日外会誌. 123(2): 165-168, 2022
特集
Corona禍で大きく変わった学術活動,After Coronaでどう舵を切るか
4.アーカイブ配信による発表;ここが良い,ここが問題
熊本大学 消化器外科 馬場 祥史 , 馬場 秀夫 |
キーワード
アーカイブ配信, 現地開催, Web開催, ハイブリッド形式, COVID-19
I.はじめに
2019年12月に中国武漢から端を発した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い,医学関連学会の学術集会の在り方も大きな変革を余儀なくされている.日本外科学会もその例外ではなく,2020年の第120回日本外科学会定期学術集会(慶應義塾大学 北川雄光会頭),2021年の第121回定期学術集会(千葉大学 松原久裕会頭)は共に完全Web形式で開催された.いずれの学術集会も素晴らしい学術プログラムが企画され,用意周到な準備の結果,成功裏に終了したことは記憶に新しい.学術集会会期中は,司会および演者は開始時間にあわせて各自通信可能な場所からWeb会議システムを通じてセッションに参加し,それがリアルタイムにライブ配信され,学会参加者は日本だけでなく世界中でセッションを視聴することが可能であった.事前登録されたパワーポイントデータのみをオンデマンド配信するのではなく,質疑応答もリアルタイムで行われたため,学術集会の緊張感も体感することができた.さらに,会期後は,全てのセッションの発表データとセッション全体のライブ映像がアーカイブ化され,一定期間閲覧可能となった.この「アーカイブ配信」は,好きな時間に好きな場所で自由に視聴可能であり,日本外科学会会員にとっては画期的で好適な形式であったといえる.その一方で,一方向性(演者→視聴者)であり臨場感に乏しい,演者として発表の手ごたえを実感できないといったアーカイブ配信の問題点も浮き彫りになった.本稿では,これまでに開催されたWeb形式やハイブリッド形式(現地開催+Web配信)の学術集会に参加した経験をもとに,アーカイブ配信の“pros and cons”について述べさせていただく.
II.Pros
◆いつでもどこでも何度でも
アーカイブ配信の長所はなんといっても,都合のいい時間に好きな場所で自由に視聴できるということであろう.第120回および第121回定期学術集会に例年を大幅に上回る参加登録(第120回:21,112人,121回:17,382人)があったのは,普段は学術集会に参加しづらい勤務環境の会員や遠隔地の会員,若手医師,女性医師などの参加が増加した結果であり,リモート参加の需要が高いことが示された.外科医師を取り巻く労働環境に鑑みれば,3日間にわたる学会開催期間を通して臨床の現場を離れ,学会会場に滞在し続けることが困難な会員が多く存在することは想像に難くない.アーカイブ配信であれば,臨床の合間に,昼夜を問わず多くの発表を好きなだけ視聴可能となる.たとえ視聴中に患者対応などで呼び出されたとしても,アーカイブ配信であれば一時停止し,患者が落ち着いた後で続きから視聴を再開することができる.また,何度も視聴可能であることもアーカイブ配信のメリットである.一度視聴しただけでは理解しづらい内容や聞き取りにくかった箇所も,繰り返し視聴することで発表内容に対する理解がより一層深まることであろう.自分の好きな場所(デスク)で視聴することにより,これまで以上にじっくりと落ち着いて発表内容を吟味することができたという声も聞かれた.
◆確実に効率よく
これまでの現地開催の学術集会では,セッションの時間帯が重なったり,会場間の移動を考えて聴講を諦めたりすることを度々経験した.アーカイブ配信では,このような空間的・時間的制約を気にせず,自分の興味のあるセッションは確実に逃さずに視聴することができる.また,動画を早送りすることにより,同一セッション・発表の中でも本当に視聴したい演題,パートだけを効率よく取捨選択することも可能となる.さらに,これはWeb開催の長所とも言えるが,会場の混雑具合や会場間の移動を心配する必要がない.日程表をクリックするだけで自由に会場を移動・入退室できる“バーチャル会場移動”により,体力面でも随分楽に学会に参加することができた.特に,第120回,第121回日本外科学会定期学術集会では,アーカイブ配信を含む特設Webサイトの画面レイアウトや構成が非常に使いやすく設計されており,瞬時にストレスなく“バーチャル会場移動”が可能であった.
◆注目される可能性
演者の立場からすると,アーカイブ配信では,自分の発表がこれまで以上に多くの学会参加者の目に留まるかもしれないという楽しみがある.第120回日本外科学会定期学術集会ではQ&A機能によって会期後も演者と視聴者との間で質疑応答を可能にして学術交流が深まるような工夫がなされた.さらに,アーカイブ期間中における視聴者の投票によって決定される様々な賞(アワード)が設けられるなど,アーカイブ配信の視聴を活性化するための取り組みも数多くなされた.その成果もあり,第120回定期学術集会において閲覧数回数一位の演題は2,749名もの閲覧数を獲得した.ポスター発表においても1,035名から閲覧されたような演題も存在し,これは現地開催でのポスター会場では決してありえない人数であろう.このようにアーカイブ配信ではこれまでの現地開催での学術集会をはるかに上回る学会参加者に視聴される可能性があり,演者としては非常にモチベーションも上がる.また,自分の発表,スライドが会期後も「アーカイブ配信」で繰り返し視聴されることを考慮すれば,演者はスライド作成の段階から,より慎重に細かな点まで注意を払うようになり,結果的にスライド・ポスターの質の向上にも繋がるのではないか.
III.Cons
◆一方向性
アーカイブ配信の問題点としては,発表が演者から視聴者へ“一方向”になってしまう点が挙げられる.先述したようにアーカイブ配信により多くの学会参加者の目に留まる可能性はあるが,聴衆と直接対面することがないため,演者としての“手ごたえ”を実感することができない.ライブ配信の際にどのくらいの聴衆に視聴してもらえているのか,また会期後のアーカイブ配信で実際に視聴してもらえたのかを具体的に把握できないため,自分自身の発表の感触を肌で感じることができないという声が多く聞かれた.また,アーカイブ配信のQ&A機能で質疑応答が行われたとしても,あくまでも一対一の関係であり,第三者を交えての討論に発展することはない.一つのポスター(デジタルポスター)を大人数で囲んで活発な質疑応答を繰り広げるという従来のポスター会場では当たり前の光景が見られないのはとても寂しい気がする.
◆会期後の視聴熱の薄れ
これまでの学術集会で,会期後のアーカイブ配信の視聴を促すような多くの工夫がなされてきたが,実際にどれくらいの参加登録者(外科学会会員)が視聴にまで至ったのだろうか.会期後に一度ログインした会員は繰り返しログインし多数の発表を視聴するが,そうでない会員は全く視聴しないという二極化が生じている可能性がある.後日視聴する予定にしていても,会期が終了すると臨床の忙しさにかまけて“視聴熱”がすっかり冷めてしまい,結局ログインしなかったという若手医師の声を聞いた.また,面白い演題に思いがけず巡り合うという学術集会ならではの楽しみがなくなるのも残念な気がする.現地開催の場合は,偶然入った口演会場や休息を兼ねて立ち寄ったポスター会場で,事前にチェックしていなかった興味深い演題に遭遇するということもありえる.しかし,アーカイブ配信では自分の意思でその演題を選択(クリック)しないとその演題に触れることは決してないため,予期せぬ出会いは期待できない.
◆プレゼンテーションの場
私は外科医になって3年目に初めて日本外科学会定期学術集会での発表の機会を得た.ポスターセッションであったが,先輩方に助けてもらいながらポスターを作成し,読み原稿まで準備して発表に臨んだ.十数人の聴衆を前に緊張しながらも無事発表することができ安堵したこと,さらにその分野の先達から教育的質問・助言を頂いたことを今でも鮮明に覚えている.日本外科学会定期学術集会という格式高い発表の場で,実際に聴衆の面前で発表するということは若き日の自分にとって忘れられない経験になり,自信にも繋がった.このような経験を積み重ねていくことで,徐々に度胸もついてプレゼンテーション能力も向上したように感じる.Web方式やアーカイブ配信により人前での発表の機会がなくなってしまうのは,このような観点からは若手医師や研修医,医学生にとってマイナスになってしまうのではないだろうか.
◆長期間閲覧のリスク
アーカイブ配信で自分の発表を多くの日本外科学会会員に視聴してもらえるのは非常に有難いが,一方,数カ月にわたり閲覧可能であることを考えると,未発表データや萌芽的な内容等は発表しづらくなるのではないか.現地開催であれば,演者と聴衆は言わば一期一会であり,まだ論文化に至っていない未発表データであっても“unpublished data”と明示し手短に紹介しやすかったが,アーカイブ配信となるとそうはいかないとの声も聞かれる.また,別の学術集会で発表するための抄録,スライドを準備する際に,アーカイブ配信の中から類似した疾患・テーマの演題を検索し,実際に視聴し模倣することも可能になる.今後,様々な学術集会で酷似したテーマ,解析,スライド体裁などが増加してしまうことが危惧される.
IV.おわりに
新型コロナウイルス感染症の影響により,2020年以降,日本外科学会をはじめ多くの学術集会が完全Webもしくはハイブリッド形式(現地開催+Web配信)に変更し開催された.Web会議システムの利便性がさらに向上し,そして何より私達自身もWeb会議システムに慣れてきたことにより,Web開催に対する抵抗感は低下し,その運用も格段にスムーズになったように思う.一方,学会会場でFace to Faceで発表・質疑応答する“臨場感”,先生方と直接お酒を酌み交わしながら形成される“personal communication”,日々の忙しい臨床から離れることができる学会出張での“旅の思い出”など現地開催の長所・有難さを再確認する機会ともなった.新型コロナウイルス感染症が収束し,再び現地開催の形式に戻ることを切に願うが,様々な事情により現地参加が難しい会員の方々のことを考えれば今後もアーカイブ配信等によるリモート参加も継続されることが望ましいであろう.今後の学術集会のさらなる発展のためにも,アーカイブ配信の “pros”をさらに伸ばし,“cons”を克服していくことが期待される.
利益相反
寄付講座:小野薬品工業株式会社
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