習, 卒後教育

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I.はじめに
2017年に日本外科学会は学術集会の補完的教育資源としてE-learningを開始することを決定し,2019年からコンテンツを発信している.その経緯については日本外科学会雑誌第120巻に既に報告しているが,本稿でも手短に説明する.
日本専門医機構は,新専門医制度の資格要件として「専門医共通講習」(医療安全講習会,感染対策講習会,医療倫理講習会)と「領域講習」の受講を義務付けている.これらの講習は各学会の学術集会などで行われてきたが,専門医向けの講習が学術的議論の場を圧迫する可能性も懸念されている.日本外科学会は,その対応と学会参加が困難な会員への便宜を図るため,E-learningの導入を決定し,2017年にE-learning委員会を設置した.E-learning委員会設立時の委員長は平野聡理事,副委員長は松原久裕理事で,2018年の新理事会の発足に伴い筆者が委員長を,小野稔理事が副委員長を引き継ぎ,現在に至っている.
E-learning委員会の設立当初の最も大きな目的は専門医制度への対応であり,学術集会で専門医共通講習を受けられない会員への専門医資格の申請・更新のための補完的目的であった.
E-learningのコンテンツ作成にあたっては,日本専門医機構によって条件が付けられており,1時間の講習の内容は30分×2演者,1時間×1演者とし,5題以上で原則5択の設問を設ける必要があり,1時間の講習に対して1単位が認定される.本学会のコンテンツもこの原則に準じて作成されている.

II.日本外科学会のE-learningの現状
最初のE-learningコンテンツは共通講習の一つである医療安全講習で,日本医療安全調査機構による「医療事故の再発防止に向けた提言」第1号の「中心静脈穿刺合併症に係る死亡の分析」を素材とした動画である.2019年4月から配信を開始した.初年度の2019年4月から2020年1月の間の受講者数は97名であった.その内の86名は外科専門医の申請中の専攻医であり,専門医制度への補完的役割を果たしているものと考えられた.
専門医制度の共通講習の残りの二つの講習,医療倫理と感染対策についてもE-learningとしてコンテンツを提供することになっており,医療安全と含めて三つの講習を毎年ローテーションしながら追加していくこととなっている.現在,これらのコンテンツもアップロードされており,特に感染対策については新型コロナウイルスのパンデミックの状況の下,COVID-19対策が急遽取り上げられた.医療安全のコンテンツは,日本医療安全調査機構が発行している提言をもとに作製する方針となっている.
外科領域講習の中で受講が義務付けられている外傷講習もE-learning化が決定され,2020年6月から,(1)ダメージ・コントロール,(2)治療戦略,(3)手術手技の三つの外傷講習会コンテンツがアップロードされている.
E-learning化が順調に進む中,教育委員会から外科学会の生涯教育セミナーのE-learning化が提案された.生涯教育セミナーは,毎年の学術集会に参加が難しい学会員,主として開業医の先生方への単位取得の目的で各地域の地方会において開催されてきた講習である.
2020年の新型コロナウイルス感染禍で,学術集会がWeb開催される中,臨床研究セミナーもE-learning配信となり,今後もE-learningとして継続されることが決定した.
今後,生涯教育セミナーと卒後教育セミナーは教育セミナーとして統合されることになっており,専門医制度における外科領域講習となる.
2020年にE-learningのコンテンツは急増し,2021年10月の段階で,10のコンテンツが運用されている.これらの詳細を表1に提示する.
さらに2021年の11月現在,医療安全,医療倫理,外傷講習(ダメージ・コントロール),臨床研究,卒後教育の五つのコンテンツの作成中であり,近々,アップロードの予定である.今後も毎年,六つのコンテンツを追加していく方針となっている.
E-learningの視聴者数は,2年目の2020年2月から2021年1月の1年間で合計3,981人であり,2021年度は2月から10月までの9カ月間の受講者は合計で2,666人である.2019年から2021年10月までに6,744人が受講している.

表01

III.日本外科学会のE-learningの今後の展望
外科学会のE-learningは,現状では専門医制度のための運用に特化している.しかしながら今後は,外科教育全般への展開が理想的と考えられる.例えば,on the job trainingの機会が少なくなっている開腹術,開胸術,縫合手技などの基本的手技を習得するためのコンテンツの提供などは若手の教育には非常に有効になるものと期待される.教育委員会などの担当委員会との横断的に連携を図って,若手教育に貢献できればと考える.
外科のサブスペシャルティ学会からも本学会のプラットフォームの利用の要望が出ている.本学会がサブスペシャルティ学会の教育活動のためにE-learningのプラットフォームを提供することは,外科の基盤学会としての責務と考えられる.学会間での教育活動を重複することなく役割分担をして効果的に教育コンテンツを運用することが重要であり,各サブスペシャルティ学会の教育担当者たちとの連携が一層求められる.
外科のサブスペシャルティ学会だけでなく,広く外科系学会との協調によりE-learningの外科系診療科共通のプラットフォームになれば,その教育効果はさらに大きくなると期待される.
また,新型コロナ感染禍の中,E-learningの需要はさまざまな組織で広がる可能性がある.例えば筆者が所属する国立病院機構では,私は医療安全推進委員会の委員長を拝命しており,本学会理事会に,国立病院機構のホームページから本学会の医療安全コンテンツへのリンクをお願いしたところ,許可いただき,国立病院機構の職員は外科学会員でなくても本学会の医療安全コンテンツにアクセスできるようにしていただいた.国立病院機構は全国で140病院を運営し,1年間の医業収入は約1兆円の日本最大の病院組織で,約6万人が従事している.本学会の医療安全コンテンツが,このように大きな医療組織の医療安全教育に次々に用いられていけば,日本全体の医療の向上にも貢献できると期待する.

IV.E-learningの今後の課題
E-learningを受講するだけであれば無料であるが,受講証明の発行には現在,税込みで5,500円を課金している.E-learningのコンテンツの作成には1本あたり150万円程度必要であり,またコンテンツ提供のためのプラットフォームの立ち上げにも費用が掛かっているので,受講者に負担をお願いしていることをこの場を借りてご理解をお願いする.しかしながら,E-learningの需要の増大とともに視聴者が増えていけば受講料を減額できる可能性もあり,今後の課題である.
一方,インターネットの技術革新と共に,手術手技などは4Kなどの精細な画像で視聴できるようになるかもしれない.またvirtual reality技術の進歩によって,3Dの動画でより現実感のある視聴が可能になることも期待できる.そのためには資金の投入とインフラ整備も必要になるかもしれない.

V.おわりに
E-learningのコンテンツが急増し,受講者も急増した背景には,新型コロナウイルス感染のパンデミックにより2020年の学術集会がWeb開催となったという事情があるが,パンデミック発生前年の2019年にE-learningのプラットフォームが完成していたことは,本学会としては幸いであったと言える.
E-learningの用途は今後ますます広がっていくと思われるが,どの程度のレベルの運用を行っていくのか,必要性,需要,資金のバランスを取りながら進めていく必要がある.
E-learning を立ち上げた当時の理事会の先見の明に敬意を表するとともに,急遽多数のコンテンツの作成を担当していただいた講師と事務局の方々にこの場を借りて感謝申し上げる.

 
利益相反:なし

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