日外会誌. 122(6): 728-730, 2021
定期学術集会特別企画記録
第121回日本外科学会定期学術集会
特別企画(6)「各疾患登録とNCDの課題と将来」
5.心臓血管外科領域における疾患登録,JCVSD/NCDの課題と将来
東邦大学医療センター佐倉病院心臓血管外科,JCVSD総務幹事 本村 昇 (2021年4月9日受付) |
キーワード
データベース, レジストリ, 医療の質, 心臓血管外科, 登録事業
I.はじめに
日本外科学会が中心となりNational Clinical Database(以下,NCD)が発足して10年,その前身である日本心臓血管外科手術データベース:JCVSDが発足してから20年を経て今回その課題と将来を述べることとする.
II.JCVSDの成り立ち・発展
JCVSDは1999年のアジア心臓血管外科学会で発案され2000年から発足作業が始まった.米国のSTS National Databaseからの協力もあり参加施設は2001年の5施設から2008年には176施設に増加した.2011年にはNCDが誕生しそれに伴い専門医制度とリンクすることによりほぼ全施設が参加することとなった.
III.JCVSDの目的
JCVSDの目的は,「本邦における心臓血管外科関連の手術データベースを構築し,欧米アジア諸国とも共同して心臓血管外科手術のリスクを分析し,本邦における心臓血管外科手術の質の向上をはかり,もって国民によりよい医療を提供するものである.」としている.ビッグデータを扱う全国レジストリはその運営に当たり時に方向性を問われる時期がある.その際にはこの目的の文言に立ち返り基本姿勢を振り返ることが重要であろう.
IV.JCVSDがこれまで成してきたこと
JCVSDがこの20年で成してきたことを項目別に述べていきたい.
a.現状把握:2020年9月の時点で成人部門では全国で597施設が参加し,年間で7万件,累積総数で73万件以上が登録されている.先天性部門では119施設,年間で8,700件,累積総数で97,000件が登録されている.このデータを用いてJCVSDからのAnnual Reportを定期的に公表している1).また,日本胸部外科学会学術調査や日本冠動脈外科学会学術調査にも用いられている2).
b.診療支援:JCVSDでは2008年に最初のリスクモデルを発表しこれをもとにリスク予測式JapanSCOREを作成した3).現在はJapan SCORE-Ⅱに改定されスマートフォンアプリで即座に利用可能となっている.
c.専門医制度:NCDに合流することにより心臓血管外科専門医の新規申請と更新はJCVSD入力データを通して行うこととなり,これを契機として全例入力が遂行された.一方で各外科医はJCVSDにきちんと入力さえしておれば申請時や更新時に慌てること無く必要最小限の労力で手続きが終了する.この点は審査を受ける外科医も審査を行う審査員外科医にとっても朗報であった.
d.学術貢献:JCVSDの膨大なデータを用いて多くの学術研究がなされ,冠動脈手術4),弁膜症手術5),大血管手術6)それぞれの分野で数々の英文論文が報告され本邦の学術レベル向上に寄与している.
e.社会貢献:東日本大震災での福島原子力発電所事故をとりあげ日本の研究者が,複雑先天性心疾患がこの事故の後増加したという論文を発表した7).この論文は日本胸部外科学会からの学術調査を使用しているがごく限られた情報を用いて推論に推論を重ねた結果日本全体への風評被害をもたらしかねないタイトルと結論に着地している.これに対し日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,JCVSDが危機感を覚え,即座にJCVSDの詳細データを用いて反論論文を翌年同じ雑誌に投稿した8).詳細かつ正確なデータを用いて国際的な風評被害に対抗するという重要な社会貢献の1例といえよう.
f.産官学連携:医療系全国レジストリを用いた産官学連携の最初の成功例がJCVSDのTAVR事業であろう.産(企業)がデバイスを日本に導入する際に市販後調査(PMS)が官(PMDA)から課せられる.PMS情報を得るために企業が一からシステムを構築するのは費用も時間も莫大となる.JCVSDを利用すれば全てがスムーズに進行し,PMDAの承認作業も進みやすい.産官学のいずれもがウィンウィンの関係となる.このモデルはTAVR以外にも波及しさらにはJCVSD以外の領域にも拡大しつつある.
g.医療の質向上:これはJCVSDの大きな目標の一つである.JCVSDではO/E ratio(observed/expected mortality)を各施設ごとに算出することが理論上可能である.従来JCVSDはこの操作は行わなかったが,日本心臓血管外科学会 医療の質向上委員会からの強い要望を受け協力することとした.CABG,弁膜症手術,大血管手術の3分野でO/E ratioが3以上となる施設を抽出し学会の委員が教育的なカンファレンスを行い成績改善に努力する.これら一連の作業は抽出された施設も担当する委員もお互いに全く特定されることはなくどの施設なのか,誰が担当しているのかは全くわからない.また,このプロジェクトはあくまでも学会のプロジェクトでありJCVSDは情報提供に協力しているのみという役割分担を明確にしている.この医療の質向上プロジェクトによりCABGと弁膜症では明らかに成績が向上し,JCVSDが医療の質向上に貢献することが科学的に証明された9).
V.JCVSDの将来
a.COVID-19:2019年から2020年にかけてのデータを比較することにより,COVID-19が時間的分布,空間的分布,緊急度や重症度といった質的分布にどのような影響を及ぼしたか現在検討中である.CABG,弁膜症手術では減少しているが,急性解離手術は変化していないという中間結果が出ている.
b.循環器病対策推進基本計画:いわゆる循環器病対策基本法が2019年6月から施行され第1次5カ年計画が発表された.このなかで本法に基づいた登録事業が掲げられている.個別施策として循環器病に関する適切な情報提供・相談支援が述べられている.厚生労働省はがん登録と似たような全国登録事業を計画しているが,情報収集の際には厚生労働省独自の収集システムを一から構築するのではなく日本循環器学会が主催している循環器疾患診療実態調査(JROAD)やわれわれのJCVSDを利用するよう各学会を通じて運動を進めているところである.この学会主導レジストリが利用されない場合にはデータ入力や定義が二重となり,現場に混乱が生じるであろう.
VI.おわりに
JCVSDは発足後20年以上が経過し本邦の心臓血管外科手術において現状把握から学術・社会分野貢献,医療の質向上に至るまで幅広い分野で貢献してきた.今後はさらにアクティビティを強化し外科医だけでなく国民の福祉向上のために寄与していきたい.
利益相反:なし
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